第29話 ふたりを繋ぐもの
昨日の夜ノエルは、長い私との話の後に休むこと無く急いで王宮へと向かい、今朝には再びこちらに戻ることになっている。
昨日言ってた『刻印の儀』とナタリー、アイラに、本当の私を知ってもらう為に。
今、私は部屋でひとりノエルの到着を待っていた。
「ん~、ちょっと退屈かも。こんな時スマホあったらな~」
完全に暇を持て余していた。
そんな時ふと、昨日ノエルが言っていた、刻印の話を思い出した。
◇
「ノエル殿下、先ほどおっしゃった、刻印とは何でしょうか?」
「ん?そうだな……どう説明しよう?」
困った様子のノエル。
「……ん?」
「いや、実は私も刻印魔法は使ったことがないから、想像や比喩的な表現になってしまう。だから上手く説明できないかもしれないが感覚的にとらえて欲しい」
「わ、わかりました」
(とにかく話は聞こう)
ノエルは少し考えた後に話し始めた。
「刻印の儀と言うのは、魔法陣を使った儀式魔法のことで、対象者を魔法陣に置いて、魔法を発動させ永続的に効果を発揮させる魔法のことなんだ。そして、刻印とは儀式を交わした者同士の契りを意味する。術者が相手に印を施し互いを結ぶ。刻印は精神的な契りの一種だから、互いの信頼関係で成立するものらしい。もちろんどちらかが拒絶すれば術は失敗するし、術が成功すれば互いの魔力回路が繋がり、両者で魔力が行き来するようになる。だが、この術の成功例はけっして多くなく、重い制約も多いのは事実なんだ」
「制約……ですか?」
ノエルは小さくうなづき、話を続けた。
「そうだ。例えば、一度結ばれた印はどちらかが命尽きるその時まで、決して切れることはないし、切ることができない。また刻印を受けた者、授けた者は他者から再び受けたり授けたりは出来ない。そして、体の一部分に黒い模様が浮かび上がり、これはけっして消えない。と、まぁ、まだまだ色々とあるが、おおよそ理解できただろうか?」
「はい。なんとなくは理解できました。『この場合、私が受ける側で体のどこかに黒い模様が浮かび出るってことね』……あっ」
前触れもない加護の襲来に、赤くなったであろう私の顔を見たノエルは、真剣な表情から、ふっと笑みを浮かべた顔に変わり、語り進めた。
「元は、魔法を使えない者や開花できていない者に施し、使えるようにしたのが始まりらしいが、実は目的がよくわかっていない術なんだ。とても古くからある『原初の魔法』に分類される。にもかかわらず成功例も少なく、未だ謎の部分も多い」
「そうなんですね」
(古くからあるのなら、術の分析が進んでいてもおかしくないのに、データの蓄積を拒むような、何か特別な理由があるのかな?)―――、と私は少し疑問に思った。
「細かいことはまだあるが、重要なことは今、述べたとおりだ。つまり、術が成功すれば私と君はただの婚約者という関係ではなくなる」
ノエルの真剣な眼差しを受け、私は言葉なく頷いた。
「この先、たとえ君がどれほど私を嫌おうと、たとえ君に他に好きな人ができようと刻印は決して消すことができない痣となって君を悩ますことになる。だから安易に考えず、真剣に考えて欲しい」
「は、はい……」
なるほど、それが『刻印』って言われる意味なんだ。
「私と君とで交わした婚約は無かったことに出来るが、刻印は無かったことには出来ない。一時の便宜上や建前のように軽く考えず、決して消えない足枷にもなり得ることをわかっていてもらいたい」
そう、言ったノエルに、黙ったまま聞いているつもりだったが、感情が高まり私の口から、例の『アレ』が出てしまった。
「『もう!!さっきから黙って聞いていたら、私の心配ばっかり……』」
私は、軽く口に手をやり目を泳がせたが、思わず出た全力の本音は、しっかり聞かれてしまったようだ。
「!!」
強い口調の私の言葉にノエルは、虚を突かれた表情で固まっている。
「すみません!つい、本音が……」
恥ずかしくって苦笑いの私にノエルは無言で首を横に振った。
「ありがとうございます。殿下は私に後悔させない為にそう、おっしゃって頂いたのですよね?」
「あぁ、そうなった場合は、ベルンツで君が語った『理想の結婚』とは程遠いものとなってしまうからな。私は名前をかけた。君との約束を守りたいんだ」
「大丈夫です。今は、殿下を信じて付いて行きますから。でも、そうですね……もし、私が、不安で立ち止まってしまったなら……」
「立ち止まってしまったら?……」
ノエルはキョトンとなって聞き返してきた。
「うふっ、そこは男らしく、《オレを信じろ!手を引いてやるから付いて来い!!》ってくださってもいいのですよ?『ダメだ!想像したゾクゾクしちゃう』!!って、もうっ!言葉の最後くらい、しおらしくきめさせてよ!」
私が、ノエルにちょっと意地悪くもしくは小悪魔的に笑って見せるつもりが、……逆に笑われてしまった。
「フフッ、わかった。では、次に同じようなことがあれば、ぜひ、そう言わせてもらうよ」
彼は優しく口角を上げたが、揶揄することはなかった。
あぁ本当に、この人はセグナやバルカンさんが言ってたとおり、真っすぐで、真面目で、不器用なんだと、そう思った。
「私は殿下を信じると決めてます。だから、今の私に刻印が必要なら私はそれを信じてお受けいたします」
「そうか、わかった!ならこれ以上のくどい説明は不要だし、野暮だな。では明日、刻印の儀を執り行う」
「はい、殿下!仰せのままに……フッ」
どちらからともなく顔を見合わせ、私たちは小さく笑い合った。
「そうだ!シャロン。君はセグナの額を見たことがあるだろうか?」
「あっ!あります!!あの黒い模様ですよね?!」
「あぁ、それだ。あれが正に刻印の証でセグナは刻印の儀で第三の目が開眼したんだ」
「そうだったのですね。知らなかった」
「さっきも言ったが、刻印の儀が成功したら、受けた者はその黒い模様が体のどこかに浮かんでくる。ただ、模様も、大きさも、場所も、ひとつとして同じものはない。こればかりは予測がつかないから先に言っておく」
「承知いたしました。覚悟しておきます」
ノエルは無言で頷いた。
まだ、刻印は結ばれていないが、私とノエルの距離が少し近づいたように感じられた―――。
◇
部屋にひとりきりでノエルを待つ私は、誰もいないことをいいことに大きなあくびを繰り返していた。
コン、コン、コン。
暇を持て余し、退屈を貪っていた私の部屋にドアを叩く音が響いた。
「シャロン、居るか?入るぞ」
セグナだった。
「うん、大丈夫。どうぞ」
いくつかの道具が入った箱を抱えて、セグナが部屋に入ってきた。
「あれ?セグナひとり?」
「あぁ、この部屋で少し準備があって、私だけ先に来させてもらった」
「ふ~ん、そうなんだ。てっきり、みんな一緒に来ると思ってたから。何か手伝おうか?」
「そう、……だな。じゃ、手伝ってもらおうかな」
「うん!で、それで何の準備なの?」
「ん?君とノエルの刻印の儀だよ。よし、この辺でいいかな?」
箱から見たことの無い道具をいくつか取り出しながらセグナは、部屋の少し開けた場所を見渡していた。
「えっ!セグナも一緒にいてくれるの?」
「何だ?嫌なのか?!」
「ううん、全然!むしろ心強い!!」
セグナはフッと笑い、手際よく作業を進めていく。
「それ持ってて」
「あっ、これね。わかった!ねぇ、セグナ、ひとつ聞いていい?」
「ん?あぁ、何だ?」
「その刻印の事だけど、セグナに刻印を授けた人って誰なの?私、殿下に聞いてなくって、『もしかして想い人だったりして』」
セグナの作業する手が止まった。
「……それは、―――」
「……?」
少しおかしな様子のセグナに、会話も止まってしまった。
「??どうしたの?『え〜と、もしかして聞いちゃ、マズかったかな?』」
私の気まずい雰囲気を感じ、わずかに肩を震わせたセグナ。
深く息を吸ってから彼女は話し始めた。
「いや、大丈夫だ。私のこの刻印を授けてくれたのは、この国の第一王子のホーク殿下だ」
右手の人差し指で額当てをコツコツと叩き、さっきとは打って変わって胸を張り、自信と自慢が合わさった様な顔をしている。
「!!えっ?ということは、ノエル殿下のお兄さんなの?!」
「あぁ、そうだ。私が、この世界で一番、敬愛してやまないお方だ!」
その表情は、いつものような剣士の鋭さはなく、まるで少女のような柔らかさをしていた。
あぁ、なるほど、彼女の想い人は彼なのだと私はその時、直感した。
いよいよ始まる、私とノエルの儀式。
生涯消えない『絆』を、私は今、その重みを本当の意味で理解し始めていた。




