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第36話   魔王宮殿




揺れる馬車の窓から、時折、陽の光が木々たちの間をすり抜け、眩しく私の目に飛び込んでくる。


その眩しい光に、私は、出発前の今朝のことを思い出していた―――。



「シャロン様、おはようございます。本日は魔王陛下との謁見にございます。そろそろ身支度を整えましょうか」

「そうね、お願い」


メイド二人を連れ、そう声をかけてきたのは、メイド長のスザンナ。


彼女とは一度、私の歓迎会の時に顔合わせはしたけど、こうして身支度の世話をしてもらうのは、初めてだった。


「実は私、今日を楽しみにしておりました」


スザンナは、満面の笑顔を浮かべ、鏡越しに私の髪を整えながら話してきた。


「どうしたの?なにか良いことでもあるの?」

「ええ、こうしてシャロンのお世話ができることですよ!」


「ふっ。何よそれ?!」

突拍子もない言葉に、思わず吹き出してしまった。


「いつもは、あの子達がシャロン様のお世話をするので、こうして直接お話しする機会もございませんでしたから」

「そっか」


「そう言えば、ナタリーとアイラも、もう支度しているのかしら?」

「はい、二人には整い次第こちらにくるよう、申し付けております。ご安心を」


「わかったわ、それじゃ、メイド長のお手並み拝見!ってことで、お願い」

「畏まりました。では……全力のお世話をお見せ致します!」


スザンナは、後ろに控えていたメイドにテキパキと指示を出し、熟練の手付きで、私の髪を整えていった。


いつもならナタリーたちの仕事だが、今日は彼女たちも私と共に謁見の間へ入るため、自身の正装に追われている。


私の支度がもうすぐ仕上がる頃に、ナタリーとアイラが身支度を済ませやってきた。


「「おはようございます。シャロン様」」


気恥ずかしそうに部屋に入ってきたナタリーとガチガチでブリキのおもちゃのような動きのアイラ。


「おはよう。うん!とても似合ってるじゃん!!二人とも……『普段のメイド服姿しか知らなかったから、これはご馳走、ご馳走!いや〜違うテンションが上がるわねこれは。くぅ〜可愛いじゃないの!』……あっ」


あろうことか、まるでキモおやじが言いそうな事を口にした私。


最低です!


ふたりを下卑(げび)た目で見て、ごめんなさい。



―――昨夜、ナタリーとアイラにすべてを打ち明けた。


ノエルの計らいでナタリーとアイラ、ふたりとの関係に妙な亀裂が入らずに済んだ。


逆に、今はまだ、ぎこちないけど互いの距離が縮まったように感じている。


彼女たちが愛した「お嬢様」の不在と、代わりに、ここにいる「私」という存在。


それらすべてを受け入れ、それでも共に歩むと誓ってくれた二人の笑顔を思い出すたび、胸の奥に熱い何かを感じる。


(……もう、中途半端な生き方はおしまい。私はシャロンであり、この世界で彼女が託した願いを、私が必ず成し遂げてみせる)


そう、誓いを立てたブルング宮殿の朝。


窓から差し込む陽の光は、昨日までの迷いを追い払うかのように眩しかった―――。



そんな私達とセグナを乗せた馬車は、今は丁度、魔王宮殿へと向かっている最中だった。


滞在している離宮ブルング宮殿を出て小一時間ほどで王都に到着した。


今、正に、外城壁をくぐり、馬車もスピードをかなり落として中にある城下町を進んでいる。


セグナの話では、道は石畳なのだけど安全性と防衛用の仕掛けがあるらしい。


見た目にはわかりづらいように、大きく飛び出した石が所々に散りばめられていて、知らずにスピードを出して走らせると車軸が折れるようにしているそうだ。


だから、馬車は飛び出た石を避け、少し蛇行しながらゆっくり進んでいる。


防衛か……。こんなところにもこの世界の厳しさが見え隠れしていた。


しばらくすると宮殿と思われる建物が見えてきて、城門へと続く大通りにはいった。


宮殿と聞いていたので、もっと開けた感じを想像していたが、町の構造や建物の造りは、お城なんだと気が付いた。


想像していた「華やかな王宮」というよりは、要塞としての機能美を備えた「戦う城」という印象が強い。


テレサから教えてもらっていたこの世界の歴史。


魔族の王がここにいる事実は、それを物語っている。


それはただ美しさを競うための装飾ではなく、ただ一つの命を守り、数多の敵を拒むために研ぎ澄まされた、過去の産物―――。


そうだ、気が付いたと言えば、道の両脇で人だかりが所々にできていて、皆こちらに向かって手を振っている事だ。


そんなに王族専用の馬車が珍しいのだろうか?


私は、セグナに尋ねてみた。


「ねぇ、セグナ」

「ん!何だ?」


少し眠そうなセグナが、軽く伸びをしながら応えた。


「さすが、魔王様のお膝元ね。活気があって人も多いし、王族専用の馬車だから、ほら皆、手を振っているみたいよ」

「ん?人が多いのはわかるが、―――」


そう言って眉をひそめ、窓の外を見た。


「あぁ!手を振っているのは、シャロンに向かってだろう。こんな馬車、日に何度も通るからな珍しい訳がない」

「えっ!?何で?そうなの?!」


私は慌てて、しゃんと座り直した。


「まったく!何処から情報が漏れたんだ?!お前が来ることは、ごく限られた者しか知らないはずなのに」


『シャロン様ーーーーっ!!』


本当だ!車輪の音で気が付かなかったけど、名前を呼ばれている?!


「ど、どうしよう?」

「まぁ、無視してもいいが、皆、シャロンの到着を待っていたんだろう。折角だ手を振ってやれ」


「は、はい!」


こういう事に慣れていない私は、沿道で手を振る民衆に下手な笑顔で手を振った。


その様子を見てセグナは、落胆の表情でダメ出しをしてきた。


「そうじゃない!!」

「えっ?」


「いいか。先ず腕はこう!それで、このくらいまで伸ばして、今は、馬車の窓からだから顔の近くで、手のひらは軽くゆっくり左右に振る感じ」

「こうかな?」


言われた通りにやってみた。


「ん~っ、60点だな。手はもう少し上!それじゃ見えない。あと、お辞儀はしない!!」

「はい!!先生!」


(日本人なんだから仕方ないじゃん!)


こういう礼儀作法に関しては、やはり、セグナが近くにいてくれると助かる。


(でも、60点かぁ~。はぁ~、全然ダメだ!まだまだ、勉強不足と言う事ね!努力しないと)


そんな、こんなで、ダメ出しを何度も出されながらも、振っている手が疲れ始めた頃にはもう、城門内部へと馬車は入っていった。


王宮到着後、すぐに馬車を降り、私達は、セグナの案内のまま、この国の最高権力者である魔王が待つ謁見の間へと向かっていた。


セグナの話によると普段は、宮殿の入口近くにある謁見の間を使用するみたいなんだけど、今回は、事の重大性から特別に魔王の執務の中心エリアにある、少し小さめの謁見の間を使用するそうだ。


幾つもの廊下や階段を使い、どんどん奥へと進んでいく。


見た目に同じような廊下や階段を使って奥へ進んでいるから、正直、もう、どっちが入り口の方だったか解らなくなっていた。


「セグナは、よくこんな目印も案内板もない所を迷わず行けるわね、ある意味凄いわ!」

「そりゃそうさ、私達、近衛師団(ロイヤルガード)の一年目は各部屋の最短ルートを憶えることから始まるからな。当時、私も、あのバルカンのおっさんに叩き込まれたもんさ」


セグナの苦笑いの中に、その大変さが染み出てるように感じた。


「へぇ~、これを憶えるのはかなり大変だわ」

「まぁ、有事の際に備えて宮殿の内部が複雑なのはわざとだからな」


そうか、いざという時の備えは、私たちの世界では『災害』だけれど、この世界では『戦い』を意味するのね。


こんな所にも、この世界の厳しい側面が垣間見える。


「おっ、着いたぞ!ここが謁見の間だ」


セグナは、扉の前で立ち止まり、三回ノックしてから「シャロン一行、入る」と告げ、扉を開いた。


扉の向こうには、ローランツとハイメが壁際の椅子に正装姿で座って待っていた。


「「シャロン!」」


ローランツとハイメが私達に気付き、壁際の椅子から弾かれたように立ち上がり、駆け寄って来た。


「お父様!お母様!」


ふたりの姿を見て、そんなに長い間会えなかったわけでもないのに、なぜだか懐かしく感じ私もすぐふたりの元へと歩み寄った。


「どう?そちらの生活は、慣れたかしら?」

「ううん、数日程度だからまだ全然慣れないわ」


「シャロン!足りない物や困り事は無いのか?」

「えぇ!大切にされているから大丈夫よ。お父様、ありがとう!」


そんなハイメとローランツの言葉は、私の緊張した心をほぐすには十分だった。


私は、ローランツの案内で壁際に用意された椅子に腰を下ろした。


ハイメは入口近くで待っていたナタリーとアイラに何やら話をしていた。


少し距離があって何を話しているのかは、わからなかったけど、ふたりともハイメに泣きつき、ハイメもまた肩を震わせていた。


おそらく、『シャロン』のことだろう。


彼女たちの中にあるシャロンに対して想い。


それについては、もう、疎外感を感じることはなかった。


これも、あの時、ノエルが、上手くいくように立ち止まった私の手引いてくれたお陰。


そういえばノエルはどこ?と、思った時だった。


不意に彼が、丁度「正面にある扉から入ってくる!」そんな確信に近い予感に打たれ、私は、その扉へと知らずうちに歩み出していた。


 ―――ガチャリ。


私の予測通り、その扉からノエルとヒースが入って来た。


ノエルは、既に伏して待っていた私を見てかなり驚き、一瞬固まってしまった。


けれど、すぐにハッとなり、

「シャロン。まさかとは思うが、私が入ってくるのがわかったのか?」

「あ~、はい、何となくですがそんな気がしました。でも、後から入って来たヒースは全くわかりませんでしたが」


私は、中途半端な自分の勘に空笑いした。


「そ、そうか……」

ノエルは軽く握った手を顎に当て、少し難しい顔をした。


けれどすぐに表情を引き締め、部屋の中央へ進み出て全員に声を掛けた。


「皆、聞いてくれ。間もなく陛下がお見えになる。この辺りに集まり陛下が入室されたら、伏して待つように」


その言葉を機に皆、各々(おのおの)の場所からノエルの元へと集まって来た。


一番近くにいた私にノエルは、耳打ちをしてきた。

「この後、離宮へ戻るまでに、少しセグナと三人で話がしたい。よいか?」


「はい。それは、勿論大丈夫です」

「セグナには私から話しをしておく」


私は、何のことか理由がわからず、二つ返事で承諾した。


ノエルが、皆に声を掛けてまもなく玉座の一番近い扉が開いた。


(いよいよ。いよいよだ!!)


この世界へ来てからの一つ目の目的だった、この国の頂点に立つ男『魔王』との会合。


底知れぬ緊張感と高揚感が、―――全身を駆け巡った。


この世界に飛ばされて、ひと月も経たないうちに、私は今、この国の頂点に立つ男――『魔王』との謁見を目の前にしている。



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