第39・5話 閑話 【女神の使徒 ✕ 私 ✕ 憧れ】:後編(本当の魔法)
「―――違うな!魔力が無ければ術は、発動しない!!」
大木の裏側から聞こえて来たのは、男の子の声だった。
「あら、そうかしら?」
シャロンは、声が聞こえた方へと、そう言い放つ。
「ひ~ぃ!!だ、誰ですの?!」
ブリトニーは、驚いてシャロンの後ろに隠れたが、シャロンは、まったく驚いた様子も無く返事をした。
「何だ?お前は、驚かないんだな?!」
シャロン達と同じ年頃の少年が、大木の裏側からその姿を見せた。
少年は、シャロンもブリトニーと同じ様な反応をすると思っていたから逆に目を丸くして驚いる。
「えぇ、あなたが、そこにいたのは、私が、ここへ花を摘みに来た時から知っていたから、驚きはしないわ」
「はぁん?それは嘘だね!」
シャロンは、彼の言葉を鼻で笑うように、挑発的な笑みを浮かべた。
「噓じゃないわ!だって、私、「『真心』」と言う加護があるから嘘は付けないもの」
「あっ!そ、そうだったな!さっきの洗礼式で授かったんだよな……。けど、どうやってオレのことがわかった?近くにいた鳥ですら気が付かなかったのに」
「気配を消す魔法を使っていたようだけど、ちょっと術式があまいわね。魔力の込め方も一定じゃないから微量だけど魔力が漏れ出ていたわ」
「そういえば、それ同じことを兄上にも言われた。その感知能力、スゲ~な!お前」
少年は、シャロンとブリトニーの近くに歩み寄った。
「―――けど、さっきの話。物やましてや言葉には魔力を込めないと魔法は絶対に発動しない!」
「あら、本当にそうかしら?」
「何を言っている?常識だろ!」
少々、小馬鹿にされたみたいに感じた少年は、強い口調で返した。
「常識ねぇ~。―――あなた『幻影残滓の法則』と言うのはご存じ?」
「当たり前だ!『魔法で生み出された物は消え、影響は残る』と、言う意味だろ?そのくらいは、知っている!」
「へぇ~、その年齢で知っていて、理解しているとは、とても優秀な方に魔法を教わっているのね」
「あぁ、そうだ!オレの師匠は、世界一だからな!」
少年は、ドヤ顔で答えると、シャロンは、少年の言葉に少し驚いた表情をした。
「―――って、そんなことは、どうでもいい!幻影残滓の法則とお前の言った『魔法の言葉』にいったい何の関係がある?!それに、お前!歳もオレと同じくらいだろ!!」
「ふふ、そうね。じゃ、あなたが、あの木陰で気配を消して、のんびりしていたのは、なぜ?」
「そ、それは、……聖堂にいてもつまらなかったから」
「そうよね。だからあなたは、外に出た」
シャロンは、立ち上がり、右手の人差し指を立てた。
「けれど、外に出たあなたは、小鳥たちの唄に誘われ、色鮮やかな花達に魅了されししまう。そして良い香りが鼻をくすぐり、木が陽の光を柔らかくしてあなたを抱きしめ、優しい風が頬を撫でていたから、そこにいたのでしょ?」
「はぁ?いったい何のことを言っている?」
「あなたが、あの木陰を選んだのではなく、あなたは自分では気付かないうちに魔法にかかっていて、そこを選んでしまった。……そう言うことよ」
「何をバカなことを?……!!」
少年は、ハッとなった。
「―――、とある半魔の娘が魔王子に言いました!」
シャロンは、人差し指を振りながらそう言うと、
「「あなたが私を選んだのではなく、あなたは自分では気付かないうちに、魔法にかかっていて私を選んだ……。そう言うことよ!」」
ふたりはまるで、申し合わせたかのように、顔を見合わせ、一言一句同じことを口にした。
「「ふふ、あははははははっ!!」」
ふたりは、目を見合わせた途端どちらかともなく、お腹を抱えて笑い合ったが、ブリトニーは、何のことかさっぱりわからず、ポカーンとしていた。
「プルーバー作の『魔王子と半魔の娘』で、アルテナのセリフだな。幼い頃、母上が、何度も読み聞かせてくれた」
「そう、お母様との思い出の作品なのね」
「シャロン様、いったい何の話ですの?わたくしにも教えてくださいな!」
ブリトニーは、ひとりだけ置いてけぼりをくらい、たまらずシャロンに質問した。
「ん~っ、ブリちゃんには、まだ早かったのかな?ううん、でも、そんなことはないわね!いいわ、教えて、あ・げ・る」
そう言って、ブリトニーに顔を近づけ、人差し指で顎をクィっと押し上げると、ブリトニーは、抵抗できず顔を真っ赤にして棒立ちになってしまった。
「ある本の話よ。プルーバー作の『魔王子と半魔の娘』この作品は、魔族側では有名で、本の構成も、地の文が少なくセリフばかりの伝記もの。けれど、伝記ものとしては、少し子供っぽい表現ながらも登場人物が生き生きとしていて、一般ウケが良かった。多分そのせいで魔族寄りの伝記ものなのに、人族側でもよく読まれている珍しい作品なのよ」
「へぇ~、そんな本があるのですね。知りませんでしたの」
「そうね、ブリくらいの家柄なら書庫はあるよね?」
「えぇ、そりゃありますが」
「なら、家に帰ったら探してごらんなさい。その本には、魔法がかかっているから!」
「魔法が?!」
ブリトニーは、驚きのあまり、声を大きくした。
「えぇ!もし、それを手にしたあなたは、きっと時を忘れて読み切ってしまうわ!まるで『時間魔法』にかかったみたいに、……ねっ」
「はい!ぜひ、探してみます!」
ブリトニーは、目を輝かせながら、そう言った。
「フンッ!そんなのただ単に、集中して時間の感覚がおかしくなっただけだろうし、つまらない本は、そうはならないぞ!」
少年は、腕を組み木に寄りかかった。
「確かにそうね。全ての本に魔法が備わっているわけではないわ。でもね、人を引き付ける力のある本には、ちゃんと魔法が発動するのよ」
「フン!バカバカしい!!」
少年は、シャロンの話を信用しなかった。
「そうかしら?本は凄いのよ!現に、あなたと私をこんなかたちで、笑い合わせてくれたし、あなたとお母様を思い出で繋いでくれている。そんな、何気ないところに奇跡を起こし、影響を残す。『幻影残滓』―――。それは、紛れもない本当の魔法よ!」
「……」
少年は、黙ったまま言葉を返さなかった。
何か思うところが、彼にはあったのかもしれない。
暫くして、少年は、呆れ顔でニヤリと笑った。
「フッ、お前、面白いやつだな」
「お前じゃないわ。私の名は、シャロン!あなた魔族ね?私は魔族に知り合いも、お友達も、ひとりもいないから、私とお友達になってもらえないかしら?」
「あん?……まぁ、いいだろ。次にまた逢えたらなっ!オレの名はノエル、カルヴィナ王国の第二王子だ。だが、そんなことは、もう無い……と、思うがな」
ノエルは、少し寂し気な表情で答え、その瞳に一瞬だけ、王族という檻の中にいる孤独な少年の色が混じった。
「カルヴィナの第二王子……。ノエル、あなたにお願いがあるの」
「何だ?急に」
彼は、少し訝しげにシャロンを見つめた。
「世界一の師匠に会った時、伝えて!『先生。時が来たら会いに行きます』と」
「?おババの知り合いか?ってかやめとけ!あんな魔獣がごろごろいる所なんか。それに結界が張られているから絶対にたどり着けやしない!」
それを聞いたシャロンはふっと笑った。
「いいの。魔法の言葉を伝えてくれれば……」
「まぁそのくらいなら―――」
「シャロン様、シャロン様!!そろそろ、急がないと!お待ちになっている司教様に叱られてしまいますよ」
ブリトニーが慌てた様子で、ノエルの言葉を遮った。
「あぁ~っ!そうでした!!行きましょうブリ!ノエル、楽しかったわ。またねーーーっ!!」
そう言って、シャロンはノエルに大きく手を振り大聖堂へと走っていった。
ノエルもつられて手を振った。
けれど、途中で恥ずかしくなり手を振るのを止めた。
「シャロン、『真心』のシャロン、か……。フッ、変なやつ」
そう小さく呟いたノエルは、振っていた手をそっと胸まで下ろし、シャロンが見えなくなるまで、その後ろ姿を見ていた―――。
大聖堂の渡り廊下を小走りで、急ぐ二人。
「シャロン様!」
「なぁに?」
「シャロン様って、私とあまり変わらない歳なのに、とても物知りなのですね」
「そうかしら?よくわかんないわ!それより、ブリ、急ぐわよ!」
急に走るスピードを上げるシャロン。
「あ~~~ん、ちょっと、待って下さい~~~っ!!」
必死で追いかけるブリトニーの声と二人の足音が、静かな渡り廊下に響いた。




