「神の国へ到着 ⑤」
私の意識が完全に残っていることを悟られてしまったのは、お父さんとお母さんの元から連れ去られて何年も経ってからのことだった。
その当時、前世の記憶は完全に思い出していなかったものの、うっすらと記憶の奥底にそれは残っていたのだと思う。だからこそ、卵の中に居た私は何とかこの場から逃げ出そうと耐えていたのだ。
私が聞いていないと思っているのか、時折誘拐犯たちは言葉を交わしており、情報をなんとなく知ることは出来た。
「本当に生きているのか? 身動き一つ取らないが」
時折、そんな声も聞こえてきた。私が卵の中で亡くなってしまっているのではないかとそう危惧しているようだった。ただ竜が簡単になくならないことや卵の魔力が喪失していないことから“生きている”と彼らは判断したらしい。
「これで亡くなられたら、これまでの苦労が水の泡だ。あの方は竜神様として覚醒するであろうと予知されたこの卵を地上で繁殖させるために異世界にまで干渉したと聞く」
「そうだよな。そんなことまで出来るなど、流石、ムエレーザ様だ! 最も神に近いハイエルフの座は伊達ではない」
私の元へ来る人達は明確に油断していた。竜神族のことを実際に知らない人も多かっただろう。
私がその会話の内容を理解出来るだけの知能を持ち合わせているとは思っていなかった。
ただまだ産まれても居ない私は会話の全てを理解出来ているわけじゃなかった。
「今日は実験体である竜人達が暴れて大変だった。大人しく言うことを聞いていたらいいのに。奴らはやはり野蛮だ」
「竜人でこれなのだから、この卵から産まれた存在が暴れたらどうなることやら……」
「そう心配はしなくていいだろう。そのためにムエレーザ様は実験をなされているのだ。この卵は下等な人間として最初は産まれるそうだから、竜神族としての覚醒を停滞させればただのエルフである我らにだってどうにでも出来るはずだとおっしゃっていた」
実験。
竜神と、竜人。読み方が一緒だから、卵の中から聞いていた私はその違いが分からなかった。
不穏な単語に、私に声をかけてくれていた優しい人たちが何か辛い目に遭っているのではないかと怖かった。
竜神族がどれだけ力を持っているかも知らなかったから、もしかしてお父さんやお母さんも酷い目に遭っていたりするのかと苦しかった。
意味が分からない言葉を、ただ必死にかみ砕き、理解しようとしていた。彼等の目的を知ることが出来れば、お父さんとお母さんの元へと帰れるのではないかと思ったから。
そして時折、名前が出される“ムエレーザ”という人が来る際は、特に私は自分の気配を消そうと必死だった。
その人は、大きな魔力を持っていた。
それでいて、魔法の扱いにも長けているらしかった。
周りで話された言葉から推測するに、“ハイエルフ”と呼ばれる種族だった。
「本当に眠ったままなのか? 連れ出した時以来、反応はないと聞いているが……」
不快そうな声が聞こえてきて、怖かった。私に意識があることを知られたら、この人はどうする気なのだろうかと。
その人、ムエレーザは私が起きているかどうかを調べるために恐ろしい真似をした。
彼らの言う実験に使っていた竜人……それもまだ幼い子供を私の卵の目の前に連れてきたのだ。
その小さな子供は私の卵を見た瞬間、大きな反応を見せた。
「まさか、神の子を攫ったの!? はやく卵を――」
おそらく相当焦っていたのだと思う。竜人としてその子は、竜神族への敬意を忘れていなかった。
だから自分もとらえられている状況でもムエレーザに反発しようとしていた。その結果、その子供は酷い目に遭っていた。
傷つけられ、悲鳴が上がった。
怖かった。
その子が死ぬのではないかと、恐ろしくなって私は動いてしまった。
そして私が“起きていること”を知られてしまった。それから私の自我を徹底的に壊すために、ムエレーザは動いた。
魔法を使い、恐怖を植え付け、まだ赤子の私の精神が耐えられずに眠ってしまうように。
これだけ大それたことをしておきながらも、根本的に竜神族に対する恐れがあったのだろうと、想像が出来る。
だから、私からの報復を恐れた。私が竜としての自覚を持ったまま育つことを懸念した。
私がただの人間の子として産まれ、生きて、そして自分達にとって都合の良い存在として下界でつかえるように――。
そのために卵の中に居た頃の記憶を、私が持っていることは彼等にとって不都合だった。
だから私が“起きている”ことを知ったムエレーザとその下につく者達は、これだけ長い間準備をしてきたことが私の自我一つで無意味になることを恐れていたらしい。
――その結果、私が卵から孵った時にはすっかり卵の中に居た時の記憶は頭の中へとしまいこまれていた。
それにムエレーザは私に魔法もかけていたようだった。
――なぜ、エルフ達で育てなかったのか。孤児院にわざわざ預けるなどという遠回りのようなことをしたのか。
それはあくまで推測でしかないけれど、竜神族への恐れがあったからだろう。ハイエルフやエルフと過ごすことで、卵の頃の記憶が思い出されるかもしれないと思ったからかもしれない。
そうして私は孤児院に“エラ”という人間の女の子がよくつけられる名前で預けられ、自身が竜であることも知らずに生きて行くことになったのだ。




