幕間 クオノール・イーブルク ②
「ねぇ、やっぱり何も変化はないの?」
私、クオノールはつい強い口調でエラとエニーナにそう口にしてしまった。
二人が困惑していることは百も承知だけれども、「ただの侍女だったのに」と同様の変化が彼女達に訪れないことが私を苛立たせた。
本来ならば、この時期にはもう既にヒロインの身体には鱗が現れるべきなのに。
――いつまで、こうして愛もない結婚をしていなければならないのだろうか。
アルバストと結ばれるためにも夫との仲を深めないようにしているのに。折角前世の記憶があるというアドバンテージがあるから、こうしてこれまでの人生は上手く行ってきた。
それなのにここにきて、肝心の“エラ”にヒロインがこれではそもそもアルバストとの関わりが持てないではないか。
私が孤児である二人をこうして引き取ったのは、そのためだったのに。
――私の望む未来を掴むために。そして、アルバストと会うために。そのためにこれだけ努力してきたのに。手間をかけたのに。
そう思うとどうしても苛々してしまって、周りに優しくしようと心がけていたはずなのに態度にたまに出てしまった。いけない。
私は「ただの侍女だったのに」の悪妻のようなヘマはしない。周りからの好感度が下がらないように良い女主人が出来ているもの。
悪妻なんてものに転生してこれだけ苦労してきた私なのだから、アルバストとぐらいあわせてくれていいのに。なんて、神様は意地悪なのかしら!!
深呼吸をする。
私はいら立ちをぶつけてしまわないように気をつけつつ、待つことにした。
――そういえば薬を卸してくれたエルフ達と連絡もつかない。
そろそろ購入していた薬の在庫がつきてしまうのに。
あの薬はとても高価なものであった。エルフ達の長年の研究によって生み出された素晴らしいものなのだと聞いている。そのようなものを人間である私に渡すことに彼等は最初は躊躇していた。だけど私が上手く説得をした結果、購入することが出来た。
薬を保持しておかないと、“エラ”の竜化が進んでしまうと聞いているのに。
それにしても考えれば考えるほど“エラ”は不思議だわ。普通の竜人なら生まれながらの竜人らしいのに、“エラ”は人間として生きていた。それなのに突如として鱗が生えるなんて不気味だ。
“エラ”の出自はアニメでは明かされていないし、神の国との関わりは分からない。
ただそういう、普通とは違う面があるから孤児院で育つことになったりもしたのかもしれないなんて思った。
だってこれって要するにいわゆる変異種というか、隔世遺伝みたいなことでしょう?
私は竜人について詳しく知っているわけではないけれど、自分が産んだ子供が想定外の見た目をしていたり、突然鱗が生えたりしたら戸惑うのも当然だものね。
この世界では竜神教という宗教が一番の勢力を誇っており、私も両親に連れられて神殿に行ったことはある。竜が世界を作ったというのが、この世界では一般的な逸話だ。
竜人が大切にされているのも、だかららしい。
竜が見守ってくれているから、平和に過ごせているというのが一般的な考え方らしいが流石にそれは信仰心を集めるために大げさに言っているだけだと思っている。
だって神の国が存在しており、そこで竜人などの異種族が沢山暮らしているにしても実際に世界を作った竜が今もなお生きているなんてありえないもの。
前世でも様々な神話があったけれど、この世界の神話はこういう感じなんだなと話半分で神殿での話は聞いていた。
嫁いだ先の公爵領では、竜神教の神殿の数はそこまで多くなかった。それに公爵家は竜神教との関わりが薄いようだった。どちらかというとエルフ達の方が勢力が大きいようだった。
前世で「ただの侍女だったのに」を読んでいた頃は、そんな事情は全く知らなかったわ。やはり現実だと物語とはこうも違うのねと思った。
それにしても竜神教って、世界中に広まっていると言われている割にどれだけ良い影響を与えているかさっぱり分からないわ。宗教を否定するわけじゃないけれど、前世の記憶もあるから周りと同じような熱量を持って信仰をすることが難しかったりする。
もし神の国へと向かうことが出来たのならば、竜神教の在り方について話してみたいものだわ。
竜神教は竜の血を引く竜人の権力が強いようで、エルフなどの違う種族の中にはそのことを不満に思っている人も多いらしい。一つの種族だけで固まっているのもある意味、問題なのかもしれないと私としては思ったりする。
竜神と、竜人という違いがあるらしいという噂を聞いたことがあるけれど、それってどういう違いなのか私は知らない。ただ想像するに、人間国家における王族が竜神で、民が竜人と使い分けているだけなのかなとは思っているわ。
そのあたりもアルバストと会えたら聞くことが出来るのかしら。
そんなことを考えるととても楽しみになってきた。
“エラ”のことを保護して大切に扱っていた私の事を知ったら、アルバストも感謝をしてくれるはず。
そしてそうなればこちらの望む形に持っていけるはずだわ。
だからこそ、そのために頑張ろうと改めて決意したのだけど――、
「え?」
突然、私は契約上の夫から呼び出しを受けた。
何の用だろうか。何か言いがかりでもつけようとしているのだろうか。などと、そんなことを思いながら向かった先で、青ざめている夫の姿があった。
顔色が悪く、とても情けない。
そんな夫の前には、冷たい瞳を浮かべる数人の男性の姿があった。
「竜神教の総本殿より、通達がありました。竜に対して、無礼な真似が行われたと。そして、クオノール・イーブルク。あなたの行いは特に悪い。竜神教は、あなたを破門にすると」
そんな想定外のことを言われた私の頭は真っ白になった。
それと同時に、どうしてモブにこんなことを言われなければならないのかと怒りが湧いた。
――その時の私は“竜神教から破門にされる”という意味を理解していなかった。




