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第48話  秘密の時間と甘い罠




実証実験に行き詰まりを感じた私とノエルは、気分転換に部屋を出て少し歩くことにした。


ノエルに連れられ、廊下の突き当りにある小さな階段へと向かう。


階段を昇り、人ひとりが通れるほどしかない細く薄暗い廊下を私は、ノエルの後についていった。


まるで、秘密基地へと抜けるトンネルを進んでいるような高揚感に駆られた。


廊下の突き当りには、小さ目の扉があり、ノエルは、かがみながらそれを押し開いた。


「間口が狭いうえに、低いから頭に気を付けて」

「はい」


ノエルは、手を差し伸べ、私が頭をぶつけないように反対の手で、そっと添えてくれていた。


突然明るくなった視界に、眩しさを覚えた私は、目を細くして目が慣れるのを待ったが、視界に色がつく前に、風が草木の匂いを運んでくる。


そうして、ようやく見えてきたのは、一面刈り込まれた草と横へと枝を伸ばした大きな木が一本。


それだけが佇む、驚くほどシンプルな造りの庭だった。


「もう、乾いていると思うが、朝露で滑るかもしれないから手を、……」


手から心臓の鼓動が伝わるはずもないが、その緊張をノエルが感じとってしまうのではないかと少々不安になる。


けれど、差し出された甘い毒を拒む術を知らない私。


そのまま繋いだ手を離さずに、私たちは誘われるように大木へと歩みを進めた―――。


庭といっても四方を建物や壁で囲まれ、中庭にしては、少し狭く花壇はひとつも無い。


(そういえば、階段を上った先にあったから、ここは、建物の上にあるのかな?)


ふと湧いた疑問を口にしようとしたら……。


「殿下、―――」

「ノエルだ!ふたりでいる時くらい、そう呼んではくれないか?」


自嘲を(にじ)ませた笑みで私を見るノエルに、少し戸惑った。


「は、はい……ノエル」


そう、あらためて口にすると、ただ名前を呼ぶだけなのに、心臓がトクンと跳ねる。


「何だ?どうかしたのか?」

「えっ?あっ!はい。ここは、建物の上に造られた庭なのですか?」


「庭ではないが、建物の上にあって屋上といえるかな。おおよそ4階のフロアと同じ高さに位置している。ここは、有事の際の一時的な避難所なんだ。だから普段は誰も来ない王宮でも数少ない静かな所でな。実は、私のお気に入りの場所なんだ」


なるほど、実用性を重視した場所だから、花壇や通路なんかの余計な装飾がないのね。


ノエルの説明にうなずいた私に、ノエルは、「今日は、日差しが強いからあの木陰でゆっくりしよう」と言い、繋いだ手を離すこと無く、私を木の下へと導いた。


木陰に入ると、ノエルは、木の幹にもたれかかって座り、私も、その横に腰を下ろした。


繋いだ手は、そのまま。


―――離して、くれない。


「ほらあそこ、少し壁が低くなっている所があるだろ」

「はい」


「あそこから町が見渡せる。ここでしばらく休んだら、見に行こうか?」

「えぇ、ぜひ!見たいです」


(この町が見渡せる所には、まだ行ったことが無かったから、それは楽しみ!)


声を弾ませる私を見て、ノエルは満足げに目を閉じ、深く深呼吸をした。


その穏やかな横顔に誘われるように、私もノエルの熱を知る手に嫉妬する、もう片方の手を上げて伸びをし、そっと瞼を閉じる。


暖かな心地よい風が、サーッと吹き抜ける―――。


「『あっ……本当だ。ふふっ、ノエルがお気に入りの場所だと言ったことがわかる』」


おっと、不意に「『真心』」が発動してしまった。


まぁ、だからといって自然と口にできたから不思議と動揺はなかった。


私の独白に、ノエルは一瞬だけ口角をあげて反応したようだったが、何も言わずにただ静かに、心地よさそうに風を受けていた。


穏やかにそよぐ風と揺れる木漏れ日が、とても気持ちいい―――。


時間がゆっくりと、溶けるように流れていくように感じられる。


(……ずっと、こうしていられたらいいのに)


至福の静寂が、私たちの間を優しく満たしていた。



―――、どのくらいの時間が経ったのだろう?


私は、自分が眠っていたことに今、気が付いた。


しまった!けれど、もう遅かった。やらかしてしまってる!!


昨日の夜、ほんの少ししか眠れなかったせいだと思うけど、どうやら私は、ノエルに寄りかかり、眠ってしまっていたのだ!!


恥ずかしさのあまり、顔を赤くして謝った私に、ノエルは、「大丈夫だ。気持ち良さそうに眠っていたから、声を掛けなかった」と言って、優しく微笑んでくれた。


「うう……申し訳ありません……」


不覚にも、密着して寄りかかった上に寝顔まで(さら)してしまうなんて。


(ハッ!まさか……)


嫌な予感が脳裏をよぎり、私は恐る恐る尋ねた。


「私、変な寝言なんか、言っていませんでしたよね?」


気になってそう尋ねると、彼は、少し間を空け、照れた感じでクスリと笑い「あぁ」と一言だけ返した。


(えっ?何?クゥ〜、どっちなの?!!どうして、あなたが照れた感じになってるの??)


何だか、はぐらかされた気がする。けれど、これ以上の追及は、なんだか墓穴を掘りそうな予感!


……や、やめておこう。


しゃんと背筋を伸ばして座り直したものの、自分の失態っぷりに、うつむき加減の私だった。


そんな私にノエルは、「町を見に行こうか?」と、立ち上がり手を差し出してきた。


私は、差し出された彼の手を取り立ち上がる。時折強く吹き付ける風に髪が乱れないよう、繋いだままの手と反対の手で髪の根元をまとめた。



「うゎ~凄い!」


ノエルが、さっき言っていた場所に着くと、私は、少し身を乗り出して壁が一段低くなった所から町の風景を眺めた。


急勾配な小さ目の山を背に、平地より高い所に魔王宮は建てられている。


小高くなったここからは、街を一望でき、その景色は、まるで海外の絵葉書のような異国情緒漂う古い街並みで、私は、文字通り魅入ってしまった。


無言のまま、目を輝かせ見入る私の隣に並んだノエルが静かに問いかける。


「君の目には、この景色が、どう映っているのかな?」

「えっ?」


「異世界から来た君には、もしかしたら他愛ないものに感じるかもしれないが」

「そんなことはありません。美しく、素敵に感じてます」


彼は、「そうか……。嬉しいものだな」と短くこぼし、私の方を向いた。


「なぁ、シャロン」

「はい、何ですか?」


面と向かって見つめられると、気恥ずかしくなり、私は、一瞬、目を泳がせた。


けれど、再び彼の顔を見ると、まだ、真っ直ぐに私を見つめている。


「ここから見えるもの全てが、先代たちが何百年にも渡り守り抜いてきたもので、これが私が守りたいものの全てだ」


私は、小さく無言で頷き、その決意に満ちた彼の横顔を見ていたら、言葉が勝手に溢れ出した。


「ノエルならきっと守り抜けると思います。根拠も確信もないけど、あなたのその強い意志は、きっと(よこしま)なやつらなんかに負けはしない!!って、……私は、そう信じています」


「そうか、ありがとう。『側にいてくれて、ありがとう』……か、先に言われてしまっ……」


ノエルの言葉を遮るように、一瞬、風が強く吹いた。


「?、今、何と?」


ノエルが小さく独り言をつぶやいたから、私は、よく聞き取れなかった。


「いや、何でもない。私の守りたいものの話だ」

「ん??」


話が見えず、ポカーンとする私と、にこやかな表情のノエルとの間に、さっきよりも暖かく、穏やかな風が吹いた。


心地よく吹く風と、いつまでも真っ直ぐ私を見つめるその微笑みに、私の髪と心は、乱された。


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