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第43話  妹




イリアは、東屋の少し手前で従者を待たせ、一人で中へと踏み込んできた。


「もう!お兄様ったら、フィアンセを紹介するからと部屋で待つように言っていましたのに、いつまで待っても来て下さらないから、イリアは痺れを切らせて会いに来てしまいましたわ!」


「それは、悪かった。色々と思っていた以上に時間がかかってしまってな。シャロン、紹介が遅れた妹のイリアだ」


イリアは、プイっと頬を膨らませ、私のことを横目で見てきた。


「そちらが、お兄様のフィアンセですの?」

「申し遅れました。イリア殿下。私は、シャロン=アルカイド。以後お見知りおきを」


イリアは、ツカツカと勢いよく近づいたと思ったら、今度は、私を上から下まで凝視している。


「ふ~ん。あまり、ぱっとしませんわね!」

「おい、イリア!!何だ、その物言いは、失礼だぞ!」


「それは、申し訳ございません。お兄様との釣り合いが取れていないようだったので、……つい」


イリアは、は手にしていた扇子を少しだけ広げ口元を隠した。


「イリア!!」


プイっと私に背を向けたイリアに対し、ノエルは、立ち上がると珍しく声を荒らげた。


「フン!どんな企みでお兄様へ近づいたかは知りませんが、きっとイリアが暴いてみせますわ!!」


広げた扇子で口元を抑え小声で呟いたので、私には、ハッキリ聞こえなかった。


「イリア!これ以上、彼女を愚弄(ぐろう)するなら、たとえお前でも許さんぞ!!」


ノエルのあまりの迫力に少し押されたイリアは、

「ま、まぁ、今日は顔を見に来ただけ!いずれ、ちゃんとお会いする機会もあるでしょう。では、ごきげんよう」


まるで、絵に描いたような悪役の捨て台詞を残し、彼女は外で待つ従者の元へと去っていった。


「はぁ~、まったく!」

ノエルは、ドンと椅子に座るとテーブルに肘を置き頬をついた。


「あはは~、私、嫌われてる?」


セグナに、そう訊ねてみると、彼女は、手のひらを上に向け肩をすぼめ、

「なに、どうせお兄ちゃまを取られた腹いせだろう?」と言った。


「『あ~ね!』」

「あ~ね??」


ポカーンとしたセグナと私のやり取りにノエルが、困り顔で会話に入ってきた。


「いつもは、あんな感じではないのだが、最近は、どうも、……。すまなかった。イリアのせいで、気分を害しただろう?!」


「いえ、お気になさらず……『あんなの、猫の肉球パンチ!何の問題もないわ』……おっと、本音が」


ふふ〜ん!不意の『真心』の発動にも随分慣れてきた私!


「ぷっ、相変わらず面白い表現をするなシャロンは!」


セグナは、握った手で口元を隠しながらクスクス笑い、重かった東屋の空気がようやく和らいだ。


イリアは、この国の第一王女。歳は、ヒースと同じくらいだろうか?十四、五歳くらいに見えた。


(多感なお年頃だ!)


ノエルの話しだと、イリアは、幼くして母親が亡くなり、男所帯で育った。


そのせいであるかは、わからないが、彼女は、あまり魔王宮の外には出ることはなく。


書物を読んだり、薬草の研究をすることが好きなようだ。


(お勧めの本があるなら、今度聞いてみようかな?)


けれど、悪役がよく使うセリフをまるでフラグを立てるように、去り際に言ったイリアだったから、しばらく会うこともないだろ!


なんて、思っていたら……。


(フラグクラッシュ!)


数十分後には、―――会っていた!


そう、私は、オリオンの計らいで、ノエル、イリアと晩餐を取ることに。


皆、それぞれに忙しく、個々で食事をとっているとノエルから聞いたことがる。


せっかくの親子水入らず。私は、遠慮しようかとノエルに訊ねたら、「せっかくメニューを変更してまで、場を用意したのだから、それでは意味がない」と、言われてしまった。


(そりゃそうか)


私が、異世界人である事は、イリアに言っていない。


だから事前にノエルがイリアに、私は、記憶喪失だから過去の詮索はしないで欲しいと話をしていて、オリオンも私にその話が向かないようにしてくれるそうだ。


気が進まないもの、断る訳にもいかず、『王族の晩餐』に付き合うことになってしまった。


元いた世界では、昔、諸外国からウサギ小屋なんて、揶揄(やゆ)されるほど手狭な空間で過ごしてきた私にとっては、ただ食事をとるだけの部屋なのに、やはり無駄に広いと感じてしまう。


ふと思ったが、イリアは、幼い頃からこんな広い部屋で、毎日ひとりで食事をとっていたのだろうか?


ひとりきりの食事って言うのなら、私も前の世界(あっち)じゃほぼ毎日だったから、彼女が抱えているかもしれない寂しさは、痛いほど想像がつく。


初見早々に猫パンチを喰らわされたけれど、できればこの食事会が彼女にとって、楽しいひと時であって欲しいと私は思った。


(食器がかち合う音だけが響くようなことに、ならなければいいのにな~)


―――なんて、フラグめいたことを思っていたら(またもやクラッシュ!)


意外と四人での会話は弾んだ。


特に、私が、「お勧めの本はありますか?」と、イリアが好きな本の話題を振ったら、イリアだけじゃなくノエルもオリオンもグイグイ話に食いついてきた!


元々薬草に興味があるイリアは、意外にも医学書を好んで読んでいるそうだ。


そしてイリアにとってもまた、母との思い出だった、プルーバー作の『魔王子と半魔の娘』の話題になると、食卓の熱量は最高潮に達した。


やはりこの本は、いよいよ必読になってきたわね!


(出会うのが楽しみ!!)


その後も本の話は続き、オリオンがイリアの為に初めて買ってくれた本を、オリオンが憶えていたことと、その本をオリオン自身が読んでいたことが、イリアにとっては、とても嬉しかったみたい。


食事の最後に出された皿が空っぽになっても、まだ話は続いていた。


和やかな歓談の最中、一人の執事がオリオンに耳打ちした。


「おぉ!もうそんな時間だったか!?すまぬな、イリアよ。時間だ」

「えぇ~!?そんな、もう少し……」


そう言いかけたイリアだったが、気を取り直してオリオンに精一杯の笑顔を見せた。


「―――いえ、今夜は、楽しかったですわ。お父様!また誘って下さいまし」


オリオンもどこか名残惜しげな、少し苦い表情で頷いた。


「うむ、シャロンもありがとう!お陰で、イリアやノエルと楽しい時間を過ごせた」

「いえ、私も楽しかったです」


部屋を立ち去ろうとするオリオンに私は、その場で席を立ち礼をした。


オリオンが部屋を出た後、ノエルが「我々もそろそろ、」と言って王族の晩餐……いや、『ノエルの家族との夕食会』は、幕を閉じた。


私は、部屋を出ようとするイリアに思い切って声を掛けた。


「イリア殿下!私も本を読むのが好きなので、また、本の話をして下さい。私も『魔王子と半魔の娘』を次にお会いするまでには読んでおきますね」


イリアは足を止め、こちらに向き直った。


彼女は少し視線をさ迷わせ、小さく「えぇ……」と、一言だけ返して部屋を出ていった。


私が、最後に部屋を出るとナタリーとアイラが私を待っていてくれた。


食事が終わったら、部屋に戻る前に行くところがあったからだ。


私は、ふたりの案内のもと、向かっている先は、『浴場』。


―――ふふふ!そう、いわゆる『お風呂』!


この世界でお風呂の習慣は、実は毎日ではない。


基本的には部屋で体を拭いたりしておしまいなんだけど、私がお風呂好きというのを知って用意してくれていたようで、結構楽しみしていた。


離宮とは、また違った感じだと聞いていたから、顔には出さないけどチョットわくわく!


私は、前を歩く二人に気付かれないように、一度だけ、スキップした。



   【イリアの部屋】


イリアは、部屋に入るなり近くにあったソファーへと腰を下ろし、小さくため息をついた。


その様子を見ていたタニアは、部屋の扉を静かに閉めイリアへと声をかけた。


「お疲れのご様子ですね?!あの女の事、何かわかりましたか?」


タニアが、ソファーの端に置いてあったクッションをイリアに渡すとイリアはそれを抱えこんだ。


イリアは思いの外、あまりにも楽しく、満喫してしまった夕食会を思い出しニヤケ顔がタニアに悟られないようにキリリと表情を引き締める。


「そうね、特に変わったことはなかったかな?お兄様の刻印を受け入れた事と、今度、……え~と、何だったかな?あの、大きな人族の教会」

「サルモラ大聖堂ですか?」


「そうそう、それ!そこに行くとか言ってた!理由は知らないけど」

「刻印にサルモラですか、他には?」


「他?他か~、ん~、もう無いかな?あとは、本好きだということくらい」

「そうですか……」


タニアは、顎に手を当て、思案に(ふけ)っていた。


「ねぇ、タニア……。イリア、思ったんだけど―――」


イリアは、ソファに体を投げ出し、手にしていたクッションを天井に向けてポーンと放り投げては受け止める、という動作を繰り返した。


「イリア様、いくら私と二人きりとはいえ、はしたないですよ。それで何でしょうか?」


「あの人の事だけど、あなたが言うほど悪人には、思えなくって」


少し呆れ顔のタニアを横目で見ながらイリアは、そう言った。


「そうですか。けれども弱い女ほど、男をだましたり、こびたりするのが上手いと聞きます。用心に越したことはありませんよ」

「そりゃそうかも、だけど、ふたりの関係を見る限り、悪意のようなものは感じなかったけどな~」


「イリア様、相手は人族で、もしかしたらパルテール教団に深く関わりがあるかもしれません。異教徒の者など決して信じてはいけませんよ!」

「そ、そうね……」


イリアが、何かを言いかけた時、部屋の扉を叩く音がしたと思ったら、イリア達が、返事をしないままに扉が開いた。


「イリア、いる?」


扉から顔をひょっこり出し、イリアの姿を探したのは、セグナだった。


「セグ姉??ぶふはっ!!」


不意を突かれたイリアは、放り投げたクッションを受け止め損ね、見事に顔面でクッションを受け止めた。









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