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第25話  昔の事と胸のざわめき




部屋にある少し大きめのバルコニーの窓から、柔らかな日差しが差し込み、鳥の声が聞こえている。


「シャロン様……」


ぼんやりする頭に聞こえてきたのは、アイラの声だった。


「ん、ん~っ」

「おはようございます。シャロン様!朝でございますよ」


寝起きせいで回転の鈍った頭だったけど、ぐっすり眠れたおかげか心地良い、ぼんやり加減だった。


「んっ……おはよう、アイラ……もう、朝なんだ……ん~~~っ」

「はい!お天気も良く、いい朝ですよ」


そう言われて、ベッドから体を起こし、ひと伸びして窓の外を見た。


「……ホントだ」


少し肌寒くは感じるが、差し込む日差しのせいかスッと起き上がれた。


そう言えば、いつ以来だろうか?こうして人に起こしてもらうのは―――。


アナログな感じもするが、ちょっぴり贅沢な気分になる。それに、ここ最近デジタル的なものとは一切、関わっていないからなのか時間の流れもゆっくりに感じられるから不思議だ。


   コン、コン、コン


「失礼いたします」


ノックの音がしたドアから声がして、ナタリーが部屋に入ってきた。


「おはようございます。お嬢さ―――いえ、シャロン様。朝食の準備が整いました。お食事はどうなさいますか?以前のようにお部屋で取られますか?」

「ううん、そちらで頂くので、案内して」


ナタリーが、私の呼び方を言い直したのが少し気になった。


そう言えば、今までナタリーは私をシャロンと呼んでなかった気がする。他のメイド達は、みんなシャロンと呼ぶが、ナタリーだけは必ず『お嬢様』と呼ぶ。


何故だか問いたい気持ちに駆られたが、色々落ち着いてから、ふたりで話す機会があれば、―――にしよう。


「かしこまりました」

(いつも通り、凛とした立ち振る舞いのナタリー。どうやら、私の呼び方以外は通常運転のようね)


ナタリーの案内で通された部屋で軽めの食事を取り、朝に予定されていた健康状態の確認と身体測定。


それと、異世界ここらしい魔力測定が行われた。私も昨日、ノエル達が見せてくれたみたいに魔法を扱えるのには、少し憧れがある。


結果はもちろん、『魔力総量ゼロ!!』正真正銘の人族だ。


まぁ、予測はしていたけれど1ミリもないのはちょっと悲しいかも……。


だけど、どこにでもいる人族であるなら、この世界にとっての「私という存在」っていったい何なんだろうか?そんな疑問すらも湧いてきた。


こうして、朝、予定していた私に関する身体的な事については、すべて終わった。


少し早めの昼食をとり、午後からは座学。主に人族と魔族との戦いの歴史について学ぶことになっている。



   【講義室】


「本日よりシャロン様が、学ぶ歴史について講師を務めるテレサです。どうぞよろしくお願いいたします。それでは早速始めましょうか」

「はい、先生!」


「……」

テレサは、私の言葉に答えることなく苦笑いを浮かべ授業を始めた―――。


実は私が、初めに人族と魔族との歴史について知りたいと昨日せがんだからなんだけどね。


詳しくは後日でいいから、記述の残っている最古のものから現代に至るまで魔族と人族がどう関わり歩んできたのか?互いをどう思っているのか、できれば客観的に知りたいと私が、ノエルに言ったからだと思う。


この世界の歴史を知る事は、私にとって、とても重要だった。


それは、私がたてた仮説が正しいのか、正しくないのか、―――それを知る為だからだ。


どちらにせよ、私の今後を大きく左右することになると思う。


昨晩のうちにノエルに事の全てを打ち明ける覚悟はもちろんあったんだけど、ノエルは全て真正面から受け止める人。だから上面(うわつら)だけで、考えの無い相談などすぐに見透かされてしまいそう。


(それは嫌だ!)


セグナには言われてしまったが、あの人の隣に立つには、中途半端は絶対ダメ!私が、自分で考え、自ら行動する。


今までのように周りに流されたり、人任せの生き方は、もうしないと、そう、心に誓ったから……。


それは私にとって、この世界で生きていく為の揺るぎ無いものとして。言い換えれば、(かせ)にしようと考えたの。


少し大袈裟かもしれないけど、そのくらいでなければノエルの横に立つ資格さえ無いと、そう強く思ったから。


今日の夕方にはノエルが王宮からこっちに来て、夕食を一緒にとる予定になっているけど、その後、時間をもらい全ての事を打ち明けようと思っている。


せめてその時までには、自分の考えをまとめなくちゃ。


この世界での私という存在。


自分の置かれている立場。


ノエルの立ち位置など彼に打ち明ける前には知っておく必要がある。


先ずは、その為の歴史、なんだけどね―――。



「―――こういった、経緯で世界の各地で明確な階級や身分制度が生まれ広がりました。シャロン様、ここまではよろしいでしょうか?」

「ふ~ん、なるほど、『やはりちゃんとした歴史があって似てはいるけど同じじゃないんだ』」


「ん?似てる……?」

「あっ、ごめんなさい。独り言です。気にせず続けて下さい」


テレサは、少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに授業を続けた。


「現在、集団の最大の単位は国であり、魔族、人族における統治国家のほとんどが、この王国制度ということになります」


私は、小さく頷き話を聞いていた。


どうやらこの世界は、私がいた世界の中世ヨーロッパといった感じのようね。


(くぅ~、いまさらだけど、こんなことならもっと世界史をちゃんと勉強しておくんだった!)


「―――ですから、これだけ多くの人達が、ひとところに集まり集団として機能しているのは、法や秩序があり、皆それを守る事でより良い生活が約束される訳です」

「なるほど」


「ですので、先日のような振る舞いは、―――」

「?振る舞い?」


(何のことだろう?)


「えぇ。これは、その……、老婆心ながら申し上げることではありますから、お気に(さわ)ったなら平に、ご容赦ください」

「あ、……はい」


テレサは、重い雰囲気で教壇から降り私の近くにやって来た。


「実は、先日の歓迎会の時のことでございますが、私達のような下々と同席の食事は良くありません」

「えっ?そうなの!?」


「はい、振舞われた食事の食べ残しを気になさっていたようなのですが、そもそも招待された側に満足してもらう為、わざと予測される量の倍の量を出してもてなすのが礼儀で、事、自分よりも位の高い方を迎える際はさらにその倍を用意します」

「そうだったんだ。知らなかった」


「あれは迎える側のノエル殿下が、目下のシャロン様に恥をかかせない配慮で最大限のもてなしだったのです」


頷く私に、テレサはさらに踏み込んだ言葉を紡いだ。


「それもなのですが、私達と同席の食事が最もダメですね」

「そんな……」


「例えた表現なので、気を悪くしないでください」


私は、小さく頷いた。


「殿下とシャロン様が囲んでいたテーブルの上に、今まで履いていた殿下の靴を置いて食事を続けるのは、どうお感じになりますか?」


その言葉で何となく察しはついた。


「それは、嫌ですね」

「ですよね。私達が、靴として仕事をしている時は側にいても嫌がられませんが、身分の高い方と同じテーブルに上がった場合は不快に感じられてしまいます。―――そういうことなんです」


「……」

私は、返す言葉を失った。


「私達にとっては初めてで、嬉しく、とても栄誉なことでした。ですが、時にそういうことは相手側を、時に伴侶となった場合の殿下に恥をかかせてしまいます」

「そんなこと、ちっとも感じなかった」


「それは、シャロン様に恥をかかせない、ノエル殿下の配慮です」

「そうだったのね。知らなかったわ」


こうして私の見えないところでノエルが色々と気を配っていてくれていたのだと、あらためて感じた。


「私の軽率な行動で、恥をかくのが自分だけではなく、場合によっては一国の王子に恥をかかせてしまいかねない。―――そういうことなんですね」


「はい、そういうことにございます。ですが……」


テレサは、コクリとうなずいた後、膝を折り胸に手を当て続けた。


「―――ですが、ありがとうございます。私たちを靴ではなく、人として接して頂いたこと。こんなのことはシャロン様が初めてにございます。皆を代表し、この場にて御礼申し上げます」

「そ、そんな、私なんて。―――ただ無知を恥じるばかりです」


首を振りテレサは、膝を折ったまま私の手を取った。


「計ってやったことではないことは、存じております。ただ、ご自身の為にも、どうか身分の低い私たちのような多くの者の好感より、たったひとりの身分の高い人の反感を買わぬように。―――と、どうか肝に銘じてください」

「え~と、それは、―――」


私が、自信なく目を泳がせると、

「よろしいですね!!」と、強く念を押された。


「はい!気を付けます!!」


(こういった類の叱られは、正直ありがたい)


テレサは教壇に戻り、授業を再開した―――。


魔族と人族との何百年にも及ぶ血塗られた時代。


互いへの恨みつらみにより、邪神がこの世に生まれた。そして、更なる激高に呑まれ、世界は混沌の時代へと突入してゆく。


何年にも及ぶ戦いは、互いの財政を圧迫し、民衆は飢え、苦しみ、段々と疲弊(ひへい)していった。


だが、幸か不幸か互いに戦争ができないほどに財政が悪化し、一時休戦状態になった時だった。


若き魔王候補の『ブラント』と才に恵まれた半魔の『アルテナ』とが出会った。


ブラントとアルテナは、互いを許し、受け入れ、信じ、共闘して、邪神を討ち滅ぼしたのが、今から約300年ほど前だったという。


その結果、ふたりの想いに世界が共感し、人族と魔族との長すぎた戦争は終結した。


やがて、魔族と人族は手を取り合うことができたが、皮肉にも、その光景をふたりが見ることは叶わなかったそうだ―――。


テレサは、この実話を基にした話が大好きで、まるで少女のように目を輝かせて聞かせてくれた。

(うん、うん!その気持ちは凄〜くわかる!!)


「中でも、プルーバー作の『魔王子と半魔の娘』は、少し子供っぽい表現ながら登場人物が生き生きとしてわかり易くおすすめです!」

と、テレサは愛用の本を私に貸してくれると約束してくれた。


(それは、とても楽しみ!)


この世界でふたりの出来事は、誰でも知っている話で、本としては勿論、おとぎ話の基となったり、今では劇としても公演されるほどだそうだ。


邪神を倒し、世界に平和をもたらした彼女は、この世界で、今、ふたたび女神となって影響を与えている。


そして、私を異世界(ここ)転生させ、本音を隠すことのできない加護『真心』を与えた張本人。


そのアルテナが生きていた300年前の出来事であり、この世界の人達の共感を得て今も語り継がれる英雄譚。それが、『魔王子と半魔の娘』。


(作者が、『プルーバー(Prover)』か……。「Prove」――確か、「証明する」だったかな?だとしたら、「真実を証明する者、もしくは観測をする者」。でも、観測者は、「Observer」だもんね……。)


私は、その名前に妙な引っかかりを感じた。


単なる名前なのか?、その名前の裏に隠されペンネームなのか?


私の胸の内は、なぜだか暫くざわめきが止まらなかった。








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