淡く滲んで、恋心。【4】
「あら、大丈夫よ」
貴族学校の昼食時。
たまたまダーレストがいなかったので、ルフトが疑問を投げかけると、ラヴィナは微笑みながらあっさりそう答えた。
「きちんと陛下に話は通しているでしょう? 全て順調だわ」
「僕が心配してるのは、ラヴィナがどうしようと思ってるのか、っていうことの方なんだけど」
ちゃんと予定通りに逃げてくれるなら、捕まってもいい。
でも、そうじゃないかもしれない、っていう気持ちが拭い切れないから、こうして問いかけているのだ。
するとラヴィナは、あら、と首を傾げた。
「そんなことにまで気が回るようになったなんて、成長したわね」
「バカにしてるの?」
「いいえ、褒めているのよ」
うふふ、と口元に手を当てて笑ったラヴィナは、ふんわりと微笑む。
「大丈夫よ。わたくしはどこにも行かないわ」
そう、言われても。
何故か安心は出来なかった。
ラヴィナと別れて授業を受ける為に歩いている最中、ルフトは黙っていたドゥアに問いかける。
「どう思う?」
彼も厳しい表情をしているので、何か思うところがあったのだろう。
「……どこにも行かない。確かに、処刑されるつもりならば、どこにも行かない、という解釈も出来ますね」
人目があるから、ドゥアは敬語だった。
「……だよね」
ラヴィナの性格なら、本当に死ぬ気がないのなら、『大丈夫』ではなく『死なない』とハッキリ言ってくれる筈だった。
「やっぱり、『ルフト殿下の為にはそれが最良』と思っているのでしょうね」
「そんな訳ないのに?」
「あの方は、ご自身が好意を受けることを喜びますが、その好意を向けた方がご自身の行動をどう思うか、という点については無頓着なところがございますから。良きことと思えばそちらを優先なさいます」
ルフトは、ちょっとムッとした。
「それってつまり、好きだからいなくなって欲しくない、っていう僕の気持ちよりも、僕の評判のほうが大事ってこと?」
ルフトは、将来、ラヴィナの存在が足枷になるかもしれなくても、側にいてくれることの方が大事なのに。
「その不満を、あの方にぶつけてみると、少しは状況が変わるかもしれませんね」
「……そうしようかな」
ルフトがちゃんと『絶対生きて側にいて』って言えば、きっとラヴィナはちょっと困った顔をした後に『分かったわ』って言ってくれるだろう。
「私も、急がなければなりませんね」
「何を?」
教室に着いて、ドゥアの顔を見上げながらルフトが尋ねると、彼は片目を閉じた。
「私の仕掛けを、です。そうですね、三日後の帰宅時にでも、お呼びいただければ」
「分かった。三日後ね。……ねぇ、ドゥア」
「何でしょう?」
ルフトは呼びかけたものの、言うかどうかを少し躊躇った。
言うのが恥ずかしかったからだ。
だから、ちょっとだけ上目遣いでこう口にした。
「……ドゥアも、僕の側からいなくなっちゃダメだよ?」
すると、彼は何故か固まった後に、ちょっと複雑そうな表情でこめかみを指先で掻く。
「何で気まずそうにするの? もしかして、何かあるの?」
「いえ、そういう訳では。……それはどっちの意味なのかな、と思いましてね……」
「どういうこと?」
側に居て、に、側に居て、以上の意味なんてないのだけど。
ルフトが不思議に思っていると、ドゥアは苦笑した。
「任を解かれない限りは、ずっとお側にいるつもりですよ。そうでなくとも、おそらく側にいることになるかも、という意味では……あ〜、もしかしたらルフト殿下が望むのとは、少し違う形になってしまうかもしれませんが……」
「???」
どことなく歯切れの悪い物言いの意味が、全く分からなかった。
ルフトが混乱していると、ドゥアは言葉を重ねる。
「悪いこと、には、おそらくならないかとは思います。どちらにせよ、あの方を留め置く為には必要なことではあるかと思うので」
「そう、なんだ?」
「ええ」
ラヴィナを助けるのに必要なことと、ドゥアがずっと一緒にいることの何が繋がるのかは全然分からなかったけど。
ルフトはドゥアを信用しているので、とりあえず三日後に会うことにした。
※※※
結局あの後、ラヴィナと話が出来るタイミングがなくて、ちゃんと要望を伝えられなくてモヤモヤした。
そうして、三日後。
「えっと……これ、もしかして?」
夜、ドゥアと中庭で面会したルフトは、予想外の物を差し出されて、思わず目をまんまるに見開いた。
眼前に膝をついた彼が両手で差し出すように掲げているのは、青みがかった白の鍔と鞘に、金で意匠の施された剣である。
鍔と柄尻にはそれぞれに大小の青い呪玉が埋められていて、魔力灯の輝きを照り返して美しく光っている。
「聖剣にございます。今まで隠して参りましたが、先日、自らの使命を拝領して参りました」
顔を上げたドゥアは、真剣な目でこちらを見据える。
「聖剣は、主を自ら選ぶ剣にございます。この王家の秘宝、男子成人の儀にて玉座の奥壁に飾られておりましたが、その際に私を呼んでおりました。聖騎士となれば御身近衛としての任を解かれるかと憂慮し、申し出を躊躇っておりました」
「……僕の為?」
「左様にございます。が、ルフト殿下のご意向に沿う為、かの方の思惑に配慮しつつ聖教会の動きを牽制するには必要かと思い、陛下に申し出た次第にございます」
「えっと……」
ルフトは、ドゥアが聖騎士であるという事実は飲み込めた。
聖騎士は、聖教会の中で聖女に匹敵する存在と定められており、王国に二人の聖者が存在するのは大変喜ばしい話だ。
彼がその事実を公表した上で王家に味方すれば、確かに聖女殺害で悪化した両者の関係は表向き修復されるとは思うけど。
「ごめんね、それが、ラヴィナを助けることに繋がるの? あ、後、立って。敬語もいいよ」
多分、報告だから礼をもって接してくれているのだろうけど、それが終わったらいつも通りでいいのである。
けどドゥアは首を横に振った。
「聖剣故に、鞘から抜くことは叶わぬと思いますが、私にルフト殿下の騎士となる栄誉を与えてはいただけませんか?」
「あ、え、そういうこと?」
「ええ、今のうちに」
王国法では、一応手続きがあるものの、騎士の任命は王家や騎士団長の一存で可能である。
領地こそ与えられないものの、一応準爵位として定められていて年俸も出るので、騎士爵を欲する者は多い。
その中でも『近衛騎士』は、仕える相手……この場合であればルフト自身が、一人だけ自らの意思で任じることが出来、国王以外でその任を解くことは出来ないと定められていた。
騎獣を操る腕前や、剣の技量、礼儀礼節の高さなど幾つかの条項をクリアしていることが求められるし、騎士としての実績も一応考慮はされる。
しかし、そもそも幼少からルフトの近衛見習いであるドゥアは武門であるギョフ伯爵家の次男であり、条件自体は達成していた。
その上で、貴族学校の卒業と同時に任じられる予定だったのだ。
「聖教会にドゥアが取られる前に、ってことだよね?」
「はい」
「分かった」
ルフトは鞘に収めたままの聖剣を手に取って、その刃をドゥアの肩に当てる。
「―――ドゥア・ギョフ。汝を我が騎士に任ずる」
「謹んで拝領いたします」
そうして立ち上がったドゥアは、聖剣を受け取るとようやく表情を緩めた。
「これで、後は思惑に乗るだけだ。問題はないだろう」
「……何がどう問題ないの?」
「ダーレストが、仕掛けに気づいた。俺や陛下、宰相らに根回しして、断罪劇を演出する。その内、ルフトにも話があると思うよ」
「え……? それって、まずいんじゃ?」
元々バラす予定にしても、ラヴィナの計画にはダーレストは入ってなかったのじゃないか、とルフトは思ったのだけど、ドゥアは首を横に振る。
「犯人だと気づいたんじゃない。仕掛けに気づいたんだ。その上で、さらに裏を掻こうとしている」
「……!」
ルフトは、自分が勘違いしていたことを悟った。
つまり、ラヴィナが断罪劇を『演出』することまで織り込み済みで、ダーレストは動いている、という話だ。
「そして、俺も国王陛下に口を噤んでいただくことにしたし、情報はバレないだろう。あいつは俺たちに嘘をつこうとしたからな」
と、ドゥアはニヤリと笑みを浮かべる。
「仕返しにもなって、ちょうどいいだろ? 全部終わるまでは、俺たちだけの秘密だ」
言われて、ルフトは軽く笑みを返す。
「いいね。……じゃ、あの子は助かるんだよね?」
「ダーレストはそのつもりで動いてるな。だから、俺も聖剣を手にすることにしたんだ。……最初は、本当にやりたくなかったんだけどな」
「近衛から外されるかもしれないからでしょ?」
「それもあるが。……忘れたか? 何でフライヤ嬢は『君の婚約者に』と望まれたんだ?」
言われて、ルフトは思わず口元に手を当てた。
普段、そういう仕草は隠しているけど、ドゥアが言わんとすることに気づいてしまったからだ。
同時に、頬が一気に熱くなる。
―――昼間、バツが悪そうだったのは、そういうこと?
この事実が公表された上で、ラヴィナやダーレストの思惑通りに事が動けば。
「ドゥアが……ぼ、僕と結婚することになる、ってこと?」
「かもしれない。……君が女性だと公表された後に、聖騎士が出て来たら、聖教会だけじゃなく、民衆もそう望むだろうし」
ドゥアは目線を逸らして、少し言いづらそうに言葉を重ねる。
「勿論、ルフトが嫌ならなるべくそうならないようには……」
「……嬉しい」
「え?」
彼がこちらを見るのに、ちょっと目線を落として指先をこねながら、ルフトは笑みを浮かべた。
「あの、結婚とかあんまり、考えてなかったけど。相手がドゥアなら……うん、僕は、嬉しいよ」
「ルフト……」
「ちょっと恥ずかしいなぁ……」
えへへ、と肩を軽く竦めてから、話を変えた。
「じゃ、じゃあ、用はこれで終わりかな?」
「ああ、いや。まだもう一つ。国王陛下から正式に連絡すると勘付かれる可能性があるから、ルフトにやって欲しい事があるんだ」
「何?」
「聖教会の……王国の支部ではなく総本山に住む教皇猊下に、直接手紙を出して欲しい。『聖騎士が見つかった』と。そして誰にもバレないように、秘密裏に会いに来て欲しい、と」
詳しく聞くと、ドゥアは『ラヴィナのことは伏せて、王国の聖教会のありようなど、国内事情を説明した上で』と言う話だった。
「そっか。別に教皇猊下の命令で聖女を利用しようとしてるわけじゃないもんね」
世界的な組織である聖教会にとっては、王国内の権力と聖女のどちらが大切かと言えば、おそらく教典にも存在が記されている聖女の方である。
それを、王国聖教会首脳部の権力争いに利用しようとしている、そしてそれを聖騎士が告発するとなれば、おそらく教皇猊下はこちらの味方だ。
以前お会いして話した事があるけれど、あの方は慈悲深い人格者である。
「分かった。やっとくね」
「頼む」
そうして、ラヴィナがダーレストによって裁かれる断罪劇の当日。
ルフトは演技をしなければいけないことに緊張しつつも、追い詰められたフリで絶叫するラヴィナを見て、こう思っていた。
ーーーラヴィナのあんな顔、初めて見たなぁ。
勿論、あの子の方も演技なのだけれど。
もしかしたら自分は、ラヴィナのことをまだまだ何も知らないのかもしれない、と、ルフトはそう思った。
そうして、正式にドゥアの事が公表される前のダーレストの話を聞いて。
双子がどうとか、ラヴィナの存在がおかしいとか、そういうことを言われても、あんまりピンと来なかった。
だって。
ーーー何がどうでも、ラヴィナはラヴィナだし。僕はあの子のこと、大事だしなぁ。
そうとしか、思わなかったのだ。
別に無条件にそう思ったのではなく、ずっと過ごしてきた時間があって、ルフトにとってラヴィナがいるその時間は、とても大切な時間だった。
ドゥアはもうちょっと、何か違うことも考えていたみたいだけど、それには同意してくれた。
ダーレストも、無事にラヴィナと婚約者になった。
インフィー達も、ルフト自身も、事実を公表して少々ゴタゴタしたけど、めちゃくちゃ悪いことにはならなかった。
ーーー全部丸く収まって、よかったよかった!
全てを終えて、ルフトは、心の底からそう思っていた。
面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、いいね、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等宜しくお願い致しますー♪
この後書きの下部にスクロールすると、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価出来るようになっておりますー!




