第33話 刻印の儀
五度目の挑戦が始まった―――。
セグナの描いた魔法陣にノエルが魔力を込め術が発動している。
また失敗した時と同じ感じ。何も変わりはない。
(来た!あの鋭い感覚だ!!)
けれど―――、違う!
今までとは比べ物にならないくらい、今度はゾクッとする恐怖を感じる。
それに更なる鋭さをも感じ、しかも今度はそれを打ち付けられるような感覚にも襲われる。
―――こ、これは、凄く……怖い。
怖い……。怖い!!
目を閉じていた私は、恐怖心から目を開いた。
その目線の先には、術を発動させ続けるノエルの姿が、真剣な面持ちで術の維持に集中している姿だった。
私は、少しづつ迫ってくる、あの感覚に気持ちを取られそうになった。
けれど、集中しているノエルのその姿を見た私は、どういう訳か安心できた。
そうよ、ここで私にできることは、何ひとつない。
ただ、彼を信じて祈るだけ。
『私達の刻印の儀を成功させて下さいと』
けれど、実態の無い神様に祈るより、私は、目の前にいるノエルに、この私の願いを託したいと思った。
(あれ?何だろう?この胸の高鳴りは!?)
生まれてこの方、感じたことの無い感情だった!
その事に気付くことなく、なぜだか私は、彼の側に行きたくなった。
私は、胸の前で組んでいた祈りの姿勢を崩し、衝動的にノエルに向かって手を広げていた。
「『ノエル、お願い!!』」
こんな時に加護『真心』が発動した。
その言葉が聞こえたのか、ノエルは少し反応したが、冷静に術の発動を維持している。
もしかしたら、よく聞こえなかったのかもしれない。
私が、彼の名前を呼び捨てにしてしまったから、もし聞かれていたら、なんだか胸の奥底を覗かれたみたいで、ちょっと恥ずかしい。
そう思っていたから、多分、顔は酷く赤くなっていたかもしれない。
いつも私の邪魔ばかりする加護だけど、これは、『知られたくない私の本心』じゃないから―――、
許す!
あれ?そういえば、ノエルのこと考えていた間に、あの恐怖する感覚はもうない。
(いつの間にか完全に消えてる?それに、何だか背中に妙な温かさを感じるんだけど。これは、いったい?……)
「よし、コンプリート(成功)!」
拳を握り、少し疲れた様子に安堵の表情を浮かべたノエルは静かにそう言った。
「やったな、ふたりとも、おめでとう!刻印の儀、‥‥成功だ!!」
セグナが、私の所へ駆け寄ってきた。
「―――?成功した……の?」
振り向き私が、セグナに問いかけた時だった。
「きゃ?!!」
私は、正面から前触れもなく、ノエルに強く抱きしめられた。
「あぁ、成功した!!ありがとう!シャロン、君のおかげだ!」
「で、殿下?!」
私は、突然のことに驚いたのと、恥ずかしいのと、嬉しいのと、ホッとしたのと―――、
感情が色々と渋滞してしまいノエルに気の利いた言葉一つかけられなかった。
けれど、抱きしめられた恥ずかしさよりも、強く抱きしめられると、こんなにも安心感がこみ上げて、気持ちが温かくなるんだと心の大渋滞の中でも、それだけはわかった。
今まで誰かに、こんなにも強く抱きしめられた経験がなかったから比較はできないけど、素直に嬉しい。
恥ずかしさで、さすがに顔は上げられなかったけど、私もノエルの背中に手をまわした。
「ありがとうございます。殿下!それと、おめでとうございます!」
「あぁ。だがもう、名前では呼んでくれないのか?」
ノエルは、そういたずらっぽい笑顔で私に聞いてきた。
(やっぱり、ちゃんと聞こえていたじゃない!)
「えっ?!と、そ、それは、その……『意地悪』!!」
加護のせいで可愛げのない、照れ隠しの反論が飛び出した。
「ん、んんっ!!」
セグナの咳払いに、私とノエルは慌てて離れた。
「ふたりの世界でお楽しみのところ悪いが、私がいること忘れてないか?そろそろ、その喜びに私も混ぜて欲しいのだが」
セグナは、腕を組みジト目で訴えかけた。
「あはは~、ごめん!」
真っ赤になった私を、セグナはニヤリと笑い抱きしめた。
「おめでとう!よくやった!!」
「うん、ありがとう」
「ノエルもおめでとう!」
セグナは私を抱きしめたまま、突き出した拳にノエルも晴れやかな顔で拳を合わせた。
「あぁ、ありがとう。セグナがいてくれたから何とかなった。本当にありがとう!」
ノエルの言葉に、セグナは、首を横に振り優しく笑った。
二人の騎士が交わす、信頼の笑顔を私は微笑ましく感じた。
「ところで、シャロン!」
「何?セグナ」
「刻印はどこに?」
私は、背中から今まで感じなかったものを感じる。
背中を通して何か流れてくるようなこの感じ?
「えっ?あぁ、わかんない。けど、背中かも?」
「背中か、どれ―――。う~ん、よく見えないな」
セグナは、首元の服の間から覗いたが、どうやらしっかり見えなかったみたい。
「じゃぁ~脱ごっか」
「脱ぐ?ここで?!」
「ん?あぁ、そっか」
セグナは、手をポンと叩いた。
「そこはポンじゃない!もっと気にして!!」
「ごめん、ごめん!ノエル。悪いが一度、部屋から出るか、しばらく向こうを向いていてくれないか?」
「いや、できれば、私も見ておきたいのだが、―――」
「えっ?!」
「はぁ?!」
私もセグナもジト目でノエルを射抜いた。
「おい、お前たち、ふたりして軽蔑の眼差しはやめてくれ!私もシャロンにできた印を一度、目にしておきたかっただけだから」
私とセグナは、手をポンと叩いた。
「そこはポンじゃない!まったく、会話の流れでわかるだろう?!」
ノエルは、やれやれといった表情で私たちに背を向け、セグナは大きめの布を探してくると言って寝室からシーツを引っ張り出してきた。
「シャロン、丁度いいのは無かったから、これで代用しよう。準備して」
「うん」
「確か、ここをこうして、胸の前でねじってから交差して、ここを結ぶと―――、ほい、完成!」
「うわっ、凄いセグナ!何だか純白のウエディングドレスみたいじゃない?」
「へへへっ、凄いだろう?!昔、南国の姫君に民族衣装を着せてもらったことがあったんだが、それが布一枚でやっていたのを思い出してな。本当はもっと小さくて薄いやつなんだが、今は、これで十分だろ?」
「うん!全然イケてる!!殿下、もうこっちを見てもらっても大丈夫ですよ!」
私達に背を向けたままのノエルに、私は、声をかけた。
「ねぇ、殿下。布一枚なのに素敵ですよね?ほら!まるで、ウエディングドレスみたい!」
そう言って、ちょっと長くなった裾をひらりと翻し、ノエルに背中を向けた。
振り向いて、私を見たノエルは、
「あぁ、とても……」
と言って、一瞬、呆気に取られた顔をしたが、そう一言だけを口にした。




