第44話 至福の時
「おっ!いたいた」
「もう、何よ突然、小言なら聞きたくないわ!」
ソファに寝そべったまま、イリアは、ちらりとセグナを見たが、クッションを抱えプイッと背中を向けた。
「何だ、やっぱり暇そうにしてるじゃないか~」
セグナは、珍しく鎧を外し、ラフな格好でイリアの部屋を訪れた。
「セ、セグナ様?!お待ちください!いくらあなた様といえども、ここは、ここは第一王女のお部屋。その言動と振る舞いは、不敬でありませんか!」
ずけずけと部屋の中に入ってくるセグナに対し、タニアは両手を広げて立ちはだかる。
「いいのよ、タニア。セグ姉は、特別だから」
「で、ですが」
横柄な態度をとるセグナに対し、タニアは苛立ちを抑えられなかった。
しかし、セグナは、そんな視線を柳に風と受け流し、タニアを無視して横をすり抜け、イリアの元へと歩み寄ったのだった。
そして、背中を向けたままソファに寝そべるイリアの横へと座った。
「イリアは、もう疲れたから鍛錬なら絶対にお断りよ!言いたいことがあるなら、それも明日にして!」
「ハハッ、イリアは、相変わらず鍛錬が嫌いなんだなぁ!まぁ、東屋での刺々しい態度もイリアらしくなくって気にはなったが用件は別だ。ちょっと、私に付き合え」
「え~っ、今から?」
クッションを抱えたまま、くるりと向きを変えたイリアは、少し面倒くさそうな表情を見せた。
「そう、今から!」
ニタリと笑うセグナに嫌な予感がしたイリアは、首を縦に振らなかった。
「そのニヤついた顔!どうせろくな事ではないのでしょ?」
「ろくな事って、人聞きが悪いな。他の奴が聞いたら私の人格を疑われてしまうじゃないか?!」
「ふん!どうだか?大体そういう顔をする時のセグ姉は、あながち外れてないと思うけど」
イリアは、セグナの顔を見て、ぷ~っと頬を膨らませ不満を隠そうともしない。
「ありゃりゃ、私、信用無いな~。今日は久々、本宮でのお泊まり!折角だし朝までイリアと一緒に居ようかな~って思ってたのに、……ん~、残念!!え〜ん、シクシク……」
「えっ?!本当!!」
横になっていたイリアは、すぐさまクッションを置きセグナの隣に座り直した。
「あぁ、本当だ」
わかりやすい泣き真似をやめ、セグナは、そう言ってイリアの頭をクシャリと撫でた。
ここから先、明日の朝までは、セグナが、イリアの世話をするからと、タニアにはそれまでの間、暇を出した。
タニアは、その事に猛抗議したが、幼少の頃から王族の側仕えとして過ごしてきたセグナの「権威」には抗えず、最後は渋々と部屋を後にした。
部屋の外に連れ出され、イリアの手を引っ張り、急ぐセグナに何だか嫌な予感がしたイリアは、たまらずセグナに訊ねた。
「ところで、セグ姉、いったい何処に行くの?」
行き先をどう説明すべきか迷ったのか、セグナは一瞬、言い淀んだ末に―――、
「ん?ん~と~。そうだな、突撃だ!突撃!!」
「と、突撃??」
その的外れもいいところの返事に、当然だがイリアのセグナに対する不審感は、募るばかりだ。
「イリア、突撃ーーーーっ!!」
セグナは、イリアの手を引き、右手の拳を高くつき上げた。
「お、おーーーーっ!!」
イリアもつられて、左手の拳を軽く突き上げた。
「―――って、だから!どこへ?!」
【王宮・大浴場】
その頃、私は、面倒な洗いを終え、今、静かにひとりで湯船に浸かり、至福の時を過ごしていた。
「はへ〜ぇ〜、うい~~~っ、極楽、極楽~~っ!!」
この世界で体を洗ったり、髪を洗ったりすることは、便利社会で過ごしてきた私にとっては、かなり大変!だから、気が引けるけれど、いつもナタリーとアイラに手伝ってもらっている。
早く湯船に浸かりたい気持ちが抑えられず、今日もふたりに手伝ってもらったのだが、
―――いつもと違ったのは、
◇
「あれ?シャロン様、洗い用のボトルが三本ありますよ、ほら」
アイラが洗い場に置いてあったボトルを私に見せてきた。
「えっ?ホントだ!三本ある?!」
「変ですね。普通は、体用と髪用の二本。もしくは、兼用の一本なのに」
アイラは、不思議そうに手に取ったボトルを眺めている。
ナタリーも知らないようで、そう言ってボトルを一本、手に取った。
「あっでも、シャロン様。三本とも色の違うボトルですし、なにかボトルに刻まれていますよ。―――これは、『髪』ですね。アイラそっちの二つは?」
「え~と、『体』ともう一本は、『髪後』?ですかね」
アイラは、その『髪後』と書かれたボトルの蓋を開けた。
「!!シャロン様、シャロン様!これ、離宮のより何だかいい香りがします!」
なぜだかテンションを爆上げしたアイラが、蓋を開けたままボトルを差し出してきた。
「本当だ!ん~~~っ、何?めちゃくちゃいい匂い!!うわっ、正直言ってこれ欲しい!!」
私は、真心の発動無く、本心を吐露してしまった。
「……ん?あれ?この香り、どこかで……」
ぱっと、思い出せなかったが、確かにどこかで嗅いだことのあるいい香りだった。
泡立ちは、私がいた元の世界の物に比べれば、全然良くなかったけど、突っ張り感も少ないし、指通りもとても良かった。
特に、この髪後ってのを使った時は、この世界の洗髪用で特有のギシギシ感が無くなり、流し終えた後の髪の状態は、乾かす前でもわかるくらい、いい感じになっている!
「『これ凄いわね!』おっと、凄すぎて思わず口にしちゃった」
「フフ、真心が出てしまうくらいお気に召したようですね」
珍しくナタリーが声を立てて笑い、アイラもつられて笑った。
ちょっと恥ずかしくなった私は、「うふっ、そうみたい!」と、言って舌を出し肩をすぼめた。
洗いを終えた私は、髪をタオルでまとめ、いざ!!
湯船(天国)へと―――。
◇
少し浅いけど、10人くらい一度に入っても十分なくらい広い湯船にひとり、手足を伸ばし浸かった。
「ん~~~~っ!最高ぉ~~っ!!」
至福。
まさにその言葉以外に見当たらない。
目を閉じて湯気に包まれ、心身ともに解れていくのを感じていたのだが、
―――不意に、入り口の方が騒がしくなった。
「えっ?!あの方が入っているのでしょ?」
「そうだ!だから、突撃だ~っ!!」
ん~?、この声は!?
声に気が付き振り向いたら、セグナと恥ずかし気に目線を逸らしセグナに肩を抱かれながらイリアが入ってきた。
「セグナ!それに、イリア殿下?!」
私は、驚き、慌てて湯船から出た。
「申し訳ございません。殿下の湯浴みの時間と知らず、失礼いたしました。すぐに出ますので」
「いやいや、今からイリアを洗ってやるところだから、シャロンも一緒に手伝ってくれ!」
「えっ?私が??」
どうして、セグナとイリアが一緒なのか疑問に思ったが、セグナの言うことだから何かあると思い、私は、「わかったわ」と、笑みの中に軽いため息を混じり合わせ、セグナの指示に従うことにした。
さっきのイリアの態度からして、私に対するわだかまりが解けた感じでもなさそうだし、困ったな~、どう接すればいいのかな?
などと、色々考えていたら、私の至福の時間などあっという間に、っていうか一瞬で終わってしまった!
まぁ、至福の時なんて、そう長く続くものではない!そんなことは、分かっているけどね。
(とほほ……しょぼん)
ゆっくり近づいてくるふたりに、私は、もう一度、小さなため息をこぼした。




