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ラブコールは銀河から――僕が地球代表だそうです  作者:


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6/6

候補者たち

 中で一も番人気なのが、修験者の立花猛だ。

 いかにも修験者然とした、精悍な面構え。

 そして顔面が良い。

 ここに票を入れた女性は多い。


 三十代前半の引き締まった体と、時折見せる甘い笑顔。

 アイドルでもいける。


 彼は、護摩行の中で、体から魂が抜け出る体験を何回かしているという。


 ただ、その間に何をしているのか自覚が無い。

 抜けた瞬間と、戻った瞬間が分かるだけなのだそうだ。

 ワイドショーのコメンテイター達が興奮して叫ぶ。


「次の機会に、何かできませんか? 我々をその瞬間に立ち会わせてください」


 そんなやり取りが数回行われ、修行現場にテレビカメラが入ることになった。


 真っ暗い山の中、焚火とろうそくの火に照らされ、白い修験者の衣が、くっきりと浮かび上がる。

 周辺の山の中から獣の鳴き声や、虫の音が聞こえて来る。

 それらをかき消す風が時々吹き抜けていく。


 彫像のように静かに座っていた立花が、印を結びながら何事かを唱え始める。

 護摩木を焚火に投じると、火がバッと跳ね上がった。

 炎に照らされた顔が、赤く浮かび上がり、怖いくらいの迫力がある。


 撮影しているクルー達は息を殺していた。

 世紀の瞬間に立ち会っている予感が、高まっていく。

 絶対に、邪魔をしてはならない。


 しばらくの後、急に立花の表情が抜け落ちた。死人のような無の表情に変わる。


「抜けた!?」

 横にいたクルーが、喋ったクルーの袖を強く引き、黙れ、の合図をした。


 皆、息を止めて彼を見つめた。

 風が吹き、白い装束はがためいているが、立花は銅像のようにピクリともしない。 


 その状態が五分くらい続いた後、ふと表情に人間味が戻った。


 立花がカッと目を開けた。


「凄い⋯⋯」 


 誰かが呟いた。


「凄いものを撮ってしまった」

 

 クルーは言い合った。

 

「これは一世一代の仕事になる」


 そこにいる全員が頷きあった。

 泣いている者もいる。

 後日、スタジオで立花は語った。


「やはり何も覚えていません。だが、魂が抜けている間の様子を見ることが出来て、私もうれしいです」


 そして時折見せる甘い笑顔を浮かべた。

 彼だ、と思う人の数がうなぎ上りになった。

 テレビ画像だけでなく、新聞に載り、雑誌の表紙になり、ネット上に流れ、立花の顔は全世界に広まって行った。


 だが、候補者は立花だけではなかった。


 現在二番人気にランキングされているのは、 『宗教法人・救済』の川原俊彦教祖。

 彼は、自由に幽体離脱が出来ると言う。

 彼曰く、三年前のある晩、瞑想中に離脱が起こった。


 まずは外の草むらに降り立った。

 月を見上げた瞬間に体が光に変わり、宇宙空間をすごい速度で走った。

 色々な星の間から、抜けた辺りで、一旦停止した。

 その時、ここは銀河の果てだと気付き、帰ろうと思ったところ、一瞬で肉体に戻っていたそうだ。


 山田太郎は、この話を聞いた時に、デジャビュを感じた。

 というか、これはいわゆるパクリではないだろうか。あまりに自分の体験と同じだった。

 山田はあの当時、自分の体験をネットに上げた事を思い出していた。


 久しぶりに検索してみたら、某有名質問サイトに晒したままだった。川原がこれを、そのままパクっているのかもしれない。

 しかも、調べられたらすぐに身バレしてしまう。 

 慌ててIDを消し退会した。


 そして、川原が早く、他の候補者に蹴落されますようにと祈った。


 しかし、教団は着々と信者を増やし、票を集めていく。離脱中の体験内容が具体的なのが、高評価のようだ。


 祭り上げられるに従い、四十代前半の冴えない中年だった川原の挙措に、荘厳さが加わっていく。

 人間とはすごいものだ。気の持ちようで、印象がこうも変わるのだ。

 その様子に魅かれ、信者の数が増えていった。すると、信者になった人と、家族や周囲の人との間に摩擦が起こり、トラブルが発生した。


 良き妻が、良き信者に変身し、家庭を顧みずに教団に入れあげる。良き会社員が、以下同文。

 良き○○の文字が、全て信者という二文字に変わるのだから困ったものだ。


 川原はその内、自身を神だ、と言い出しそうな様子だ。

 ワイドドショーで、『幽体離脱して、銀河連合を呼んだ川原は救世主か』という特集を組んでいる。

 本当に川原がそれをしたならいいが、山田の体験のパクリで神になられたら、寝覚めが悪い。

 山田は少し悩み始めた。


 もやっとしているある日、松岡主任が休憩に誘って来たので、休憩室で百円のカップコーヒーを買って一息ついた。

 主任はブラック、山田はいつもの泡のカプチーノだ。

 フーフーしながら少しずつ飲む。この甘さと泡が山田のお気に入りだ。

 山田は小さな幸せを噛みしめていた。


 松岡主任が、紙コップを見つめてぽつりと言った。


「お前、信じる者を持っているか?」


「何の話ですか?」


「俺さあ、川原俊彦は神なんじゃないかと思うんだよね」


 まさかの、川原信者か?

 まじまじと松岡の顔を見ると、ちょっと照れくさそうな顔で、昨日のワイドショーの内容を話し始めた。


「本人が出演して、離脱してからの一部始終を語っていた。その話がすごくリアルで、嘘には思えない。あれは実体験だと思う。彼は本物だよ」


 そう、体験自体は本物だ。

 ただし、山田のだ。


 きっと同じように考えた人が、日本中に居るのだろうと気付き、山田は焦った。


「僕はそうは思いません」


 山田がきっぱり言うと、松岡は残念なものを見るような目で山田を見た。


「でも、草むらに一度降りたっていうのがリアルだと思わないか?」


「宇宙に飛ぶなら、一直線に宇宙に向かうと思いませんか。いつも離脱しているなら、そのはずです」


「おお」と言ってしばらく考えている。


「それもそうだなあ。いつも離脱しているって言っていたし。無意味に草むらに降りたりしないか」


「そうですよ。それは思いがけなく離脱してしまって、戸惑っている場合ですよ」


「お前、またまた自分が体験したかのように言うね。離脱に詳しいのか?」


「最近は、皆、離脱の話題で盛り上がっているでしょ。僕も勉強しています」


「おお、そうかあ」と言ってまた考えている。


 松岡主任は単純で、噂や人の意見に流されやすい人だ。

 このまま、流されて欲しい。

 そして一つ思い付いた。


「松岡さん、その辺をSNSで発信してみたらどうでしょう。なんだか違和感があるな、みたいに」


「お、そうするか。俺もなんだかおかしいような気がし始めた」


 松岡さんの発信は、それなりに読まれ、反響が付いた。

 ワイドショーの番組公式サイトに上げるようそそのかした結果、更に多くの人に読まれた。


 そして、一度目の投稿に引き続き、『その時だけ宇宙に行ったのが不思議』と一言つぶやいた。それがバズッた。


 そして、「なんだかおかしい」という声がバンバン上がるようになり、川原の人気に陰りが見え始めた。

 仕事も納期に間に合い、松岡主任が別の世界に飛び込むのも阻止できたので、山田はいい気分だった。



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