平和な日常
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壁面に広がるワイドディスプレイには、大きなテロップが流れ、宇宙局とKカルテットの結成に付いて、ニュースキャスターが説明をしている。
それをぼんやり見ながら、山田は贅沢ランチを食べていた。
今日は給料日なのだ。
今月の贅沢ランチは鮭とイクラのセイロ蒸しご飯だ。
蒸し立ての湯気が立つご飯と油ののった鮭のほぐし身と、真っ赤ないくら。
それをハフハフしながら口に運ぶ。
至福。
今日は松岡主任が一緒だ。山田を見て、かわいそうな子を見る目になっている。
「山田。うれしそうだなあ。お前いつもは、何食っているの?」
「コンビニのおにぎりとか、立ち食いそばとか、牛丼です」
「そうか、そうか。じゃあ、これは大ご馳走ってやつだな。味わえよ」
セイロ蒸し二千円。高いが、本当に美味い。幸せだ。
「あのジェイって謎だよな。ジェイと呼ばれていて、日本人ってことしか公表されていないじゃないか。この半月間、あんなに素性を探られても、全くわからないなんておかしいよ。しかも、あんなに目立つ人物だよ。誰も知らないなんて変だ」
「そうですか?」
「この間ワイドショーで、ジェイの姿は画像加工されていて、あの見た目はフェイクじゃないかって言ってた。俺さあ、それが正しいのかなって気がする」
(おお、それはいい)
「加工かあ。そうかもしれませんね。それだと本物の姿は全くわかりませんね」
「それにしても、立花さんは相変わらず格好が良いな。彼がいると安心感があるよ。それにあの四人組はバランスが良いね。俺いつもさあ、そう思って見ているんだ」
「本当ですね。一番必要ないのがジェイかもしれませんね」
「お、山田にしては、珍しく大胆な事言うね」
食べ終わって店を出た。
のんびり歩いていると、スマホが鳴った。
宇宙局からの緊急呼び出しだった。
最近、緊急度が低くてもこれを使うことが増えている。
なんだかんだ、山田を通さないと、決まらないことが増えているせいだ。
松岡主任が覗き込んだ。
「なんだ。呼び出しか? 何かトラブったのか?」
最近の山田は、宇宙局に出向し、プログラム作成をしている。ことになっている。
例の機密漏洩を防ぐため、というお題目で、あるシステム開発のために出向中という設定だ。
相変わらず、公式な山田の職業は、会社員でプログラマーだ。
今はジェイとしての活動の方が多くなっていて、そっちの仕事が実質は週五日、会社の方が二日で、その二日間は山田にとってリフレッシュ期間のようなもの。
もちろん給料もジェイとしての方が桁違いに多い。
こうなると、会社員の仕事の方は趣味のようなものだ。
特殊サポートチームのメンバーからは、会社をしばらく休むよう説得されるが、きっぱり断っている。
これがなくなったら、ジェイに乗っ取られてしまいそうで怖い。
だから地味で堅実なプログラマー、山田太郎としての自分を絶対に手放さないと決めている。
「あ、何でもないみたいです。ちょっとした業務連絡です」
のぞき込もうとする松岡主任の目から、画面を隠してスマホの電源を落とした。
今日は約束のリフレッシュ日なのだ。
何にでも緊急をつけないでほしい。
多分、どこかの星からの招待とか、どこかの星の皇帝からの婚姻申し込みとか、そんな所だ。本当の本当に緊急なら電話が入る。
先日、銀河連合から、地球に転送ポイントを設けたいと言う申し入れがきた。
出来たら宇宙局の近くに設けたい、と言う。
今後は地球上のどこかに設ける必要があるだろう。だがそのような通路を宇宙局付近に設けるのは、防衛上問題がありそうだ。
地球は、そういった新しい技術に対する、知識も経験も全くないのだから、今は迂闊に手を出してはいけないと思う。
それで却下した。
そういうことは集まって検討する必要があるが、星への招待などは、いちいち聞かずに断って欲しいと、山田は思っている。
「お前、電源落としたな。なんか、緊急って文字が目に入ったんだけど。悪い奴だな。首になっても知らないぞ」
やっぱり見られていたか、と山田は急いで言い訳をひねり出した。
「一斉通達です。僕には関係の無い件なんです。これからは僕の携帯には送らないよう申請します」
「そうか。それにしても、お前、返しがスマートになって来たな。以前だったら、突っ込まれるとおたおたしていただろ。挙動不審になったりさ」
山田は少し考えた。そうだろうか。そうかもしれない。
ジェイとして、今までなら考えもしなかったような人々と接するようになった。
政府の要人や王族、その他凄い肩書の付いた人々。
それに、チームメンバーからの教育も、少しずつ身に付き始めている。
どたばたしている内に、自分も成長しているのだ。
「そうかもしれませんね。二つの仕事を掛け持ちしていますから。それに、もう社会人二年目です。後輩もできましたし、少し大人になりましたよ」
「そうか。山田らしくない言葉だけど、人間とは成長する生き物だもんな。部下のお前のちょっとした成長が、俺にとっても、ご褒美のようなもんか」
すかさず山田は松岡主任にお礼を言った。
「松岡主任のおかげです。いつもありがとうございます」
「あ、そうか? やっぱり?」
機嫌よく、そう答えた後、松岡が少し首を捻った。
「やっぱり、前と違うじゃねえか」




