第31話 足りないもの
フェイル……ってことは失敗?!術は、途中で止まったんだ。
「くそっ!」
ノエルは、その場で膝をついた。
珍しく感情を露にして悔しげに床を拳で叩く彼の姿に、胸が締め付けられる。
セグナが私の所へ歩み寄り、手を差し出した。
「シャロン、立てるか?」
「えぇ」
彼女の手を借りて立ち上がった私を、セグナの鋭い叱咤が追い越していった。
「おい、ノエル!!いつまでそうしている?!もう、終いか?」
セグナの呼びかけに、ノエルが弾かれたように顔を上げた。
「いや、続ける……」
「なら、さっさと始めろ!!陛下との約束は今日中だ。できなければ他の方法を探さなくてはならんぞ」
「わかっている!!シャロン、すまないがもう一度頼む」
「はい、殿下!」
私は、言われるがまま魔法陣の中央で膝まづきノエルの合図を待った。
「始めるよ」
私は、無言で頷いた。
ノエルが魔力を込め、また、先ほどと同じように陣が脈動し、幾何学的な術式文様が回転を始める。
けれど―――、
一回目と同じ、あの鋭い感覚が突然スッと消えた瞬間だった。
「キャッ!」
まただ!動いていないはずの床が傾き、私は耐えられず、手を床についてしまった。
失敗。
三度目、
失敗!
四度目、
失敗!!
何度繰り返しても同じところで、術が止まってしまう。
だが、『出来るはずだ』と、空回るノエルの気持ちに苛立ちが見え隠れする。
再三の失敗に焦りの表情を浮かべているノエル。
しかし、彼の表情は次第に失意へと変わっていった。
ノエルは成功すると思っていた。
けれど、いつものように自信に満ちた彼の顔は、そこに無く、自分の前髪をクシャリと潰し、虚ろな目でノエルは、ボソリともらした。
「わからない」……と。
ノエルは、昨日の夜、父、オリオンとの話を思い出していた―――。
◇
昨晩―――。
【魔王宮殿、謁見の間】
「何?!異世界人だと?!!」
「はっ。嘘が付けない加護を持っているので、間違いございません」
玉座に座るオリオンは、ノエルの言葉に耳を疑った。
そして、力なくのその身を背もたれへと沈めた。
「セグナよ、お前から見てその者は、どうであった?本当に異世界人のような感じがしたのか?!」
「はっ。名門の令嬢と聞いておりましたが、礼儀作法、言動、所作に関しては疑問を感じました。ですが、それ以外には、特に思い当たる節はございません。ましてや異世界人であったとは、わたくしも驚いております」
伏せた姿勢を崩さず、セグナはそうこたえた。
「そうか・・、ヒースお前はどうか?」
「はっ・・。あいつに・・嘘・・感じない・・魔力を持たない・・人族で・・ハモらなっかたのは・・あいつが初めて・・不思議なやつ・・でも、・・信用できます・・」
「なるほど、お前の『読心』で裏表無し、という訳か、―――」
ヒースは、短く「はい・・」と、こたえた。
オリオンは、肘掛けに置いていた手に顎をのせ、沈黙の淵で思考を巡らせていた。
オリオンとノエルの間で交わされていた約束―――、
それは、反旗を翻すことがないように、『首輪』をつけろとオリオンに言われたことだった。
だが、ノエルはそれを拒否。
ならば、「刻印の儀の成功」が絶対の条件だった。
「例え、刻印の儀が成功しなかったにせよ、何も従属魔法を使わなくても私が、必ず従わせてみせます」
「それは、ならん!人族でアルテナの使徒であればまだしも、得体の知れない異世界人ということであるなら、話は別だ」
「陛下!」
「ならぬ!!刻印ができなければ、他の方法でもよいが心変わりせぬようお前が、どうにかせよ!それが、条件だ!!」
ノエルは拳を固く握り、猛る言葉を飲み込んだ。
「……はっ。かしこまりました」
父、オリオンの言葉に反論したかった。
しかし魔王の言葉は絶対だ。
他の方法、それは、『従属魔法』のこと指す。
別名、―――『奴隷化魔法』。
それは、対象者を逆らえないようにする契約魔法だ。
ノエルは、体を起こしオリオンに訴えかけようとした。
しかし、オリオンは、首を横に振った。
「なぁ、ノエルよ。物事を考えることのできる者は、皆、どんな些細なことであっても、それらを取捨選択をし、優先順位を付けている。それは分かるな?我は今、お前の妃になる者が、異世界人と聞き、『利益』と『不利益』それと『親』と『王』を天秤に掛けたのだ。酷だが、お前ならそれらが、どちらに傾いておるのかは言うまでもなかろう?」
「……」
ノエルは、黙ったまま、答えることができなかった。
重苦しい静寂を破ったのは、傍らに控えていたセグナだった。
「陛下。発言をお許し下さい」
「うむ、許そう」
伏したままセグナは、ノエルに向けて気迫に満ちた声を放った。
「ノエル殿下!スラム出身のわたくしが、周りから白い目で見られずに近衛師団のお役目を頂けたのは、ホーク殿下が、わたくしに『刻印』をくださったからです。また、森で拾ったヒースが、この場にいるのは、殿下が『従属魔法』をこの者に与えたからです。陛下は、言葉ではなく行動を持って証明せよ。と、そう、仰せなのです。ならば時間は限られておりますが、まだ猶予がございます」
「それは、わかっている!」
「では、できなかった時の事を考えるのではなく、今できる最善を考えましょう。許可を頂けるのなら、わたくしは、これより直ちにブルング宮殿に向かい『刻印の儀』の準備をしておきます」
「セグナよ!我が、この場を辞すことを許す。行け!」
「御意!」
ふたりの会話を聞いていたオリオンは、話に割って入り、そう言った。
「ノエルにはまだ、そのシャロンに関することで話せねばならぬ事が、もう一つある。今暫くこの場にとどまれ。ヒースは、離宮へ向かうノエルの護衛とその準備を」
「御意・・」
ヒースは、オリオンの言葉に従い部屋を後にした。
「ノエルよ、不服か?」
「いえ、仰せのままに……」
平伏した姿勢のまま、ノエルは力なく答えた。
「わかっておると思うが、全ては、民の為。一時の感情に囚われず、王族として、王子としての責務をけっして忘れるでないぞ!」
「はっ!」
◇
『何故だ?!何が間違っている?条件も整っている。手順もあっているのに、どうして失敗する?……。ダメだ、わからない!』
立ち尽くす彼を見ていた私と目が合ったが、―――ノエルは、唇を噛み目を逸らしたのだった。




