異世界ダンジョンー25
影のフォルムが、感情のない冷徹な声で告げる。
「【無価値な感情に引きずられ、出力を低下させた個体を確認。排除する】」
影のフォルムが放つ漆黒の極大レーザーが、空気を焼き切りながら迫る。以前の俺なら、その圧倒的な暴力に立ちすくむしかなかっただろう。だが、今の俺の右手には、砕けた『たわし』の欠片が、心臓の鼓動と同じリズムで脈動していた。
「トラン、フォルム! 合わせろ!」
「はい、主様!」
「了解だよ、ご主人様!」
記憶は白紙のままだ。だが、体が勝手に動く。
俺は二人の肩を掴み、己の全魔力を無理やり流し込んだ。失ったはずの経験値ではない。今この瞬間に沸き上がった「こいつらを守りたい」という剥き出しの意志だ。
ドォォォォォン!!
影のレーザーを、トランの盾が真っ向から受け止める。
以前の「虚無」の盾ではないが、今の彼女の盾は俺の魔力を吸って黄金のオーラを纏い、物理的な衝撃を「気合」で跳ね返していた。
「くっ……重いですわ! でも、たわしで磨いたこの盾の意地、見せてあげますわよ!」
今度は影のトランが行動を開始しようとしている。
「させるか! フォルム、いけ!」
俺の叫びに呼応し、フォルムが影のトランの懐へと飛び込む。
影の俺が冷酷に指を振ると、影のトランが鉄壁の防御を固めるが、本物のフォルムは不敵に笑った。
「無感情な君には、この『可愛さ』は防げないよ! 『超・粘着イチゴ弾』!!」
放たれたのは、殺傷力ではなく「ベタつき」に特化した、かつての遊び心あふれる弾丸の雨。影のトランの盾がピンク色のジャムで覆われ、その視界と可動域を奪う。
「【非効率な攻撃・・・理解不能】」
影のトランが思ってもみない攻撃に対処できないでいる。
「今だ、トラン! 押し返せ!」
俺はトランの背中を全力で押した。
「『渾身・洗浄突撃』!!」
トランの盾が、汚れを弾き飛ばす勢いで影の俺の陣形を粉砕する。
吹き飛んだ影の俺が、空中で体勢を立て直そうとする。だが、そこにはすでに、俺とフォルムが待ち構えていた。
俺は右手に握った『たわしの欠片』を、フォルムのマシンガンの銃身に叩きつけた。
「これが俺たちの、『絆』だ!!」
欠片が銃身と融合し、真っ白な光を放つ。
フォルムの瞳に、いたずらっぽい輝きが戻る。
「とっておきだよ! 『全自動・思い出乱射』!!」
放たれたのは、弾丸ですらなかった。
それは、買い物で笑い転げた記憶、美味しいハンバーガーを食べた感覚、そして俺が忘れてしまったはずの「暖かな日々」の概念そのもの。
「【エラー……理解不能……感情エネルギーのオーバーロード……】」
影の俺達は、その輝きに耐えきれず、ひび割れていく。
冷徹な「最強」は、泥臭い「今の絆」の前に、呆気なく霧散していった。
「最強の力なんていらない。俺は、こいつらと笑える未来を選ぶ!!」
パリンッ、というガラスが割れるような音。
影の俺は光の粒となって消え、最深部のホールに静寂が戻った。
俺は膝をつき、激しく肩で息をする。
「……はぁ、はぁ……勝った、のか?」
「主様!!」
「ご主人様!!」
二人が俺に飛びついてくる。その重み、温もり。
記憶はまだ戻っていない。でも、この子たちが俺の宝物だということは、魂の深いところで理解していた。
アリア様がゆっくりと歩み寄り、静かに拍手をする。
「……合格です。力でも記憶でもなく、その『不確かな想い』で理を覆すとは。これこそが、私が見たかった可能性かもしれません」
アリア様が手をかざすと、俺の右手に、再び新しいアイテムが出現した。
それは、砕けた欠片が再生したような、『黄金に輝く新品のたわし』。
「それは『絆の証』。あなたがこれから新しい記憶を刻むたび、それはどんな武器よりも鋭く、どんな盾よりも硬くなるでしょう」
「……ありがとう、アリア様。これ、大事にするよ」
俺は、まだ少し泣きそうな顔をしている二人の頭を撫でた。
・・・だが、なんで「たわし」なんだ? 俺はそこだけがずっと気になっていた。




