第37話 謁見【円卓の密談と宣告】
玉座から一番近い扉に人影が見えた。
―――説明なんて必要ない。
醸し出すその雰囲気とその場を支配する圧倒的な存在感は、その人が、間違いなく『魔王』だとすぐ認識することができた。
皆、一斉に伏し、魔王オリオンの最初の一声を待った。
オリオンは、玉座に座ることなく、伏して待っている私達に立ったまま話を始めた。
「皆、よく来てくれた。これは、正式な謁見ではないし、公にするつもりもない。伏した姿勢を崩して楽にしてくれ。我も膝を突き合わせた話がしたい。部屋の奥の円卓に人数分の椅子を用意している。そこで話そう」
そう言うとオリオンは、壇から降り、部屋の奥の円卓を指し示し、こちらへと向かい歩いてきた。
私達は、オリオンが通り過ぎるのを待っていたが、彼は、私の前で立ち止まり私に話しかけてきた。
「そなたが、シャロン嬢かな?」
「はい、陛下。お初にお目にかかります。私は、シャロン=アルカイド。この世界に召喚された異世界人で、彼女の全てを受け継いだ者です」
「では、これから我は、そなたを名で呼ぶが、……構わぬな?」
「勿論でございます。陛下」
私は、会釈をし、そう答えた。
「うむ。どうも名に敬称を付けるのは、余所余所しく感じるのでな、では、そうさせてもらう。しかし、本来であれば、初めて会う時に、ノエルとの祝いを兼ねて、陽の下で茶でも囲みながら……と、思っておったのだが。こんな形になってすまなかった」
「いえ、そんな、私こそ殿下に初めて会った時に勇気を出して伝えていれば、もう少し違っていたはず。これは、あの時、殿下を信じ切ることが出来なかった私が招いた事。陛下のせいではございません」
「そうか、そう言ってもらえると、我も幾ばくか気が楽になった」
「とんでもございません。それにお礼を申し上げるのは、こちらの方でございます。陛下のお陰で離宮では、皆に大切にされ、何不自由なく過ごすことができております」
オリオンは優しい笑顔で伏した私の背中を押して起こしてくれた。
「それは、何よりだ。さっ、皆も円卓の方へ、席の順番も気にせず座ってくれ」
私達は、オリオンの言葉に従い用意されている背もたれが高くなっている特徴的な円卓の椅子に、それぞれ腰を下ろした。
(あれ?私の隣の席が空いている)
人数分とオリオンは言っていたのに、ひとつ空席になっている。
確か、―――私のことを知る者は、私を含め10人のはず。
ババ様と呼ばれていた方は、今日この場には来ないとセグナが言っていたから、ここには、9人。
「『ひとつ多い……』」
その言葉に、オリオンが反応した。
「ふっ、もう少し後にと思っておったが、まぁ、よいだろ。そこの侍女」
オリオンは、ナタリーを指し、ナタリーは、自分のことかと無言で胸に手を当てた。
「そう、名は?」
「ナタリーと申します」
「では、ナタリー。そなたの後ろの扉の部屋に人を待たせている。すまないがその御仁をここへ連れてきてくれ」
「はい、かしこまりました」
ナタリーは、一礼をして部屋を出ていった。
「すまない、説明が後になった。時間が無かったゆえに、私とノエルの二人で判断したのだが、シャロンの事を、もう数人に明かした。勿論、秘密厳守としているから、そこは、安心してくれ」
皆、予想していなかったその言葉に驚いた顔をしたが、けどノエルは、少し不服そうな顔をしているように見える……気のせいかな?
コン、コン、コン
ナタリーの出ていった扉からノックが聞こえ、扉が開いた。
「失礼致します」
そう言ったナタリーが、開けた扉に人がひとり立っていた。
(ん?、女性だ……)
「遠慮せずに入ってくれたまえ。さぁ、その空いている席へ」
オリオンが、私の隣の空席を指し、部屋の前で深くお辞儀をしたままのその女性に声を掛けた。
「陛下、皆様方。失礼致します」
(あっ!!)「『風の様な人!!』」
体を起こしたその女性の顔を見て、驚いた私は、思わず声を出してしまった……と、言うか、アレが勝手に発動しちゃった。
「し、失礼しました!」
彼女に集まっていた視線を完全に横取りしてしまった私は、恥ずかしくなって肩をすぼめた。
彼女も、何の事かと小首を傾げていたが、すぐにこやかな表情で部屋に入って来た。
顎を引き、胸を張り、ピーンと伸びた背筋で歩くその姿は、女である私も見惚れるくらい、美しく気品にあふれている。
凛とした空気と、どこか掴みどころのない奔放さ。
彼女が歩くたび、目に見えない風が吹き抜けるような―――そんな錯覚を覚えた。
彼女は、空いている席で一礼をし、私に「また、お会いできましたわね」と小声で話しかけ、クスリと悪戯っぽく笑った。
ベルンツで一度会い、ローランツが、私のサポート役にと頼んでくれていた人。
そう、彼女は―――、
パルテール教会の『ブリトニー』だった。
「けれど、よくわたくしの『属性』を知っておられましたね?!」
そう言いながら、正面を向いたまま、横目でチラリと私を見て訊ねてきた。
「えっ?ぞく?……あっ!いえ、そう言うわけでは……」
「流石ですの!シャロン様!!」
ブリトニーは、私の弁明など耳に入らない様子で、ご満悦気味に両手を頬に当て、うっとりと自らの世界に浸っていた。
「ふたりとも、個々に話したいだろうが、そろそろ始めても良いか?」
苦笑したオリオンにそう言われ、私とブリトニーは、顔を見合わせ黙って頷いた。
「ノエルよ!ここにいる者たちの紹介とシャロンの事を知る者の紹介をお前がしてくれるか?」
「はっ。陛下」
オリオンに指名されたノエルは、端的でわかり易く、一人、ひとりを紹介していった。
「―――、最後にこの場にいない者の紹介を。先ず、我がカルヴィナ王国の魔導士師範のロリエッタ=フェレーラ。そして、そこのブリトニー姫君のご祖父にあたる、パルテール教会のフィデル枢機卿。以上でございます」
(なるほど、ロリエッタがババ様のことで、最後のひとりはブリトニーのおじい様ってことね。ババ様はともかく、ブリトニーとその祖父との接し方は、ちゃんとノエルに相談しておかないといけないかしら?)
そんなことを考えながら、私はノエルの紹介を聞いていた。
「ノエル、ご苦労だった」
オリオンは、ノエルに座るように指示し、話を始めた。
「良いか?これから話すことは、ここにいるシャロンがこの世界にもたらす影響力についてと、この世界にまた『大いなる危機』が迫っていることだ。まだ憶測の部分もあるが、経過を観察するほどの余裕は無いと我は、思っておる」
皆、オリオンの話す言葉を黙って頷き聞いていた。
「―――、彼女が異世界人であるという事実を知るそなた達も同様で、この事を第三者に知られることになった場合は、取り返しのつかない状況に陥る。よって、この事はけっして他言することの無いように頼む。その理由は、我が国が―――、いや。世界が300年ほど前に経験した、あの『危機』が再来する可能性があり、それを回避、もしくは対処するためだと思ってくれ」
私は、話の根幹が知りたくってオリオンに質問した。
「陛下、その危機、とは?」
「うむ……」
オリオンは、大きく息を吸った。
「それは、―――邪神ガブドルの復活だ!」
その言葉を聞いた私以外の全員、一瞬で顔色が変わり表情が凍り付いた。
まるでその名を口にすることすら禁忌であるかのように。
どうやら、先に知らされていたと思う、ノエルとブリトニーを除いて。
それほどまでに『邪神ガブドル』とは、この世界の人達にとっては忌み嫌われ、恐れられる存在なんだと……。
皆、信じたくない一心で思い思いに否定的な言葉を口にしたが、事実が変わるわけでもない。
そんなオリオンの意外な発言に、空気は一変し、逃げ場のない動揺がこの謁見の間に広がっていった。




