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第42話  疑い




魔王宮殿に到着してから、もう随分、時間が経っていた。


ノエルに案内された美しく整えられた庭園にも、長く木々達の影が伸びている。


私の暮らしている離宮ブルング宮殿もそうだけど、ここ魔王宮殿の庭園もずっと見ていたくなるくらい素敵な所だった。


私達は、池の側に建てられた東屋(あずまや)へと向かった。


そこには、小さめの椅子とテーブルがあり、お茶も既に用意されていた。


「ふたりとも、ここで話そう」


私とノエル、セグナも重い雰囲気のまま、席についた。


「あの、殿……ノエル……様。先ほどお兄様とおしゃってましたが、第一王子ホーク殿下の事ですよね?私が、聞いてもよい話なのですか?」


「フッ、様はいらん。ノエルでいい。あぁ、そのために呼んだのだから」


私のぎこちない呼び方を鼻で笑い、「先ずは、兄上のことから話そう。―――」と、言ってノエルは、兄ホークの事を語り始めた。


   ホーク=オルティス。


現、カルヴィナ王国の第一王子でノエルとは歳が少し離れているが、血の繋がったノエルの実の兄。


頭脳明晰で魔術、剣術にも優れ、正に第一王子の名に恥じない実力者。


しかし、そんな彼が、半年前のこと、魔獣討伐に駆り出され討伐先で行方がわからなくなってしまった。


そして、今、現在に至るまで、まだ見つかっていないという。


ここ数年、至ると所で起きている魔獣による被害報告。


それを討伐する為、彼も軍を率い討伐を行っていたそうだ。


魔獣の討伐自体は、さほど困難なものではなく、今もノエル、第三王子のジルベルトと手分けをして事に当たっている。彼が、向かった先も同様だった。


 しかし―――、


はじめは、規模も小さく簡単な討伐であったにもかかわらず、突如、現地の魔獣に更なる活性化が起こり、既存の部隊規模では抑えこめなくなった。


オリオンの命により、ジルベルトが約2倍の部隊を率いてようやく鎮静化。


だが、ジルベルトが合流する前に、ホークは、忽然と戦線から姿を消したという。


その後、ノエルが現地調査に向かったが、ホークの足取りをつかむことは、残念ながら出来なかったそうだ。


「出発前、ホーク様は、体調を崩した私を気遣い、私に王宮での待機命令を出したの。あの時、無理をしてでも私は、ついて行くべきだった!」


テーブルに片肘をつき、頭を抱えたセグナが絞り出すような声を上げた。


「馬鹿が!兄上の判断は正し!お前を守りつつ全力がだせるものか?!」

「いいえ、私は、ロイヤルガード。あのお方の盾となるのが私の使命。それなのに私は……、私は、約束を……。あのお方を守るという約束を破ってしまった!」


震える声を抑えつつ、自分に対する怒りと後悔の念に耐えているセグナに、ノエルの言葉は、届いていなかった。


「魔獣が再活性化したとはいえ、お前がいなくても、それを対処できない兄上ではない!それに気になるのが、戦いの最中(さなか)突然姿が見えなくなったということだ。何かがあったに違いない!!」

「何かって、何だ?!」


セグナの強い視線がノエルを射抜く。


「そ、それは、―――」

「なぁ、ノエル!教えてくれ!!私は、それが、……それが、知りたい……」


(いきどお)るふたりを見ていられず、私は、話に割って入った。


「ふたりとも、落ち着いて。セグナ、ホーク殿下は、まだ見つかっていないのよね?」


「あぁ、見つかっていない。だが、生きているはずなんだ。私の刻印が、未だに消えていないからな」

「そうか!刻印は、どちらかが死ぬまで消えないんだ」


安堵の溜息を漏らす私を余所(よそ)に、ノエルは苦い表情を更に濃くした。


「そう、兄上は、生きている……だが、それが、もっと厄介でもある」

「えっ、どうしてですか?生きているなら望みがあるのでは?」


ノエルは静かに首を横に振り、言葉を継いだ。


「『敵前逃亡』……。これは戦時において重罪なんだ。たとえ、王子だろうと許されることではない」

「そ、そんな……」


私は、ようやくふたりのやりきれない思いが理解できた。


「それに、兄上には、もうひとつ嫌疑(けんぎ)が、かけられている。それは、―――、ガブドルの憑依だ!」

「ガ、ガブドルの?!!」


私は、耳を疑った。


セグナが以前、私に見せた彼を想う時の表情と言葉。


それは、私が、ホークに会っていなくても、その人柄が想像できる。


そんなの絶対に信じたくない!


「疑いがあるだけなんですよね?」

「勿論。だが、有る事の証明は出来ても、無い事の証明は出来ないんだ」


テーブルの上に置いた両手をギュッと握ったノエルに、その歯がゆさがにじみ出ていた。


ノエルは、とても家族を大事にしているとセグナに聞いたことがある。


おそらく、今、彼の気持ちは居ても立っても居られないことなのだろう。


セグナもそう、愛する人に疑いの目が向けられる辛さは計り知れない。


「いつだって、どんなに離れていても、刻印であの人を感じられた。でも、あの時から、あの人の魔力()入って(聞こえて)こないの……。何も感じないの……。ただそれが、こんなに苦しく、不安に感じるなんて、思いもしなかった!」


彼女の震える声は、いつものセグナからは、想像もできないほど弱々しく感じられた。


こんな時、私は、どうすればいいの?


耳心地の良い言葉を並べてもノエルにも、セグナにも届きはしない。


そう思っていたら、また、あの厄介な加護が発動してしまった。


「『それでも私は、信じる……かな?』」


考えるより先に言葉が出ちゃうから、この加護はホント厄介。


私は、軽くため息をついてから、仕方なく今の自分の思いを吐露した。


「私、ホーク殿下の事は何も知らないわ。けれど、ふたりから伝わる人となりは、何となくわかるかな。だから私は信じます!根拠も確信も何も無いけれど、生きているなら望みは捨てない!無いことの証明はできなくても、ホーク殿下を信じ抜くことなら、私にだってできますから!」

「シャロン……」


うつむいたままだったセグナが顔を上げ、私を見た。


「それに私が大聖女になれば、憑依も証明できるんだから、私は私の出来ることをするね。偉そうな事は言えないけれど、私は、私の信じることを諦めるつもりはないわ!!」


と、私は、少し大袈裟気味に偉そうな態度をとってみた。


「シャロンのくせに、生意気!」

「痛っ!!」


私は、セグナにデコピンを食らわされた!


そんな私とセグナのやり取りを苦笑いの表情で見ていたノエルが、問いかけてきた。


「シャロン、ひとつ願いがあるが、聞いてはもらえないだろうか?」

「私に、ですか?」


突然のことで驚いた私にノエルは、真剣な表情で話しを続けた。


話の内容は、どうやら、あの謁見の間で部屋に入ってくるノエルを、私が感覚的に感じたことだった。


実は、あの謁見の間は、かなり特別な部屋で魔力を阻害したり、魔素を分解して魔法を発動できないように作られているそうだ。


そんな中、感覚的とはいえノエルの存在を感じたことと、後から来たヒースは、感じなかったことで、ひょっとしたら刻印が関係しているのではないのか?というのがノエルの見解だった。


それを確かめるためにも今日、私が離宮に戻る予定を明日に延期して色々実証実験をしてみたい。


―――そういうことだったみたい。


もしこれが、刻印が持つひとつの特性なら、ホーク探索の足掛かりになるかもしれない。ノエルは、そう考えたのだった。


「勿論、私に問題は、全くありません。むしろ協力させてください!」

「すまない。であれば、今宵は、宮殿でゆっくり休んでくれ。セグナ、案内は頼む。私は、早速、準備に取り掛かるとする」

「わかった。こちらは、任せておけ」


さっきまで、不安定だったセグナもようやく自分を取り戻しつつあるように見えた。


私達は、すっかり冷めてしまったお茶を少しだけ口にして、東屋を出ようとした時だった。


「あら、お兄様!こんなところにいらっしゃったのですね?探しましたわ!」


ノエルに声をかけてきたのは、淡い色の花たちの間を歩く一人の少女。


まだあどけなさを残すその少女は、宵闇をそのまま切り取ったような重厚で深みのある紺色のドレスを纏っていた。


少女はノエルに右手を大きく振りながら侍女を連れ、私達の元へと歩いて来る。


風が花たちのいい香りを彼女の方から運んできた。


「イリア……」


彼女の名前を口にしたノエルは、なんだか煙たがる様子で少女を出迎えた。


そう、彼女は、ノエルの実の妹で、この国の第一王女。


   イリア=オルティスだった。









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