天の川銀河連合富士山麓会議2
この先は具体的なことになるので、中継クルー達は引き上げさせ、日本の諜報機関だけで撮影を続けた。
映像は、後日各国政府に送られる約束になっている。
その後は技術面の話になり、たまに軍事面での話が交じり、日野は置き去りにされた。
しかし、全世界に向け、日野が会議を仕切る姿を示せたのだから、もう後はどうでもよかった。
日野はゆったりと椅子に寄り掛かり、余裕を持って周囲を眺めた。やっと普通に息が出来るような気分だ。
休憩を挟むことになり、各々の前に日本茶と最中が出された。
さて、異星人にこれは受け入れられるのだろうかと、日野はにやついていた。
最中を一口食べて、二ムとビーンの顔がパアっと明るくなった。
マナはウ~ンという顔だ。
横にいた米軍将校が、「ケーキのほうが良かったのじゃないか」と耳打ちしてきたが、苦笑いで無視した。
人類と同じ物を食べるかどうかも分からない状況だ。
だから自分の好物にしてもらったのだ。
本当はどら焼の方が好きなのだが、あまりに庶民的な絵面になってしまうので、やめておいた。
米軍関係者の半分がマナと同じくウ~ンの顔をしている。
(嫌なら食うな)
日野は心の中で突っ込んだ。
場が和んだ所で、疑問に思っていた事を、日野は聞いてみた。
「貴方がたは地球人にとても似ているが、天の川銀河系はそうなのですか?」
最中にご満悦のビーンが、朗らかに答えてくれた。
「色々な種族がいますが、基本は直立で頭と四肢があるこの形状です。惑星によって違いはあります」
「ほう。頭が大きくて手足が細い種とか、タコのような形状の種はいないんですか?」
エリア五十一や、ベルヌの火星人襲来などを思い浮かべて日野は訪ねた。
「始祖がこの形状だったのです。そこから銀河中に広がっていったので、基本は同じですよ」
そう答えてから、少し考えながら言う。
「頭が大きくて手足が細いのは、ある時期、この惑星の探索を受け持っていた種族かもしれません。確か、地球人の半分ほどの身長です」
何人か捕まって、実験対象にされたとか言う噂を、日野は思い出した。
チラっと隣の宇宙開発局の局長を見ると、さっと目をそらされた。
「その種族だと、見つかったときに言い逃れできないので、今は別の種族が担当しています。地球の美的基準から言うと、かなり美形の多い種族です」
「それは目立つでしょうなあ」
「そういった話も、この先詰めて行かないといけませんね」
どうやら地球には宇宙人がある程度来ているようだ。
「我々はかなり近い容姿なのと、ご近所なので、今回の代表に選ばれたのです」
「はあ。良く考えられていますなあ」
「ファーストコンタクトのマニュアルがあって、それに従って準備をするのです」
「マニュアルですか?」
「2年ほど掛けて相手の文化や状況を調査し、派遣する使節団を選び、教育し、言語の翻訳機を作ります。今回は地球の日本国にピントを合わせました」
「あ、それでスーツに名刺交換か」
深く納得した。
「それだけ研究されたなら、技術力のレベルもおわかりになったでしょう。おかしいとは思わなかったのですか?」
「議論は有りましたが、事実は事実です。それにあれほど興味深い事件を放っておくことはできません」
ついでに、先ほどの宇宙船からの降下について聞いてみた。
「宇宙船から降りる様子が、地球で作られた映画のシーンにそっくりで、驚きましたよ」
「ああ、あれはサービスです。地球の映画の感動的なシーンを真似ました。通常は転送で地上に送ります。私達はこれのために、重心を崩さないように降りる訓練をしました」
朗らかな質なのだろう。
ビーンは笑いながら自慢げに答えた。
つまりサービスとしてのショーアップというわけだ。
「ありがたい。いいものを見させていただきました」
中継で見ていた地球人類全てが、そう思ったことだろう。日野は地球人を代表して感謝を述べた。
「技術の話は私にはさっぱりですが、何か進展はありましたかな。銀河レベルと比べ、だいぶ低いと思いますが」
「いいえ、分野によっては突出しているものもあるので、新しい惑星の参入は有意義なのです。ただ、宇宙工学に関しては遅れていますね。あの飛行物体は……全くの謎です」
ああ、やはりそうかと日野は頷いた。
「人間の霊魂は、1日に三千里を走るって言うから、霊魂が飛び出したのかもしれませんね」
だいぶ気分が楽になった日野は、そう言って、ハハハと笑った。
その日野を宇宙人三人が真面目な顔で見つめている。
驚いて、説明を加えた。
「あの、昔からある俗説です。おとぎ話の類です。おとぎ話ってわかりますか?」
マナが大真面目な顔つきで話し始めた。
「学者の中に、肉体か精神のみで飛来して来たのではないか、と唱えた者がいます。動きが有機的すぎるというのです」
ただの、場を和ませるための与太話なのに、真剣に受け取られて慌てた日野は、米軍関係者に丸投げすることにした。
「米軍ではESP研究が進んでいると伺っています。何か見解をお持ちでしたら、お話しいただけないでしょうか」
いきなり振られた米軍将校は、慌てて口の中にへばりつく最中の皮を、お茶で流し込んだ。
「そんな部署があるとは聞くが……」
将校はしばらく考えてあきらめた。
それは軍人ではなく、政治家、学者の分野だろう。
「いや、私達も全くの畑違いです。学者のの意見を伺ってはどうでしょう」
御鉢を回された学者達も困惑した。
大体、学者というのは、専門分野を狭く深く、掘り下げるものだ。
何でも知っているわけではない。
「知りません。私達の専門は宇宙工学ですから」
つまり、今この場所には、答えられる人間が一人も居ないのだ。
日野は態度を改めて、きっちりとマナに向き合った。
「専門的な話は次回へ持ち越させてもらうしかありません」
そう持ち掛け、了解を取り付けた。
そして、参考のためにいくつか聞いておくことにした。
「貴方がたはシールドを張っている、と仰っていましたが、それと同じような物で、宇宙空間を飛べるのでしょうか」
今度は若手のニムが説明してくれる。
技術面担当なのだろうか。
「今のシールドでは無理です。宇宙空間用のスーツはありますが、惑星への突入には耐えられません」
何でもできるように見えていたが、そうでもないようだ。
日野はなんとなく安心した。
「地球では、体外離脱という言葉があります。実際にできる人間に会った事は無いが、一般的な概念なのですよ」
「不思議ですね。実際にあるから、その言葉があるのではないですか? 我々は、そんな話を聞いた事がありません。体から意識だけを切り離して活動できる生物。驚きです」
米軍将校が不思議そうに首を傾げた。
「アメリカではあまり聞きませんよ。似ているので言うと、悪魔付きかな。悪魔が人の心と入れ替わると言いますが」
日野は驚いた。
日本人には一般的な概念だ。
なにせ、千年前の源氏物語には、体外離脱殺人事件が書かれている。
それが仏教思想なのか、実際に出来る人間がいたのかは、わからない。




