第27話 カップの中の私
話し始めてどのくらい経ったんだろう?
思いつくままに全てを話したから、上手く伝わったかは疑問。
一応、話に一区切りがつき喉の渇きを覚え、喉を潤そうとカップを手に取ったが、中身はすっかり冷めていた。
「私が殿下にお伝えすることは、これで以上でございます」
ノエルは約束通り、最後まで私の話を聞いてくれた。
「異世界……から?……別の世界の人だったとは……」
かすれた声で呟いた後、ノエルはしばらくの間、言葉を失ったまま私を見つめていた。
当然だろう。
婚約者が、『得体の知れない異世界人』で人族。
おまけに女神の加護を受けた者だとはいえ、それは優れた能力ではなく、『ヘボ加護』だって知ったんだ。
ショックだろうし、どうしていいかわからないよね。
「申し訳ございません。もっと、早く打ち明けるべきでした」
次に彼の口から出てくる言葉が、なんとなく予測できたから、私は謝罪した。
ノエルは、考えを巡らせていたけど、私の言葉にハッとなり、
「いや、それは問題ない。いいや、無いわけでもないか……。すまない、少し混乱している。それより、君は……その、大丈夫なのか?見知る者などいない、知らない世界へ来て。なんと言うか、さぞ、心細かっただろう?」
そう言って、心配そうに私を見ている。
「えっ?……。ええ、それは……」
えっ?何で今、私の心配なの?
「すまない。実は、私も想像以上の告白に、少しばかり頭が回っていない」
ノエルは、顎に当てていた手を離し目線を外して苦笑いしている。
「―――その、何だろう?しかし、よく打ち明けてくれた!色々と問題はあるが、ひとつずつ解決に向けて一緒に考えさせてくれ」
「一緒に?殿下!私は、この世界に転生された異世界人ですよ!!」
「あぁ、それはさっき聞いた」
「怖くはないのですか?!……私を気味悪く思わないのですか?」
「なぜ?」
即答だった。ノエルの真剣な眼差しが私を射抜く。
「な、なぜって……」
(あれ?『私が思ってた反応』と一文字も重ならない。どうしてそんなに平然としていられるの?)
「なぜ、私が君を気味悪く思うんだ?自分の心を偽らない、嘘をつかない、その「『真心』」を持った君は、誰よりも信用ができるし、反対に私がそれを守るべき存在ではないか?」
「守るべき……存在?!」
その予想だにしなかったノエルの言葉は、私の頭を混乱させるに十分だった。
「この世に『絶対』という言葉が当てはまるとするなら、それは君の持つ『真心』だけだ。君が女神から授かった加護とは、そういう加護だぞ!」
その、ノエルの力強い言葉に、私の内に秘めていた何かが、音を立てて崩れたように感じた。
何だか、この世界に自分の居場所をノエルがくれたような、―――そんな気がした。
(……ああ。私、ここにいてもいいんだ)
ポタ、ポタ……ポタ―――。
気が付けば私の頬を涙が、次々と伝い落ちている。
あれ?
何で止まんないだろう?
拭いても、拭いても、拭いても、拭ったそばから、新たな雫が視界を滲ませる……。
それはまるで、心の奥底で凍りついていた孤独が溶け出したかのようだった。
堰を切ったように溢れ出た感情を抑えられず、とうとう、私は子供のように泣き出してしまった。
見たことも聞いたこともない世界に戸惑った―――。
ここには、シャロンを知る人はいても、私の知る人はいない。
―――本当の私(樹里)を知る人なんて、どこにもいないんだ。
とても不安だった……。
だから、自分でも気づかないうちに、気丈に振る舞っていたのかもしれない。
けれど、それは彼の言葉でいとも簡単に崩され、感情をあらわにしてしまったようだ。
ノエルは、泣き止まない私を見て静かに何も言わず、隣に座った。
そして、膝の上で重ねて、小刻みに震えている私の両手を、その大きな手のひらで上からそっと包んでくれた。
暫く経って、隣に座ったノエルを少し見上げた私に彼は、
「すまない……。こういう時どうすればいいのか、正直わからない」
本当だ。
少し―――『困り顔』だ。
彼は、何も言わず私が泣き止むまで、そのままでいてくれた。
(でも、その不器用さが、今は一番嬉しい)
少し経って落ち着きを取り戻すことができた私は、
「ありがとうございます。ノエル殿下……。もう、大丈夫です」と、言った。
そんな、私にノエルは言葉無く頷き、そっと私の肩に手を置いた後、向かいの席へと戻った。
「君は、この世界とは異なる世界の人―――。そういう認識で良いのか?」
「はい、私から見て殿下を含め、ここの世界の人達を私が異世界の人と定義するなら、私は、この世界の人達からすれば人格だけ異世界人ということになります」
「にわかには信じがたいことだが……。君は、女神アルテナの特別な加護『真心』を授かっているのだから、作り話ではないのだな。では、私が知っていた幼き日のシャロンはもう……」
私が無言でうなずいたのを見ると、「そうか」とつぶやき、彼は一度だけ深く呼吸をした。
「その、君の世界とは、どんな世界なんだ?」
「私がいた世界ですか?そうですね……。私の世界は、この世界よりはるかに高度な文明と技術力のある世界で、この世界に比べておそらく数百年は先に進んでいると思います。ですが、魔法や魔術の類は、誰ひとり扱える者はおらず、存在すらしません。ただ、―――」
「ただ?」
「ただ、全てではありませんが、この世界は私が居た世界の昔の時代と酷似しています。歩んできた歴史は全く違うのに、生活の基盤となるものは、まるで都合がいいように同じなのです」
「魔法の無い、高度な文明を持つ世界で、我々の世界と似た世界か……。フッ、まるでふたつ並んだ劇のようだな」
「げき?―――劇ですか!?」
「あぁ、同じ舞台の上、真ん中で仕切られた壁を挟んで演じられるふたつの物語。独自に物語は進むが互いに存在は知らないし、干渉もできない。さしずめ君は一度、舞台から観客席に降りて隣の舞台に上がった役者、というわけだが、―――。この場合の『観客』は何を指すのか……『神?』……。いや、まぁ、それはどうでもいい事か」
「そうか、観客から見れば白はどちらでも白だし黒は黒。なるほど!それはとても分かりやすいです!」
こんな例えが、パッと浮かぶノエルの聡明さには感心するばかりね。
「しかし、そうなってくると、君は一度、ふたつの世界を見ることのできる観客席(神の領域)に達した。そういうことになるのだがな」
「神様ですか?ふふ、そんな実感は微塵もありませんが、ふたつの世界を知る者は私だけなのですから、そういう事なのかもしれませんね」
「フフ、私もその観客席から君がいた世界を見てみたいものだが、これには何か特別な意味があるのだろうか?」
「どうでしょうね。それを知るには、私が、この世界に呼び出された理由をアルテナに聞く必要がありますね」
「そう言えば、君にはアルテナの声は聞こえないのか?」
「はい、まだ一度も……。そうだ!この世界に転生される直前に声のようなものを聴いた感じました。けれどそれが、アルテナだったのか、シャロンだったのか、はたまた別の何かだったのか……」
「そうか、まぁ、アルテナが復活しているなら、パルテール教会が騒がない訳が無いか……」
「アルテナが、私をこの世界へ呼び寄せたのは、間違いないと思います」
「そうだな。異世界人の召喚に、女神アルテナの存在か……。この世界の転生や憑依といった類は魔法や魔術で聞く話だが人の召喚や、ましてやそれが異世界人の転生など聞いたことが無い。そんなことのできる存在といえば、……。『龍人』!?いや、それは有り得ない!!」
「リュウト?」
その言葉を口にした瞬間、ノエルの瞳に一瞬だけ鋭い、あるいは怯えにも似た色が走った。
「すまない。そのことは私の憶測の域を出ないから、もう少し精査させてくれ。詳しく知る者に相談をしてみる」
「は、はい」
初めて聞く『龍人』という存在に疑問を感じながらも、私は魔術、魔法に関しては全くわからないのだから、ここはノエルに任せておくべきだと思った。
それに収穫はあった。転生、憑依は魔法で可能ということ。
これは、大きい!!
こうして私とノエルの話し合いは、まだまだ続いた。
けれど、冷めたお茶を飲みほした私のカップには、もう不安そうな彼女の顔は映らなかった。




