第30話 空回り
ホークの話をした時のセグナの反応、彼を語る時のその表情。
ふたりのことで、聞きたいことは沢山あったけど、一つだけ喉の奥に引っかかって、どうしても聞けずにいたことがある。
それは、特別な魔法で成功数も少ない刻印を結んだ者同士なのに、どうして一緒にいないのか?
当然、一緒に行動する方が自然といえるのに―――。
なぜ、彼女はホークではなくノエルと共に行動していて、私の対外時の護衛に選ばれたのか?
セグナがこの話をしたくないこと、言いたくないことは、雰囲気で何となくわかった。
本人が話したがらないことを無理に聞き出すほど、私は野暮じゃない!
知りたいという気持ちには駆られたけど、今は焦らずでいいかな。
第一王子であり、ノエルの兄であり、セグナの想い人―――、で、あるならいずれ会う機会もあるだろうし。
そんなことを考えながらセグナの指示で言われるがまま、ふたりで黙々と作業を進めたもんだから、あっという間に刻印の儀の魔法陣が完成していた。
「ふぅ~、こんなもんかな、久しぶりに描いたからな、ちゃんとあっているかな?」
セグナは袖で汗をぬぐいつつ、完成した魔法陣のチェックをしていた。
「ふ~ん、魔法陣なんて初めて見たけど、こんな複雑なもの、あっという間に描いちゃうなんてセグナは凄いね」
「そうか?まぁ、コツというか慣れは必要だが、そこまで難しくはない。それに複雑に見えるけど、それぞれにちゃんと意味があるから理解しているなら、何の魔法陣なのかはすぐにわかる」
「へ~ぇ、そうなんだ。私には何が何だか……。さっぱりだわ」
私にとっては珍しくても、魔法が存在するこの世界では、ごく当たり前のことなんだ。
「それに、この魔法陣を描くのも8回目だし、この魔法陣自体は、さほど複雑じゃない。何せ原初の魔法のひとつだからな。むしろ構造自体はシンプルなんだ」
「原初?」
そう言いながらセグナは、細かな部分までしっかり見ていた。
「あぁ。ん?なんだ興味があるのか?」
「ううん、そういう訳じゃないけど」
「なんなら、私がシャロン専属の魔法陣の先生を務めようか?」
「いや、書き方がわかったって、魔力が無い私が書いても、それって地面に描かれた、ただの落書きじゃない?」
「ぷっ、あはははっ、違いない!」
「もう、今、わざと言ったでしょう?!」
「うん?へへ。シャロンはイジリ甲斐があるからな。ふふふ」
私は、頬を膨らませ、怒りをアピールしてみたら、食いしん坊のリスのようで可愛いと、さらにイジられた。
「これでよし!!完成だ!」
セグナは手にしていた、床に模様を描くチョークのようなものを道具箱に戻し、粉を払いながら椅子に座った。
「ご苦労様。よかったらお茶を淹れるけど、セグナもどう?」
「ありがとう、頂こう。シャロンが手伝ってくれたから、かなり早くできたな。では、ゆっくりさせてもらうとするよ」
「うん。じゃ、すぐに用意させるね」
私達は、お茶の到着を待たずに雑談をもう始めていた。
他愛のない会話をしていたら、いつの間にかお茶も届いていて、セグナとのおしゃべりは、いつもこんな感じで時間を忘れてしまう。
カーン、カーン、カーン。
ノエル到着の鐘が鳴った。
「やっと来たか!あっ、そうだ、シャロン!」
「何?」
「そう言えばお前、異世界人だったんだな?!」
「!!、か、軽いわね。そうよ。今さらだけど、もう、ヒースも知っているのよね?」
私は、セグナの唐突な質問に、飲みかけのお茶を吹き出しそうになった。
「あぁ、昨日、陛下の前でノエルが話してくれたのを、今、思い出した」
私が、異世界人だということを気にする様子もなく、彼女の態度は昨日までと微塵も変わらない。
「そっか、……で?どう、なの?」
私が、そう聞き返すと、
「ん?どう、とは?」
「その……私が、異世界人だということよ」
「あぁ、まぁ驚きはしたけど―――、それだけかな?異世界人がどうで、過去のシャロンが今のお前じゃないことに、私が何か左右されることは、ないかな」
「そ、そうなんだ。ある意味受け入れられている感じはするけど、それって『興味無し』!!みたいな感じもするんだけど」
口を尖らせて抗議すると、セグナは意外なほど真面目な顔で言葉を返してきた。
「いや、それは違うぞ!今のお前は私が初めて会った時のまま、何ら変わりない。そうだな、言うなれば『私、人族のふりをしてましたが、本当は魔族でした!』程度の驚きかな。まぁ、ノエルや陛下の捉え方はそうではなかったが、それは、私との立場や見ているところの違いだから、私にはわからん。ヒースも多分、私と一緒だと思うぞ。過去のシャロンがどうであれ、今、私が知っているシャロンは、お前なのだから」
「そっか。―――、人によって捉え方は変わる。……か」
(事実自体は変わらなくても人によって捉え方が変わるのは、ごく自然で当たり前なんだ。確かにその通りだよね)
セグナのおかげで、私が異世界人という事実との付き合い方が何となくわかった気がした。
コン、コン、コン。
「失礼いたします。ノエル殿下、お着きです」
メイドの一人が、ノエルの到着を告げノエルが部屋に入って来た。
「思ったより早く着いたがセグナ、何か手伝おうか?……っと、その様子だと、もう準備ができ、私を待っていたということかな?」
ノエルは、私とセグナがお茶を飲みながら、くつろいでいる姿でどうやら察しがついたみたい。
「お帰りなさいませ」
私は、そう言って一礼をし、セグナは無言で頷いていた。
「準備ができているのなら、早速始めようか」
ノエルは、休むことも無く外套を脱ぎ、魔法陣へと歩み寄った。
そして、銀のナイフを使って自分の指先から血を一滴、落とす。
すると滴り落ちた一滴の鮮血が陣に触れた瞬間、床の模様がぼんやりとした白光を放ち始めた。
「準備は整った。シャロン、魔法陣の中央へ……」
「はい」
私は、ノエルに言われるまま、魔法陣の中央へと行き、両ひざをついた。
「シャロン、目は開けても閉じてもいいし、声を出してもかまわないが、何があってもノエルのことを想い、最後まであいつを信じて」
セグナの言葉に、私は静かに、けれど固く頷いた。
「さぁ、始めよう!」
ノエルは、魔法陣へと徐々に魔力を込めてゆく。
魔法陣はゆっくりと回りだし、床から剝がれたと思ったら、形を変えながら黒い粒子となって私の背中へと集まってゆく。
永遠のようにも、一瞬のようにも感じられる奇妙な感覚。
けれど、この後だった―――、
なんだか背中全体にじりじりとした感じが伝わり、そして他に表現しようの無い感覚。
例えるなら鋭い何かを背中に突き立てられているような感じがした。
特にどこか痛いわけではないが、その鋭いものが背中から自分の中へと動く感じがする。
感覚的な感じだから上手く言葉で表現できないが、『恐怖』と言えば、しっくりくるかもしれない。
術は、まだ続いていた。
術が上手くいっていたのかどうかすら、私にはわからなかったが、術はまだ終わっていない。
背中全体のじりじりとした感じはまだ続いている。
鋭い感覚が突然スッと消えた。
そう思った瞬間だった―――。
「キャッ!」
突然、平衡感覚が狂って床が傾いたように感じ、私は思わず床に手をついた。
気が付けば周りは静かになっていて、床は元に戻り、魔法陣が床に描かれた状態で再び、ぼんやりと鈍い光を帯びていた。
「?……終わったの?」
体には何の変化も感じない。
私が、崩れた体を起こしながら辺りを見渡したら、ノエルは茫然とこちらを見ていて、セグナは目を伏せたまま小さなため息をついた。
「……失敗、だと……!?」
絞り出すようなノエルの声、その一言が、静まり返った部屋に重く、冷たく響いた。
それ以上の言葉は、誰の口からも出てこなかった―――。




