幕間 クオノール・イーブルク ③
「なんなのよ……!!」
私は何が起こっているのかさっぱり分からなかった。
モブから突然破門などという物騒な言葉を聞かされ、その後、実家へと連れ戻された。これからイーブクル公爵家からも離縁されることになると青ざめたお父様から告げられた。
本当に訳が分からなかった。
お母様は泣いていた。
――この国自体が、神の怒りを買ってしまったと。
そして私は部屋から出してもらえなくなった。エラとエニーナからも引き離されている。
実家に仕える侍女達の目が心なしか冷たい。
どうして私がそんな目を向けられなければならないのか。私は「ただの侍女だったのに」の記憶があるからこそ、最善を尽くそうとしたまでなのに。
“エラ”のことも保護してあげて、アニメの時のように苦労をしないように行動してあげただけなのに。
それは竜神教にとっても悪いことではないはずなのに。なぜ、こんなことに?
もしかして誰かに冤罪でもかけられてしまったのだろうか。悪妻だからと、物語の強制力が働いているのかもしれない。そう思うとぞっとした。
でももしそうだというのならば“エラ”が私のことを助けてくれるはずよね。だって私は“エラ”によくしていたのだもの。
だからまだ、巻き返せるはず……!! なんて、私は思っていた。
「クオノール……」
「お父様!! きっと何か誤解があるのですわ。私は竜神教に破門されるようなことを行っておりません!!」
「……お前は、自分のやったことを理解していないのか?」
「やったこと? 私は恥じるようなことをしておりません」
はっきりと私がそう口にすると、お父様は大きくため息を吐いた。
「本当に、そう思っているのか? まず第一に、クオノール、孤児院から引き取った少女が竜の血を引くかもしれないと思った上で行動を起こさなかったのは本当かい?」
「そんなことは今――」
「いいから、答えなさい!!」
なぜ、今、そんなことを問いかけるのだと話を変えようとして――、お父様に怒鳴られる。
お父様からこれだけ大きな声で言われて驚いた。
「だから、なんだというの?」
「それが大きな理由だという自覚がないのか? 竜神教の役割について伝えていたはずなのだが……まだ、把握していないのならばこんなことにはならなかったものの……」
「竜神教の役割? 何を言ってらっしゃるの? “エラ”が竜の血を引くからといってなんだというの? アニメではこんなこと――」
勢いのままにそういってはっとする。お父様の前で“アニメ”だなんて口にしてしまった。
「竜神教は広く開かれている。ただその本義は、竜神様と竜人様のためにある。だからこそ、竜に纏わる者を見つけたら竜神教への報告をしなければならない。竜に纏わるお方だと知った上で侍女として仕えさせていたことはあの方々の怒りを買うのは当たり前のことだ」
「なに、それ? 竜に纏わるとはいえ、同じ人族でしょう! 確かに私はそのことは知らなかったかもしれないけれど――」
「知らなかったことが問題だ。……イーブルク公爵領は確かに竜神教の影響の少ない場所だが、我が領地は違うだろう。幼い頃から竜神教のことは説明していただろう。……お前に前世の記憶があり、この世界の劇のようなものを見てきたことは説明も受けている。だが、だからといってクオノールのやったことは看過出来るようなことではないのだ」
お父様の言う言葉がかみ砕けない。“エラ”のことを知った上で、侍女にしていたのが問題だなんて、凄く傲慢な考え方だ。
それに私が前世の記憶を持っていたり、この世界のことを知っていることをお父様も知っているなんて、どういうことなの?
「幸いにもお前が侍女にしていた“エラ”は竜の血を引かなかった。だからまだこの程度で済んだのだ」
「どういうこと? エラとエニーナが“エラ”じゃない? それならそもそも竜神教が怒る意味もないじゃない! 違ったなら――」
「その考え方がまず駄目だと言っているんだ。……本当に竜に纏わるお方じゃなかったとしても、その可能性が少しでもあるのならば報告をしなければならないのだ。違うからといって問題ないじゃない。……それに前世の知識だからといって、竜神様にとって害のある薬を準備していたのだろう。お前の言う“エラ”はエラとエニーナ本人だったら、薬を飲ませたつもりなのだろう?」
お父様はまるで子供に説明をするかのように、そう口にした。それの何が悪いというのか分からない。
だってアニメの“エラ”は自分からその薬を飲んでいたのに。
「異世界にその劇が広まったのは、竜神様を害そうとした愚か者の影響だとも聞いている。その点は同情すべき点だろう。しかし、その劇の内容だけを信じて竜神教の教えを理解せずに行動をしたのはお前自身だ。竜神様の竜化を止め、下界に留まらせようとする動きの手助けをしたのだから……このようなことになるのは仕方がない。どうしてクオノールは相談をしなかったのだ。誰か一人にでも相談をしていれば、事前に防ぐことは出来ただろう。そうすればこんなことにはならなかった」
お父様が呆れたような、悲しそうな表情でそう言った。
――お父様の言う劇。私の大好きだったアニメ。それが広まったのが竜神を害そうとした人の仕業だなんて、嘘でしょう? だって異世界よ? そんなことが出来るわけないじゃない。
そう、正直思った。だけど、お父様の目は真剣だった。
それならばその広めた者達が悪いのであって、私は悪くないと言おうとしてそれもお父様にとっては関係がないらしいというのが、『竜神教の教えを理解せずに行動したのはお前自身だ』という言葉からも分かる。
「そのような動きをしていた長命種の方々の影響をこの国は長い間受けていたようだ。特にイーブルク公爵領は……。そのため、我が国からしばらくの間、竜神教からの加護は失われる」
「加護?」
「……竜神教の教えを正しく理解している貴族なら分かっていることだろうが、改めて説明をする。この世界は竜が創ったものであり、竜神教の広まる土地には竜の加護が与えられている。多くの国々が竜神教を信仰する大きな理由の一つがそれであろう。元々人が住むことの出来ないような土地も、竜神教を信仰する土地は竜の魔力が満ち、暮らせるようになるのだから」
お父様の言う言葉の意味が、本当に分からない。竜人の加護があるからなんだというのだろうか? 同じ人族が土地に影響するなんてありえないだろう。
信仰心を集めるために大げさに言っているのではないかと思ってしまう。だから“加護が失われる”と言われても何が何だか分からない。
だから、なんだというのだろうか。
「……これがどれだけ大きな問題か分かっていないようだな。竜の加護が失われ、竜の怒りを買った国と他国が交流を持とうとすると思うか? 外交にも大きな影響を及ぼすだろう。竜神様も、竜神教自体をこの国から撤退させることはしないとおっしゃってくれているそうだ。やらかしたのはあくまで一部だからと。ただ加護が失われればどうなるか分からない」
お父様の言うことが、分からなくてただ私は黙ってその言葉を聞いた。
加護なんてそんなものあるはずがないし、そんな力を竜人が持つはずがないのだから竜神教はそのままならいいじゃないかと思った。
「そして竜神教から破門をされたお前は、もう貴族としては生きて行けない。そして居場所なんてないようなものだ」
「貴族として生きていけない? どうして?」
「はぁ……竜神教は、くる者拒まず去る者追わずの宗教である。竜神様の怒りを買うことがなければ、破門になることなどありえない。そんな寛容な竜神様や竜神教を敵に回すようなことをお前は行ったのだ。どこにいっても、受け入れられることはないだろう。貴族はまず無理だ。そして、平民達も“竜神教を破門になった”と知られればクオノールを喜んで迎え入れる場所はないだろう」
お父様はそう口にした。
竜神教から破門をされることなど、ほとんどないことなのだと。そして竜神教からここまで怒りを買うこともあり得ないのだと。
貴族だけではなく、平民も受け入れないだろうと。
「竜神教の関わりのない場所だったとしても竜神教から破門されたものを受け入れることはない。どこの国に行ってもそうだろう。……私達も親戚たちからクオノールと縁を切るように言われている。しかし、親として放り出してしまえば命を落とすと分かっていてそれは出来ない。ただお前にはこれからのことは考えて欲しい。竜神様から許していただけるように心を尽くすのが一番だが……」
そう言ってお父様は私を見た。
――竜神教から破門されたものを受け入れる場所はないなどと言われてもぴんとこない。
前世だと悪役は、国外追放されたり、修道院に入ったりしていた。
そういう居場所のない、ざまぁされた者の末路のように実際に国外追放されたり、修道院に入ることになった者はこの世界でも居たはずだ。
それこそ犯罪を犯したり、貴族として生きていけなくなったものがそうなることもある。貴族として生きていけなくなっても平民として生きていけるはずだ。
「お父様は大げさよ。幾ら竜神教から誤解で破門をされていたとしても、居場所がないなんてそんなわけ――」
「あるんだよ。……本当に現実が分かっていないのだな。私はお前が他とは違う思考をしていることは気づいていた。でもこれまで問題がなかったからそこまで気にしてこなかった。だが、ここまで常識知らずに育っているとは……。もっと早くに気づけていれば別だったのだが、本当に悔やまれる」
お父様はそう言って表情を暗くしていた。それから私は屋敷から出してもらえなくなった。
そして竜神教のことを改めて学び直した方がいいと、神官が私の元へとやってきた。
その神官は私のことを侮蔑している様子で、だけれどもまるで子供に教えるかのように説明をする。
竜神と、竜人の違いについてなども含めて。
だけど説明をされても中々理解が出来なかった。だって世界を作った竜が今もなお生きていて、世界に干渉しているなんてありえないもの。
そう思って私は反発した。
竜の加護がなければ大変なことになるだなんて、そんなことはあり得ないと思っていたから。あくまで大げさにお父様が言っているだけだとしか思えなかった。
――だけど日数が経過するにつれて、理解したくなくても理解せざるを得なくなっていった。
侍女達が私に必要最低限しか関わろうとしない。
部屋から一歩も出してもらえない。
お父様や私に竜神教を教えようとする神官ぐらいしか訪れない。
――今まで交友のあった友人達からの手紙も一つも来ない。私があれだけ面倒を見たエラとエニーナだって。
神官に「アルバストに会いたい」などといったら物凄い剣幕で怒られた。
竜神に懸想するなんて恐れ多いことだと。竜神側から人族を求めて結ばれることは問題ないが、竜神側が望んでもないのに人族側からそう言う感情を抱くこと自体が無礼だと。
相手は神なのだからと。
何度も何度も言い聞かせられて、竜神が竜人とは違うものだというのを受け入れる。
それでも前世から会いたかった人に会えないことは嫌だった。私に対してある程度、竜神教のことを教えた神官は、仕事を終えたとばかりにそのままやってこなくなった。
――お父様達から外に出してもらえず、この生活をなんとかしたいと屋敷の外に出たら物凄い罵倒を受けた。
私がやらかしたとんでもないことのせいで、この領地に住まう領民達が風評被害を受けているのだと。
なんとか屋敷に戻ってお父様から「なんで外に出たんだ」とそう言われる。
ただお父様が私のことを心配してくれていたことは分かった。
……お父様達が私を部屋から出さないのは、ああいう人たちが居るからなのだと。
そして別の場所に移動させようとしないのも、その預け先が大変なことになるからだろうとも。
そこまで分かると、流石に顔が青ざめてしまった。
――私はこれからどうしたらいいのだろうか。一気に分からなくなってしまった。
途方に暮れたまま、私は部屋で過ごすしかなくなった。




