第39・5話 閑話 【女神の使徒 ✕ 私 ✕ 憧れ】:前編(それぞれの出会い)
【今より十数年前、サルモラ大聖堂】
洗礼式を終えた人族の子供は、その手で大聖堂の裏庭に咲く花を摘んで祭壇へ供えなくてはいけない。
今、洗礼式を終えたばかりのシャロンは、そのための花を摘みに裏庭の花壇に来ていた。
洗礼式を先に終えていた子たちは、既に花壇の中へと入っていて、皆、思い思いに花を摘みながら、楽しそうに会話している。
少し遅れてやってきたシャロンは、その子たちがいる方へと向けていた足を、何かが気になったのか、少し離れた大木へと歩みを変えた―――。
「シャロン様ーーーーっ!!」
摘む花を選ぶシャロンに声をかけるひとりの少女。
「ん?え~と、あなたは?」
シャロンは、見覚えの無い少女に少し戸惑った様子。
「わたくしは、ブリトニー=クラーク。先ほどの洗礼式見ましたの!あれほど美しく神々しい光の降臨は、おじい様でさえも見たことがないと絶賛しておりましたの」
ブリトニーは、まるで女神像を拝むように手を前で組み、甘美な表情を浮かべた。
「おじい様?」
「あら、これは失礼しましたわ。わたくしの祖父は、パルテール教会のフィデル=クラークでございますの」
「フィデル……?」
そう言った後、シャロンは、耳に手を当て何やら小声で独り言をブツブツ言い始めたかと思ったら、「『わかりました』」と言って、突然静かになり、それからゆっくりと目を開いた。
すると、さっき迄の「ぽわん」としたシャロンの雰囲気から一変して、まるで別人のように今度は、「凛」とした目力のある顔つきになった。
光の加減なのだろうか、わずかに左右の目の色の濃淡が違うように感じられたが、その瞳の奥には、数百年を生き抜いた賢者のような、底知れぬ静謐が宿っていた。
「あ、あの~シャロン様、大丈夫ですか?」
言葉が途切れたままで、その様子を見ていたブリトニーは、顔つきの変わったシャロンを見て一瞬ドキッとし、赤らめた顔で訊ねた。
「大丈夫よ、問題無いわ。それより、さっきの話だけど、―――」
シャロンは、顔にかかった、その美しい亜麻色の髪を片手で前髪ごとサッと流し、ブリトニーを見た。
「えっ?え~っと、何の話でしたかしら?」
ブリトニーは、そのしぐさに見とれてしまい、上の空になっていた。
「あなたのご祖父フィデル様のこと。たしかフィデル枢機卿でしたよね」
「あぁ、はい!その通りですの」
「枢機卿と言えば、パルテール教会のトップ。そのお孫さんが、私に何のご用でしょうか?」
シャロンは、摘む花を選びつつ、話を続けた。
「そうでしたの!光の降臨は聖女の証。わたくし達、パルテール教会は、昔より聖人、聖女の発見、保護、育成に尽力しておりまして、まぁ~歳も近い?ということで、わたくしにシャロン様のサポート役を仰せつかり、参じた次第ですの」
「あなたが、私のサポート役に?」
「はい!」
シャロンは、手を止め、ブリトニーを横目で見た。
そして、一言。
「……必要ないわ!」
「なっ!??」
ブリトニーは、当然シャロンが快諾すると思っていたから、シャロンの言葉に驚きを隠せなかった。
「―――ですが、私のサポートをする代わりに、あなたには、お願いしたい事があります」
「お、お願いですか?」
「えぇ。近いうちに、私と枢機卿とが、ふたりで会えるよう手配してもらえないかしら?」
「おじい様と?!」
「そうね出来れば、この地を去る日のお披露目会が終わるまでの間に」
「お披露目会といえば、明後日!ん~それは、少々難しいかもしれませんの。おじい様は、とてもお忙しい身。いずれ、と言うことであれば、お約束いたしますが」
「ん~、それは困ったわね~」
「いくらシャロン様が聖女であり、そして、可愛い孫娘の頼みであったとしても、おじい様は実直で、私情を挟む余地なんてありませんのよ」
「では、もし、断られたら、今から言う『魔法の言葉』を枢機卿の耳元で、そっと唱えてください」
「魔法の言葉?……ですの?」
シャロンは、立ち上がりブリトニーの耳元に口を近づけ、「そう、魔法の言葉!」と、囁きニコリと笑った。
「わ、わかりましたの。では、その魔法の言葉を教えてくださいな」
ブリトニーは、半信半疑でシャロンに尋ねた。
「サルモラのお腹の子、チェリは元気でしょうか?久しぶりに会いに行きます。―――と」
「……。え~と、それだけでしょうか?その~詠唱とかは?」
「えぇ、これだけです。詠唱はありません。たとえ断った後でも、この魔法の言葉で枢機卿は、必ず私にすぐ会うと言うはずです」
「わ、わかりましたの。そこまでおっしゃるのなら……。でも、わたくし、魔力がありませんが、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「問題ありません。だから、魔法の言葉なんですよ」
そう言った自分の言葉にシャロンは、フフフと笑った。
「いや!、それは、違うな!魔力が無ければ術は、発動しない!!」
近くにあった、大木の裏側から男の子の声がした。




