第26話 本当の事
【講義室】
「―――さて、本日の授業はここまでです。お疲れ様でした。では、続きはまた後日に」
「は~ひ~」
さすがに疲れた!昼から日が沈む頃合いまで、ほぼ、ぶっ通しで授業は続いていたからだ。
中々のボリュームだったけど、おかげで神話時代から現在に至るまで、この世界の骨組みがおおよそ理解できた。
聞いた全てを鵜呑みにするのは、少し早計だと思うけど、私は、考古学者でも歴史の専門家でもないから今はこれを「正史」として受理しておこう。
私は、ノエルとの食事をとる予定の部屋に向かおうとし、授業が行われていた部屋を出たら外にアイラが待っていた。
「お疲れ様です。シャロン様!」
「うん」
(相変わらず元気ね!)
「シャロン様。ノエル殿下の到着が予定より遅れるとのことです」
「そうなんだ……。ん~、じゃあ、長く椅子に座っていたせいでお尻も痛くなっちゃったし、気分転換に外に出て散歩でもしようかな?アイラ付き合ってくれる?」
私は、痛くなったお尻をさすりながらアイラに尋ねた。
「はい、もちろんです!お供します」
アイラはそう言って、弾むような足取りで私の後ろについてきた。
◇
私とアイラは、木々が長く影を落とす、広く手入れの行き届いた庭をゆっくりと歩いた。
美しく整った庭園を散策していたら、不図、人影が目に留まった。
声をかけるには少し距離のある所で、暗くなり始めた庭を剪定ばさみを持って、丁寧に草花の手入れをしている細身の少女がいた。
夕暮れ時だったから顔は良く見えなかったけど、その一生懸命な姿に邪魔をしては悪いと、私は、近づかないように別の方へ向かうことにした。
彼女は、私達に気づくこと無く黙々と作業をしている。
「こんな時間なのにまだ、草花の手入れをしてるんだ」
私が感心してその子を見ていたら、アイラが私の目線の先を見て、
「あぁ、あの方は……すみません。名前は忘れちゃいましたが確か『花師』様ですね」
「ハナシ?」
「はい、なんでも最近、宮廷の草花を長く管理されてきた花師様が引退なさったのですが、確かあのお方がその実力と知識をかわれ、若くして花師様になった方ですよ」
「へぇ〜、そうなんだ。若いのに実力があるって凄いね」
アイラがなぜそんな噂話を知っているのか、ちょっと気になったけど、それを問うことなく私は、夕時に映える草花を堪能した。
綺麗な花に時折足を止め、アイラに花の名前を聞きつつ、気ままにふたりで歩いていたら、静寂を破るように―――、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
カーン、カーン、カーン
「シャロン様。どうやら、ノエル殿下がお着きになったようですよ」
アイラが、そう言って私の隣にちょこんと座った。
「あっ、今の鐘の音が到着の合図なのね」
「はい」
(もう少し見たいけど、今度は陽の高い時にノエルと一緒に歩いてみたいかな)
「それじゃ、戻りましょうか」
私の言葉にアイラはコクリと頷き、彼女と一緒に少し名残惜しくもあった、この綺麗な庭園を後にした。
◇
庭園から戻った私は、急いでノエルを迎える準備をすることに。
と、言っても私のすることは、せいぜい身支度を整える程度で、殿下を待たせることのないように、ただ部屋でノエルの到着を待つくらい。
しばらくして執事が、ノエルの到着を告げ開いたドアから足早にノエルが入って来た。
「すまなかったな。随分待たせてしまって」
私は、一度席から立ち、軽く会釈をしてからもう一度席についた。
「いえ、殿下がお気になさるほどではありませんでしたよ」
そう言った私に薄く笑みを浮かべ、ノエルも席についた。
「お腹も空いただろう。来て早々だが食事にしようか?」
「はい」
こうして、私とノエルがふたりでとる初めての食事が始まった―――。
実は私、異世界の食事に興味を持っている。
転生してから、さほど食事をとっていないからハッキリしたことは言えないけど、離宮での食事は満足のいくものだった。
例えば、今、食べている夕食は、朝や昼に比べればしっかりした献立になっていて、全体的には質素に思える。
王族の晩餐ってイメージだったんだけど、どちらかというとバランスのとれた夕食という感じかな。
ノエルの好みなのか、料理人が優秀なのか、私は栄養士ではないから詳しくはわからないけど、重たくなくそれでいて満足のいく料理だった。
味付けに関しては気になるところも多々あったから、機会があれば調理場に行ってみたいとも思った。
今日、一日あった事をノエルに話しつつ、時折出てくる変わった食材を見つけてはノエルに尋ねていたから、会話が途切れることはなかった。
「シャロンは料理に興味があるのか?」
「あっ、いえ。料理というよりかは独特の味や風味をもたらすスパイス。いわゆる香辛料の類に、……なんですが」
「ほぉ~。香辛料」
「はい、主に植物の種子や実などを乾燥させ、細かく砕いたり粉末にしたものです。それを料理に加えることにより風味を出したり、食材の臭さを消したりすることができます」
「フフフッ、それはまるで魔法のようなものだな。植物にはそんな力があるのか?」
「ふふ、はい、そうなんです!『魔力量ゼロ』の私よりもよっぽど植物の方が魔法が使えるといえますね」
楽しい食事……。
あぁ、何だろう?こんな感じで人と食事をするのは、……憶えがないくらい久しい気がする。
話下手な私の話をそう感じさせないのは、ノエルのお陰かもしれない。
加えて公務で忙しいのにもかかわらず、こうして私の為にノエルは、時間を作ってくれる。
(ちゃんと私に向き合ってくれているんだ)
周囲のノエルをよく知らない人達からは、気難しく怒らせると怖いと冷徹なイメージで『黒王子』なんて言われているけど、本当はセグナの言う通り、真面目で誠実なんだ。
(黒というより、真っ白じゃん!)
この人になら……。
やはり、今夜打ち明けよう!!本当の事を―――。
私は、食事が終わる頃合いを見計らって、
「ノエル殿下。この後、お時間を頂いてもよろしいですか?」
「……?あぁ、かまわないが、どうかしたのか?」
「はい、その……私が、殿下に話さないといけないことなんですが、ようやく決心がつきました。今夜、話を聞いてくださいませんか?」
「それはかまわないが」
「殿下には全てをお話ししたいと思っています。婚約に関しての私の『利』と、婚約の話を殿下から頂いた時に私が『隠しておきたかった事』を……」
「……わかった。他の者に聞かれたくない話なら、君の部屋を使おう。あそこなら聞き耳を立てられる心配もない」
少し返事に間があったのが気になったけど、これで話を聞いてもらえると思ったら、不安もあったが、何だか胸のつかえは解消されたように感じた。
ノエルは、食事を終えると、用意されていたお茶を私の部屋に運ぶように執事へ伝え、私たちは食事をしていた部屋を後にした。
私の部屋に着いたら、ナタリーがお茶の準備を始めていて、お茶のいい香りが部屋を満たし始めている。
ノエルは、お茶を入れ終えて部屋を出ようとしたナタリーを呼び止めた。
「私とシャロンとの話が終わるまでは、たとえ誰であろうとこの部屋に通さないようにしてくれ。場合によっては私の名前を使ってかまわないから。頼んだぞ」
「はい、かしこまりました」
ナタリーは一礼をし、静かに扉が閉まる。
私とノエルは、ひとくちお茶を口にして、受け皿にカップを置いた。
陶器のかち合うその音だけが、静まった部屋に鳴った―――。
二人の間に、重く静かな沈黙が続いたが、お願いしたのは私の方……。私から話さないといけないわね。
「殿下、先ずは、お時間を頂きありがとうございます」
「いや、それはかまわないが、こんなに早く打ち明けてくれる気になるとは、正直、思っていなかったからな。何かあったか?」
「いえ、そうでは無く……。勿論、私もそのつもりでした。今から話すことは、私自身に関わる重要なことで、誰にでも話していいものではありませんでした。だから、殿下にも話せずにいたのです」
ノエルは小さく頷き、何も言わずに話を聞いてくれている。
私は、そのまま話を続けた。
「ですが、ベルンツ以来、殿下のお人柄に触れ、本当に信頼できるお方だと思い、話す決心がつきました。たとえ私が話した内容で殿下がこの婚約を無かったことにしても、私は異議を申し立てません。謹んでお受けしますので、どうか最後まで話を聞いてください」
「わかった。君の覚悟は伝わった。私も聞いた話を君の不利益になるようにはしないと約束しよう」
「ありがとうございます」
私は時折、飲みかけのカップに映るシャロンの顔を見ながら、今までのことをひとつずつ話し始めた―――。




