第32話 失敗(フェイル)と指切り(プロミス)
「クソッ!!」
いつも冷静なノエルが床に手をつき、荒々しい声を上げた。
その様子を冷ややかに見つめていたセグナが、重い溜息と共に立ち上がった。
そして、ノエルの元へ向かい、彼の胸ぐらを力任せに掴み上げた。
「お前!どういうつもりだ?!さっきからシャロンの顔が歪んだ時、途中で魔力を抑えているだろ?」
「!!……」
ノエルは、黙ったままセグナの問いに答えなかった。
すると、セグナは額当てを突然外し、剣を素早く引き抜くと、ノエルの首元を狙って振り上げた。
「セ、セグナ!!」
その光景を見ていた私は驚いて、悲鳴に近い私の声を、セグナは掌一つで制した。
「静観していろ」という無言の圧。
セグナの剣はピタリと首元で止まったが、剣と肌が触れたせいでノエルの首に一筋の血が流れた。
「私は、お前を絶対に切らない!さっき私が、剣を抜いた時、お前はそう思っていたはず。だが、どうだ?」
「どう、……とは?」
「攻撃的な私の態度に、今、思わず後ろに下がっただろう?」
セグナはノエルが半身、後ろにのけぞったことを指摘していた。
「……」
ノエルは、黙ったままだった。
「こういう事なんだよ」
「はっ?何の話をしている?」
的を射ない、セグナの言葉に困惑するノエル。
「術が発動してしばらく経つと、シャロンはあることを感じる。それは、肌に直接ナイフのような鋭い歯を当てられ、それが肌を滑るような感覚だ。私も経験したからわかる」
セグナは額の刻印を指さし、話を続ける。
「そんな中でもお前を信じて、えもいわれぬ恐怖に耐えているんだよ。 シャロンの顔が歪むのは反射的だ!さっきのお前のようになっ」
ノエルは、何も言えずにいた。
「―――、なのに、お前がそれを見て術に込める魔力量を加減させるから不安定になって失敗するんだ!中途半端なことしやがって!!」
ノエルは、セグナから目線をそらし、唇を内に噛んだ。
セグナは、剣を鞘に納め、座り込んだままの私の元へきた。
「セグナ……」
表情を曇らせた私にセグナは、優しい顔つきで手を差し出した。
「フッ、シャロン、立てるなっ!?」
「うん」
「ノエル!シャロンのことをちゃんと見ろ!!知らない世界に飛ばされ、どうしていいかわからない中、勇気を出して、お前を信じ頼ってきたんだろ?!」
黙ったままのノエルはこっちを見たが、また視線をそらした。
「一度、刻まれたら二度と消せない印を、この先、一生背負うと覚悟を決めたからこそ、シャロンは今、ここに立っているんじゃないのか?!刻む覚悟ができてないのはお前の方だ!ノエル!!」
ノエルはうつむいたまま、まだ、その場で立ち尽くしている。
セグナは、顔を寄せ私に耳打ちしてきた。
「安心しな。さっきアイツに言ったのは、『ババ様』からの受け売りだ。心配無い」
「ババ様?」
コクリとうなづくセグナ。
「これは、私なりのアイツに対する叱咤だ。さぁ、ここからは、お前の出番だ!」
「えっ、出番?何の?」
「あぁ、あそこで落ち込んだ王子様をお前が奮い立たせてこい!」
「どう言うこと?私、何をすればいいのよ?」
セグナの言っていることが、さっぱりわからない!
「お前たちふたりが、良好な関係を築きつつあるのは見ていてわかる。が、まだお互い固まりきれてない。今、シャロンが思っていること―――、そうだな、『好き』や『愛してる』の言葉でもいい、色仕掛けでもいい、まぁ、ともかくあいつの気を引いてこい」
「えっ?!えええ~っ!!気を引くだなんて、私……。『そ、それは、無理かも~、』なんて言えばいいのよ?」
言っている意図がわからないうえに、セグナの求めている『特殊なスキル』を私は、残念ながら持ち合わせていない!!
「何でもいい!」
「何でもって……。『え~っ?!ど、どうしよう』」
困った!そんな簡単に異性の気が引けるような言葉をいとも容易く生み出せるのなら、恥ずかしながら、この歳まで彼氏ゼロではなかったと思うんだけど―――。
仕方なく、私はノエルの側へと近づく間に、気の利いたセリフを考えていた。
けれど何にも浮かばない!
浮かぶ、わけがない!!
どうしていいか分からない私は、ノエルに背を向け、セグナに『無理!!』と、首を何回も横に振ってみせる。
けれど、セグナは拳を握って、『頑張れ!!』のポーズを繰り返すばかり。
(あぁ〜ど、ど、ど、ど、どうしよう?!!!ダメだ、完全にテンパった!!)
「あ、あの~、殿下―――、『もう、なんて言えばいいのよ!!』」
ああ、今の自分のキョドった顔が目に浮かぶ。
「あぁ~殿下!!私は、今、不安で動けない『ふりをしているだけですが』このままだと、立ち止まってしまいそう『でもないかな?』……。こんな弱い私の手を、どうか引いてくれませんか?」
そう言って、顔を真っ赤にして差し出してきた私の手を見たノエルは、呆気に取られたのか?まるで時が止まったかのように微動だにしなかった。
「……」
あれ?そういえば、さっきの私の言葉、なんか変だったような……。
!!!
「『しまった!忘れていた!!アレの存在を!!』あ゛〜〜〜っ!!!!何よ?!このセリフ!!我ながら有り得ないんだけど!しかも、棒読み?!」
そうだった『真心』のせいで私、嘘がつけないから、あんな変な言葉になるんだ。
「はぁ~、ヘボ役者だったか……」
と、セグナの落胆の声にムッとした私は、ツカツカとセグナの所へと戻り、
「セ、セグナが何でもいいからって言うからじゃない!」
と、恥ずかしさのあまり、今度は耳まで赤くなった顔で、セグナも加担していることを、今更ながらノエルにアピールした。
「いや、ここまで酷いとは、……」
セグナは、手を顔に乗せ天を仰ぎながらボソリと呟いた。
「……。はい、おっしゃる通りです」
私は、シュンとなり、素直に自分の駄目っぷりを認めた。
「プッ、ふ、ははははははははっ!」
突然、お腹を抱え大笑いするノエルに、私もセグナも顔を見合わせ目を丸くした。
「あぁ、そうだ!そうだったな」
なかなか笑いが止まらないノエルは肩を震わせつつ、私たちの方へと歩いてきた。
「悪かった。別に君のことを笑ったわけではないから」
(絶対に嘘だね!!)
「シャロン、今、不安はないか?」
私の所まで来たノエルはいつもの優しい目をして、そう問いかけた。
「はい。まぁ、全てにおいて、全くないわけではありませんが、少なくとも今は―――。殿下が私の側にいてくれているから不安はありません」
私は、正直にそう言った。
「そうか、では」
ノエルは、私に大きく手を差し出した。
「―――、オレを信じろ!手を引いてやるから付いて来い!何があってもオレが必ず守ってやる!!」
(あれ?さっき、ヘボ加護のせいで台無しになったセリフが伝わってたの?うふっ。でも、昨日の夜の話を、ノエルはちゃんと憶えていてくれたんだ)
「『ちょっと、嬉しいかも……!』」
私の心は、そう言っていた。
私の目に映る彼の姿に、もう迷いは感じられなかった。
私は「はい」と一言告げ、ノエルの手を取った。
それから空いた方の手の小指を立てて唇に当て、「約束ですよ」と付け加えた。
ハッと、するノエルの表情に、彼の中で何かが吹っ切れたのか、確かなことはわからないけれど、明らかに今のノエルは自信に満ちた顔つきをしている。
(セグナの思惑通り?だったのかな?)
まぁ、私が彼を奮い立たせたのだ!!……経緯はどうであれ。
……そういうことにしておこう!!




