第35話 覚悟と信頼
「何から話そうかな……」
そう言った後、しばらくは言葉が続かなかった。
噓がつけず心の声を吐露してしまう加護持ちの私には、思ったままを彼女たちに伝えるしかない。
『人によって捉え方は変わる』そんなセグナとの会話を思い出し導いた答え。
これからもナタリーとアイラ、ふたりと一緒にいたいのなら、回りくどい説明なんて必要ないわね。
そう思った。
少し間が空いたけど、深く息を吸った後、私は話を始めた。
「ナタリー、アイラ……ごめんなさい。あなたたちふたりの側は私にとって、あまりにも居心地が良くって、失いたくなくって、今まで打ち明けられずにいたことがあります。それは―――」
ナタリーは真っ直ぐこちらを見て、アイラは少しうつむき加減で私の話を聞いている。
「私は、あなたたちが知るシャロンではありません。私は、こことは異なる世界から女神アルテナの力でこの世界に呼び出され、シャロンに転生した異世界人です」
そう言った私の言葉に、ナタリーは、少し唇を噛んで目を伏せ、アイラは、ピクリと反応し一粒涙を落とした。
ふたりのこの反応……『驚き』ではなく『悲しみ』の反応だった。
もしかしたら、そう思った私の予想は的中した。
「シャロン様のその件に関しては、私もアイラも奥様から聞いて存じておりました。ただ、今の今まで信じたくはありませんでしたが、……」
重くなった雰囲気の中、ナタリーはアイラにハンカチを差し出しながらそう答えた。
「……そっか、知ってたんだ」
「はい、あの日、奥様から話を聞いた時はまだ信じられずにいました。でも、あなた様が口にされたからには、それは『真実』なのですね」
いつも冷静に起伏の少ない話し方をするナタリーの声が、わずかに震えていた。
そんな彼女の話にショックを受け、私は、言葉を失ってしまった。
何故なら、私がさっき放った言葉が、加護によって『真実の確定』を意味するからだ。
その事は、二人が私の真実を知っていたことの驚きよりも、この加護が持っている性質が怖いと思ったことの方が私とっては大きかった。
良いか悪いかは別にしても、私が口にするまでは、この子たちの知っているシャロンが、『もしかすると元に戻るかもしれない』という淡い期待感を今の今まで持ち続けることができたんだ。
もしかすると記憶を失っただけなのかもしれない―――。
何かの間違いかもしれない―――。
そんな風にわずかな希望を胸に、今まで私の側にいてくれいた。
けれど、私が真実を打ち明けたことによって、彼女たちの一縷の望みすら残酷に消し去ってしまった。
シャロンは、『もうここにはいない』と確定させてしまった。
私が発する言葉は、この世界でそれほどの重みがある。
恐ろしい程に―――。
黙ったままの私にナタリーは、
「ご安心ください。私達は旦那様と奥様の命により、あなた様にお仕えするように命じられました。あなた様が、このことを口にするまでは、事実を知っていることも秘密にするように、とも……」
「そう、だったのね」
「私とアイラは、旦那様の弟君にメイドとして拾っていただきました。特に、この子。アイラに関しては、シャロン様の口添えがあったからこそ、今の不自由のない生活が送れています。私たちは、シャロン様に返し切れないほどの恩をいただき、そのシャロン様の望みがあなた様の側に仕えることだったと、奥様から聞かされ納得したうえで、お側に置いていただいているのです。ですからこのことは今でも他言せず、墓までもっていく所存でございます」
主人の命令だったとはいえ、別人の私にシャロンと同様に仕え、それを悟られずにいたのは、さぞ辛かったはずだよね。
もしかしたら、この子たちには、私が思っていた以上に、精神的な無理をさせてしまっていたのかも……
けれど、『あなた様』か……。
ナタリーの言葉の端々(はしばし)で私を指す言葉。
あぁ、そうか―――、
だからナタリーは、私のことをシャロンと呼ぶことに抵抗を感じて『お嬢様』と呼んでいたんだ。
私は、そう思い。
……また、悲しくも感じた。
「……わかったわ。それなら話が早い。ありがとう、二人とも。誰にも言わないでいてくれたことに感謝しているわ。殿下、聞いての通りです」
ノエルは、私の明らかにトーンの下がった声と、作り笑顔の私を見逃さなかった。
「では、明日の陛下への謁見は二人にも来てもらうことになった。二人ともそのつもりで準備をしてくれ」
「「はい、畏まりました」」
二人とも揃って返事をした。
「シャロン、ここで話を終わらせて良いのか?」
けれど、ノエルの気の利いた言葉に私は、「それは、どういうことでしょうか?」と、自分でもわかっていながら、意地の悪い返事をしてしまった。
ノエルもその返事に、仕方ないという表情で立ち上がり、ナタリーとアイラの座る後ろにまわった。
「ふたりとも。これからも彼女に仕え、共に歩む覚悟を決めているのなら、辛い現実から目を逸らさず、今、目の前にいるシャロンとちゃんと向き合え。そうすれば自ずと道が見えてくる」
ノエルは、ふたりの肩に手をやり、優しく語りかけた。
「少し説教くさく聞こえるかもしれないが、聞いて欲しい。『ある本』から学んだことなんだが、『見えている』のと『見ている』の違いについてだ。見えているっていうのは、目に入って来た情報を単に受け流しているだけの状態の事。見ているは、その情報を自分の内面や現実に踏み込んでいる状態の事。このふたつの違いは、単なる視覚的な情報を『心でどう受け止めているか』という納得の差を生んでいるんだ」
視線のやり場を失い、彼女たちから目を逸らしていた私は、ノエルのその言葉を聞いて顔を上げた。
「今の君達にとっては、とても受け入れ難い事実に直面しているな」
うつむくふたりは、黙って頷いた。
「だが、目を背けずに見て欲しい。世界の危機を救った女神が、気まぐれや安易な考えで、君達から大好きなシャロンを奪うような真似を本当にしたかったのか?この世界でたった一人、その女神の声を聞くことができたシャロンが、なぜ自らの人生を投げうって、どんな思いで、今、目の前にいる彼女にその身を託したのか?その気持ちを君たちの内面に落とし込んで考えてはくれないか?」
黙ったままのふたりに、ノエルは言葉を継いだ。
「―――勿論、その答えを知る者は、当のシャロンとアルテナだけだ。理由はわからないが、それは彼女たちにとって、とても重要な事なんだと、私は思う。だからこそ、私は信じたい!君たちの知るシャロンはきっと信念を持って、そして、アルテナはそんな彼女を無駄死にさせないため、必ず転生を成功させ、姿を変えて君達に会いに来ると……」
ノエルの言葉を皆、無言で聞いていた。
私の悪い癖。
私が言わなくてはいけないことを、ノエルに言わせてしまった。
また壁の前で立ち止まり、誰かが助けに来るのを待ってしまった。
私はいたたまれず、
「殿下、私は、―――」
そう言いかけた私の言葉を遮りノエルは、
「私とセグナは、明日の準備に取り掛かる。その間、三人でゆっくり話をするといい」
セグナも何も言わず立ち上がりノエルと二人、部屋を後にした。
そして、部屋に残った私達三人は、お互い黙ったまま、ただ時間だけが過ぎてゆく。
私達は、話のきっかけを探していた。
意外にも沈黙を破ったのはアイラだった。
「あの、シャロン様。―――あたし、正直なところシャロン様のことを、以前から知っているシャロン様だと何故だか時々思ってしまいます」
「それは、見た目が変わってないからよ!」
「そうじゃないです!!」
ナタリーが強い口調でアイラに返したが、アイラはしゃんと座り直し、珍しくナタリーに反論した。
「そうじゃないです。あたし、バカだけどシャロン様を間違えたりすることは、絶対にしません!話し方も仕草も全然違いますが、佇まいというか、雰囲気というか上手く言葉にできませんが、よく似ています!!」
いつも弱気なアイラなのに、そこはナタリーに譲らなかった。
「話し方も仕草も違えばそれはもう別人じゃない!」
「わかってます!それはあたしが、一番わかってます……でも、誰でも良かったわけじゃない。このお方だからこそシャロン様も自身を託されたんじゃないのかなって、あたし、そう思うんです!」
「それは、―――」
ナタリーは、いつも、ふわっとしたアイラがハッキリとした態度を示したから、それ以上に否定することはしなかったし、彼女も何か思うことがあったよう見えた。
「シャロン様は、両親でさえ見捨てた、こんな何のとりえもないあたしのことを救い、必要だと言ってくれました。頼るばかりのあたしはまだ、その恩の半分も返せていません。だから、あたしは待ちます。ノエル殿下がおっしゃったように名前も姿も変わってしまっても、きっといつの日かシャロン様はあたし達に会いに来てくれると、……あたしも信じたい……です」
アイラは震える手で服の裾をぎゅっと握り、必死に悲しみをこらえているのが見ていて痛い程わかった。
「そうね。理由はわからないけど異世界人の私を転生することができたアルテナのことだもん、きっとシャロンの転生も成功させているに違いないと私も思うわ。ナタリーはどう?」
そう尋ねた私の顔をナタリーは真っすぐ見て、
「わ、私は、―――」
いつも冷静なナタリーなのに言葉を詰まらせ、ぼろぼろと涙を流しながら言った。
「私も信じたいです……」
今度は、アイラがナタリーから借りていたハンカチでそっと拭ってやった。
優しい子たち……。
ここまで想われているなんて、少し羨ましくも感じる。
彼女のすべてを受け継いだ以上、中途半端な生き方はもう許されない。私の中で、『覚悟』という名の楔が深く打ち込まれる音がした。
そう思った時、私の中で何かが―――、これまでの私には無かった本気で前に進もうとする推進力が、大きく変わった気がする。
「ナタリー、アイラ。この先に何があるかは、わからないけど、私が、シャロンであり続けるなら、それを目印に転生した彼女が、私達に会いに来ることを私も信じるわ。そして、いつの日か彼女が帰って来たら、三人で『おかえり』を言ってあげましょう」
「「はい」」
ふたりは、私の顔をしっかり見て信頼に足る笑顔をくれた。
それは、きっと、どんな契約書や加護よりも、私の心を強く支えてくれる。
私は、それが何より嬉しかった。
いつか、見知らぬ誰かとして現れるであろう彼女を見つけ出す。
それが、この体と人生を譲り受けた私にできる、唯一の恩返しだと――今、深く心に刻んだ。




