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第34話   秘められた印(かたち)




「ん〜!ん〜んっ!!」

「シャロン、何をやってる?」


私が首を捻って背中を必死に見ようとしている姿を、セグナは、あきれた顔で尋ねてきた。


「だって、自分でも見たいんだもの!」

「無理だろ。今度ゆっくり合わせ鏡でもするんだな。……しかし、思っていたより大きいな」

「ああ。私も第一印象はそう思った」


二人が私の背後で顔を突き合わせ、新しく刻まれた印を熱心に観察している。


「えっ、そうなの?それで何かわかるの?」

「いや、さっぱり!」


「えっ?何だ〜、もう、変なのかと思った!」

「大丈夫!術は間違いなく成功している。けれど、なにぶん私やノエルでは知識が乏しい。だからシャロンにできた印を、この国で最も魔法に精通したお方に見てもらって、話を聞いてみる」

「そうだなセグナの言う通り、あのババァなら何かわかるかもしれない」


真剣な顔で話しながらもノエルはどうやら、私にできた印を触りたくて、うずうずしているみたい。


「ババァ?あぁ!さっきセグナが言ってたババ様のこと?」

「そう、シャロンを直接連れて行けばいいんだが、ババ様は少し遠くの魔獣が多く生息している所だからな。そこでだ!ノエル、厚めの『なめし革』は持ってきてくれたか?」


「あぁ、これでよかったか?」

ノエルは腰に付けてた鞄からなめされただけの革をセグナに渡した。


「おっ、丁度いいじゃない!じゃ、これを使って、―――。トレース、―――。転写!」

セグナが持っていた革に、私にできた印が浮かび上がってきた。


(うわ〜、便利〜やっぱ魔法って凄い!)


「よし、上出来!ほら、シャロン。これがお前にできた印を模写したやつだ。縮小してあるから実際はもっと大きいがな」


そう言ってセグナは私に渡して見せてくれた。


「そう、こっちが上で首の方な、この形、何に見える?」


私は、渡された革を横にしたり逆さまに見ながら少し考えた。


「う~ん?何だろう?……植物……ううん、羽……というか、翼かな?殿下はどう見ます?」


「そうだな、私も同じだな。シャロン、今から試しに少し強めの魔力を印に送ってみても良いか?」

「あっ、はい!」


ノエルは両手を私の背中にかざし、どうやら魔力を送っているようだった。


けれど―――。


「どうだ?」

「はい、何だか送り込まれている感じはしますが、今は、背中を通った瞬間消えていくように感じます」


「消えるように感じる……か、もう少し上げてみるか、どうだ?セグナ」


セグナは少し下がって、額当てを少し上げ第三の目で私を見ている。


「ノエルからシャロンに流れた魔力が漏れていないから、確かに吸い取られているのだろうけど……。これじゃ、まるで(ざる)だな。シャロン、体に異常は無いか?」

「特には……」


「そうか……普通、魔力を持たない者にこれ程の魔力を一気に流し込まれると体が受けつけず『魔力酔い』を生じるのだが……どうやらこれに関してもババ様に報告しておいた方が良さそうだな」


セグナは、そう言いながら神妙な面持ちで額当てを戻した。


「シャロン、もう、着替えてもかまわんぞ。ともかく、刻印の儀は無事成功し、まずは課題のひとつがクリアできた」


ノエルは、くるりと背を向け話を続けた。


「後は君の侍女たちへの説明と陛下への謁見だな。ふたりへの説明はいつ?」

「今日の午後、この部屋に自分たちの分も含めて、お茶を人数分持ってくるようにと伝えています」


「陛下への謁見は、今のところは明日を予定している。条件は刻印を済ませた君と君を異世界人だと知る者全てが対象だ。シャロン、少し早いがふたりにはこの後話せるか?」

「はい、打ち明ける覚悟はもう出来ています」


「私とセグナは席を外そうか?」


少し疲れたのかノエルはソファに深く座り私に尋ねてきた。


「いえ、今後のこともありますから、ふたりとも居ていただいてかまいません。説明は私がします」


私も着替えを済ませ、ノエルの隣へと腰掛けた。


「わかった。では、セグナ、ふたりをここへ」


セグナは無言でうなづき、さっき別のメイドが持ってきた、テーブル脇に置いてあるティートローリーを押して部屋を出ていった。


セグナが出ていってしまったから、不意にノエルとふたりきり。


まだ彼とのふたりきりは緊張してしまい、互いに沈黙が続いた。


何となく視線を感じたので横目で見るとノエルはソファーの肘掛けに体を預け、頬をつきながら明らかに浮かない顔でこちらを見ている。

 

その視線に耐えられず私は、

「え、え~と、殿下。お疲れではありませんか?」


―――と、まぁ、気の利いたセリフは出てこず、どうでもいい質問をしてしまった。


「そ、それだ!」


突然ノエルは体を起こした。


「?『えっ?何?どれ?』」

私は思わずキョロキョロと辺りを見渡した。


「その呼び方だ!」

「よ、呼び方?……ですか?」


言っていることがわからず、ポカーンとしていると続けざまに、

「さっきは『ノエル』と呼んだのにもう『殿下』になっている。せっかく刻印で繋がってもこれでは肝心の心の距離が縮まらない。そうは思わないか?」


「は、はぁ~」

と、私も気の無い返事をしたものだから。ノエルもちょっとむきになって、


「では、私も君と呼ぶのはもうやめて『シャロン』と呼ぶから、私のことも名前で呼んではくれないか?」

「そ、それは……」


そう言いかけたとたんに、明らか表情が暗くなったので仕方なく。


「……わかりました。善処します」

「おお、そうか!まぁ、できればセグナみたいにとは言わないが、もう少しフランクに話しても良いのだぞ」


そう言ったノエルの顔はご満悦の様子。


私もつい押しに負けてしまい「はい」といってしまった。


―――とは言え、相手は一国の王子。


そんな簡単な話ではないとも思ったが、まぁ、TPOをわきまえておけばいいかと、お決まりの楽観的考えで乗り切ることにした。


そんなノエルとのやりとりをしていたら、ナタリーとアイラを連れてセグナが戻ってきた。


ナタリーは手を前で組み、アイラはセグナが持っていったティートローリーを押しながら部屋に入ってきた。


ふたりともノエルがいるせいなのか少し緊張した面持ち。

(私だって緊張するのだから仕方ないよね)


そんな彼女達の表情を見てか、ノエルは笑顔でふたりに話しかけた。


「ナタリーにアイラだったな。呼びつけたのは叱りごとでは無いから安心しなさい。お茶を君達も含めて人数分用意して、ふたりとも席についてくれ」

「はい、(かしこ)まりました」


ナタリーが深くお辞儀をしてお茶の用意をはじめ、アイラも同様にお辞儀をしナタリーを手伝った。


セグナはノエルの横にあるひとり掛け用の椅子に座り、私達はふたりが用意を済ませ、座るのを待った。


シンと、静かなこの広い部屋に陶器のかち合う音だけが響き、緊張感とお茶の香りが広がってゆく。


私も緊張している。


ふたりに打ち明ける覚悟ができているものの、どう切り出そうか、そのことばかり考えていた。


ふたりが用意を済ませ、席についたのを見てノエルが話を始めた。


「ナタリー、アイラ。ふたりともよく聞いて欲しい。これから話すことはシャロンのことについてだ」


ふたりは黙って頷いた。


「ただ、このことはごく限られた者しか知らないことで、その重要性は国家機密に相当する。内外部問わず、情報を漏らすようなことがあれば、相応の罰を受けてもらうことになる。もし、ことの重大さに耐えられそうになければ今、この場から立ち去ることを許すがどうだ?」


ノエルの問いにふたりは顔を見合わせうなづき合い、ナタリーが「続けて下さい」と答えた。


「んっ、良いのだな。では、シャロン。話を……」


ノエルの呼びかけに私は目配せで答えた。


「何から話そうかな……」


そう口にしながらも、私はまだ最適解を探していた。


嘘のつけない加護を持つ私が、最も信頼する二人に贈るべき、心の声を……。



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