淡く滲んで、恋心。【3】
その後、ラヴィナは二つの事件を起こした。
ルフトとドゥアは、彼女が何をするつもりなのか、ということは当然聞いていた。
聖女フライヤを逃して女王擁立の法案を成立させた後に、双子の王女、インフィーとパラザの秘密を公開する、という話は。
けど、その為に何をするのかを知っていた訳ではなかった為、色々焦ることが多かった。
まずルフトは、聖女フライヤが『毒殺』されるなんて思っていなかったのだ。
その波及で、聖教会が責任の追求をして、王国との関係性が悪化したり。
インフィーとパラザの件にしても、接触したとは言っていたけど、まさか手すりから落下させるなんて、全く意味が分からなかった。
ルフトは、そのことについて王女宮の庭園でドゥアに愚痴ったのだ。
「フライヤについては、分かるよ。行方不明だと捜索されるかもしれないしさ……」
ラヴィナがそんなヘマをするとは思わないけど、行方不明となれば、公爵家の養子に入る前、フライヤの実家にも捜査の手が伸びるだろう。
そうすると、彼らもファーユ侯爵領に既に居を移している為、どこかから情報が漏れてフライヤが見つかってしまうかもしれない。
だから、殺害事件という形にしたのだろうけれど。
「……そういえば、死体ってどうしたんだろう?」
殺害現場検証の人手を、いわゆる『身内』で固めて賄ったところで、だ。
葬儀などに際して聖教会に死体を見せないわけにもいかないし、死体がなくては聖教会側も納得しないだろう。
けれど、葬儀はすんなり終わったのだ。
ルフトの疑問に、ドゥアは腕を組んで、ん〜、と唸る。
「まぁ、ラヴィナなら代わりに別の人間を殺して聖女の死体に仕立てるくらい、やりかねない気も?」
「冗談でも、流石に怒るよ?」
「いや悪い。でもちょっと頭にあっただろ?」
「……まぁね」
ラヴィナならやりかねない、けど、そういうことをしないのもまた、ラヴィナなのである。
「ダーレストなら分かるかな?」
「話すのはマズいぞ。その質問をされた時点で、アイツ絶対何か勘付くし」
「だよねー」
「そこに関してはあまり重要じゃないしな。全部片付いた後に本人にでも聞いたらいい」
「そうする」
ルフトは頷いて、改めてため息を吐く。
「でも、インフィーの件については本当にやり過ぎじゃない? ラヴィナは危険がない、って思ったのかもしれないけど、王女だよ?」
嫌な予感はしていた。
珍しくラヴィナが、『変装』を提案してきたからだ。
「それなぁ……危険な賭けなのもそうだし、まさか入れ替わってるとは」
ドゥアは、ルフトとは別の理由で苦虫を噛み潰したような顔をする。
昔から、その入れ替わりに引っ掛けられるのは彼だった。
ルフトは変装してもすぐにバレちゃうのに、ラヴィナだけはいつもルフトと二人揃うまで騙し通していたのだ。
「今回も気付けなかったしな……近衛失格だよ」
「誰も気づかなかったんだから、仕方ないんじゃない?」
インフィー落下の件については、翌日、『危ないことせずに、もうちょっと頼ってくれ』と彼に言われて、一瞬何のことか分からなかったのだ。
そこで『あの時、あそこに居たのはラヴィナだよ』と伝えたところ、『嘘だろ……』と言われた。
ルフトはラヴィナにお願いされて、あの時間は彼女に変装した上で、宰相令息のウェンデと別の場所で話をしていたのだ。
ラヴィナから『インフィーが階段から落下したのを助けた』とは聞いていたものの、詳しい内容は知らなかった。
だからドゥアにどういう状況だったかを教えて貰ったけど、自分で落ちてきたインフィーを受け止めていたとは思わなかったので、ルフトもビックリした。
聞いていなければ、後で話を合わせる時に危なかったところだ。
「女は化けるだのって言ったところで、本当にルフトに瓜二つなんだよな、『変装』してる時って」
「不思議だよねぇ」
ラヴィナは本当に、色々なことを上手にこなすのだ。
ルフトは嘘が下手だとよく言われるので、ちょっと羨ましい。
「この後どうするのかな。わざわざ僕と入れ替わってインフィーを助けたなら、何か狙いがあるよね?」
『ルフトの婚約者』という立場を他の人間に狙わせないよう『ラヴィナ・ファーユ』になった、と聞いていた。
それは嘘じゃないだろうけど、同時に彼女はこうも言っていたのだ。
『時間は稼げるわ。その間に状況がどう転ぶかは分からないけれど……そうね、最悪でも聖女を殺してわたくしが捕まれば、問題ないでしょう』
それが、ルフトの心にずっと引っかかっている。
最初にドゥアに言った通り、フライヤの事件は、分かるのだ。
『聖女』という存在そのものを消さないと、ルフトのことを公表した後も問題が残るし、この形なら、犯人不明で事件をうやむやにすることも出来る。
例えば下位の継承権を持つ令息とフライヤを婚約させて、王妃の立場ほどではなくとも『聖女の優遇』を盾に、聖教会が影響力を増そうとする可能性が高かった。
彼女自身の意見を無視した今の扱いを考えれば、十分考えられる話だ。
その場合、聖女の存在が王族の利益にならない。
けれど、インフィーの事件は起こす必要がなかった。
双子の血統の秘密を明かすだけなら、あんな事件を起こさなくても、証拠さえあれば二人の王位継承権は簡単に剥奪出来るのだ。
ラヴィナはそれを掴んでいる筈なので、意図が分からないのである。
「聖女派とインフィー殿下派は、どちらもルフトの立場を脅かそうとする派閥だからな」
でも、ドゥアは分かっているようで、あっさりそう口にした。
「ラヴィナは最終的に、自分にその目線を引き付けて、邪魔者を排除しながらルフトに悪意が向くのを防ごうとしているんだろう」
「僕の為……?」
「最初からそうだろ。ルフトがインフィー殿下を助けた、となれば、対外的にも好感度は上がるし、君の仕業と思う奴もいない」
確かに、わざわざ『変装』したルフトがその時間に、インフィーの婚約者であるウェンデに会うように指定したのも、ラヴィナだ。
何かがあった時、彼がラヴィナとインフィー、どちらの味方をするかなんて考えなくても分かる。
でもそうなると、ラヴィナの立場は余計に悪くなるのだ。
「多分、この事件を起こしたのはインフィー殿下達の為でもあるんじゃないかな……」
「え?」
「彼女らの秘密が暴露されれば、危うくなるのは立場だけじゃないかもしれない。最悪処刑があり得る」
それはそうだろう、と思った。
何せ、王妃殿下が最初からお父様を裏切っていたということになるのだから。
「が、『対立しているルフトが助けた』という事実が、その世論を軟化させるかもしれない。『命までは』と庇ってもおかしくはないし、それで関係性が悪化するにしても、恩義がある側が遠慮したり大人しく従っても、対外的には言い訳が立つしな。何より、国王陛下の子ではなくとも辺境伯の血筋だ」
「……そっか」
王位継承権だけでなく、王女という立場まで失った『双子という不吉な存在』がどう思われるか、というところまでは考えていなかった。
ラヴィナは優しいから、なるべく被害が膨らまないようにしているのかもしれなかった、けど。
「敵に対してはあんまり容赦しないラヴィナが助けようとしてる、ってことは、もしかしてインフィーも利用されてる?」
「可能性はあるな。多分、王位を継承させたいのは王妃殿下と宰相閣下だろうし、本人は玉座を望んでいないのかもしれない」
それなら、分かるかもしれない。
ルフトにしてもフライヤにしても、『自分が望んでその立場にいるわけではない』人が害を被る時、ラヴィナは正そうとするのだ。
「だから……ラヴィナは、捕まるつもりなのかな……」
インフィーの事件は、どうやっても犯人不明で終わらせられない。
聖女フライヤを殺された挙句にそちらの犯人まで取り逃した、となれば、この国にいる権力者全員の権威が揺らいでしまうからだ。
「ラヴィナのことはお父様もご存じだし、捕まえた後に逃してくれるだろうけど……」
もし万一、そのまま、ラヴィナが処刑されてしまったら。
ルフトは、そこだけが心配だった。




