第46話 面影
私達は、横並びになって気持ちよく湯船に浸かり、束の間の『至福の時』を噛み締めていた。
顔に乗せたタオルがぬるくなり、交換しようと手を伸ばした、その時だった。
「あの~、シャロン様?」
戸惑ったような声に顔を上げると、そこにはナタリーとアイラが呆然と立ち尽くしていた。
聞けば、セグナに「洗いの手伝いはいい」と言われていたから、私達が、上がってくるのを待っていたみたい。
けれど、話声もしなくなり、中々上がってこないから、心配になって様子を見に来たら、あの光景……。
もしかしたら、何かの儀式かもしれないと、声をかけられずにいたそうだ。
(ふふ、現代のローテクなリラックス法だが、どうやら異世界人達には、少し刺激が強すぎたかな?)
まぁ、様子を見に来て、あの光景だったら、普通にドン引くよね。
そろそろ、湯から上がる頃合いでもあったから、ふたりにも声を掛け、出ることにした。
体を拭いたり、髪を乾かすのをナタリーとアイラに手伝ってもらい、それが、終わるとふたりに、「明日の朝になったら、イリアの部屋まで私を迎えに来るように」と、セグナに言われていた。
と、いう事は、……。
もう既に、朝までイリアの部屋で過ごすことになっているのね。
まぁ、私に拒否権はないと半ば諦め、セグナについていくことに。
大浴場から、イリアの部屋までは、そこそこ距離があって、例によって迷路のような廊下をセグナは、迷うことなく進んでいく。
ここで、はぐれたら私は完全に迷子になってしまいそう……。
(いや、絶対、迷子になる!)
さすがに、手をつないでもらうわけにはいかないから、セグナの背中を見失わないようについていった。
部屋に着いた私達は、ソファに腰を下ろした。
テーブル脇には、ティートローリーが置かれていて、用意されていた柑橘系の香りのする冷えたハーブティーを飲みながら、たわいもない話を夜遅くまで続けていた。
火照った体がおさまり、少し冷えを感じ始めた頃に、イリアが目を擦りながら、あくびをひとつ。
その様子を見たセグナが、「もう、眠るか?」と、イリアに聞き、彼女は頷いた。
セグナは、ベッド脇に灯るロウソクを二つだけ残し、順々に火を絶やしていく。
それが終わると、イリアを真ん中に、私とセグナもイリアのベッドで一緒に寝ることになった。
「ほら、頼み事は、自分の口で言いなっ!」
そう、セグナに小突かれ、イリアは、もじもじとしながら赤ら顔になっている。
「わかってるわよ!あ、あの~、シャロン様……」
「はい、何でしょう?」
私に頼み事?
「そこにある本、何でも構いませんから、読み聞かせをしてくれませんか?」
イリアは、ベッド脇にある書棚を指さした。
「それは、かまいませんが、私で良いのですか?」
「えぇ、本好きと聞いたから……。セグ姉に頼んでも、文字を読むのが下手で、聞いているこっちがイライラしてくるし、先に寝ちゃうし……」
「セグナにも苦手があったんだ!」
何でもできてしまう優等生のセグナに、私は一気に親近感を覚えた。
「そりゃ、あるさ!非の打ち所がない奴なんているもんか!」
セグナは、横寝で、腕枕をし、イリアの髪を手櫛で整えていた。
「ふふっ、それもそうね」
私は、少し暗くなって見づらい中、棚に並んだ背表紙を指でなぞり始めた。
「あっ!『魔王子と半魔の娘』だ!イリア様、これでいいですか?」
「えぇ、勿論」
(やっと会えた!!あら?この本……所々、手垢の跡が付いている。と、言う事は、この本……)
『幸せな本』ね!
私は、自分の中で、最後まで読まれなかった本を、『残念な本』。
一度だけ読み切った本を、『まあまあな本』。
何度も読み返された本を、『幸せな本』と呼んでいる。
これは、紛れもなく、『幸せな本』ね!
当然、何度も読みたくなる本は、読み手を幸せにしてくれるというのもあるけど、本だって、何度も読まれた方が幸せだろうな、って思うからそう呼んでいる。
さて、こうやってじっくり、この世界の物語の本に触れるのは、初めてだった。
イリアに頼まれたとはいえ、実は、私の方がわくわくしていたに違いない。
厚みがあり、大きく、そして、―――重たい。
それに私が知る、紙とインクの匂いとは、また少し違った匂いがした。
イリアの隣に座り、本を膝の上に置いた私は、読む準備を整え終えた。
「シャロン、大丈夫か?刻印の時みたい棒読みのへぼ役者っぷりで、イリアを失望させるなよ」
セグナは、意地悪くニヤリと笑う。
「……ん?刻印の時、って……あぁっ!!」
私は、セグナにそう聞き返し、一瞬、何のことかと思ったが、すぐにハッ!と、なり思い出した。
それは、私が忘れたい過去の話『黒歴史』の中では、五本の指に入るひとつだった!
「刻印の時って?何の事?」
イリアがセグナの方を向き、そう訊ねたから、私は、慌てて口に人差し指を立てた。
「くくくっ、今度教えてやる」
「??」
はぁ~、この様子だと私の恥ずかしい話は、いずれ、ふたりの笑いの種になりそうだ。
私は、気を取り直し読むことに。慣れない装丁に少し戸惑ったが―――、
(もしかして、なるほど!こう持てばいいのね)
多分、この手垢のところに指を重ねれば―――、
うん!思った通り!!楽に本をめくっていける!
灯りも、丁度いい位置にあり、本を明るく照らし、私の影がイリアにかかっていて、眠る邪魔にはなっていない。
(凄いな〜。ちゃんと考えられている!なるほど、そうなんだ!ふふっ……こんなところで、亡き王妃様に出会えるなんて……)
「『こんばんは、お邪魔してます!』」
聞く準備をしていたイリアは、「そんなこと書いてましたっけ?」と不思議そうに私を見た。
「いえ、書いてませんよ。つい口に出た独り言のようなものです。―――では、今から読みますので」
私は、この本が読める!というワクワクしている気持ちを悟られないように、軽く咳払いをしてから本をめくった。
「魔王子と半魔の娘……著、プルーバー。世界の恩人に捧ぐ……『お母さん?お母さん!!どこ?!』煙と火の粉が舞う部屋で泣き叫ぶ少女の声に、返事は無かった―――」
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「『悪気があった訳じゃ無い、わかってやれ。あ奴は、まだガキなんじゃよ』ロリエッタは、窘めるように、うつむくアルテナにそう言った。『さっきに続きじゃが、―――』ロリエッタの表情は真剣さを増し、途中だった話をそう言って切り出した。」
―――読み始めてどの位の時間が経っただろう?
本に集中して気か付かなかったけど、もう、イリアもセグナも静かな寝息を立てていた。
物語の中盤にさしかかっていて、本の続きも、かなり気になったが、本来の目的が『読み聞かせ』と、いうのなら、これ以上は―――。
そう思い、私は、そっと本を脇に置いて、眠ることにした。
◇
緊張して眠りが浅かったのか?
「ぐすん、ぐすん」と、耳元ですすり泣く声で、ふと目が覚めた。
夜明け前か、外はまだ深い藍色に沈んでいる。
すすり泣く声は、イリアだった。
「イリア様……?どうかなさいましたか?」
少し心配になり声をかけると、私に泣き顔を見られたイリアは、恥じ入るようにして突然、私にすがり付いてきた。
「イリア様!?……」
彼女は私の胸に顔を埋めたまま、掠れた声でぽつりぽつりと話し始めた。
「……イリア、先ほど夢を見ました。お母様の夢です……」
「お母様の?」
「えぇ、イリア、お母様のことが大好きでした……。昨日、あなたがして下さったように毎晩、色んな本を眠る前に、ああやって読み聞かせをしてくれていました」
私は何も言わず、ただ相槌を打つように彼女の細く柔らかな髪をそっと撫でた。
「……でも、そんな優しいお母様の顔をイリア……、随分前に忘れてしまったの……。思い出そうと目を閉じても、何故か、いつも靄がかかったようにハッキリ思い出せなかった。声は憶えているのに……」
彼女は、時折鼻をすすりつつ、少しつらそうに言葉を継ぐ。
「―――必死に手繰り寄せても、どうしてもお母様の顔に辿り着けない……思い出せない……。あんなにも大好きで、優しいお母様を忘れてしまう自分は、なんて薄情なんだと、ずっと思っていました」
「『イリア』……」
「けれど、昨日見た夢で思い出せたの。靄がかかっていたお母様の顔がはっきりと……イリアの中のお母様は、まだ生きていてくださいました!こんなに嬉しいことはございません」
イリア様が顔を上げた。
その頬は涙で濡れていたけれど、瞳には喜びの光がにじんで見えた。
「―――昨日、シャロン様に対して冷たく当たっていたイリアなのに、イリアのお願いを嫌な顔せずに引き受けてくれたからかな?小さい頃ああして『読み聞かせ』をしてもらっていた『幸せな時間』を鮮明に連れてきてくれたのだと思います。シャロン様、ありがとうございます」
「いいえ、私は何も……『ううん。私こそ、貴女が持っている「幸せな本」の、その中にある大切な記憶に触れさせてくれて、ありがとう』……!!って、もう!こんな時に!!」
「シャロン様、今のは……?」
彼女はキョトンとして、私をみる。
「あ、あはは……。私、嘘が吐けない『真心』という加護を、この本の『駄女神』に押し付けられていまして。思っている本音がこうして私の意図に反して漏れてしまう、不治の病のようなものなんです……お恥ずかしい」
「ぷっ、なんですのそれ?!」
(だめだ!これ以上は、恥の上塗り!!話題を変えよう!)
私は、端に置いていた本をイリアに見せた。
「そうだ!きっと、この本が、イリア様とお母様とを『思い出』という魔法で繋いでくれていたのかも、しれませんよ」
「この本が?」
私が持つ本にイリアは、そっと手を伸ばしてきた。
「はい、見てください。所々に手垢が、……。手垢が本に付くくらいこの本は、何度も何度も読まれているのに、ほら!中はまだこんなにも綺麗。これは、この本を大切にしている証拠。私も本好きだから、よくわかります。それに―――、」
私は、少し体を起こした。
「この本を一目見た時にすぐわかりました。この本はこうして持って読むのだと、そう、この本が教えてくれたのです」
「うん!お母様は、いつもそうやって読んでくださっていました。……そっか、だから……」
そう言うとイリアは、少し驚いた表情で私を見た。
「でも、突然思い出すなんて不思議ですよね。まるで、『魔法』のよう!」
「魔法?!」
聞き返したイリアは、うつ伏せのまま少し体を起こした。
「はい、ふふっ。もしかしたら―――、棚で長い間ページを開いてもらえなかった、とある本が魔王女に言いました!あなたが私(本)を選んだのではなく、あなたは自分では気付かないうちに、魔法にかかっていて私(本)を選んだ……そういう事なのかも?」
「えっ!?」
驚いた表情で私を真っ直ぐ見返したイリアに、私は、無言でウインクをして答えた。
するとイリアは、何かを思い出したかのように、クスクスわらいだした。
「フフ……フフフフッ、そうかもしれませんね」
そんな、私とイリアのやり取りを仰向けのまま聞いたいたセグナは、フッと笑い。再び目を閉じた。
すると、窓の外が、随分明るくなっていて、鳥たちの鳴き声が段々と騒がしくなってきた。
彼女にとっての―――長い夜が、明けた。
【お知らせ】
※話の中で登場するシャロンが手にしていた
『魔王子と半魔の娘』が、実は読めちゃいます!
物語に出てくる劇中劇『魔王子と半魔の娘』をシャロンより先に読みたい方は、
こちら⬇【ライブノベル】嫌われ半魔の娘に花冠を(完結済み)
https://ncode.syosetu.com/n6574lv/
少し切ない物語ですが、これを読んでいただけたなら、より物語の世界観が広がり、本作を楽しめるようになっています。
ぜひ、一読頂けると幸いです。




