「神の国へ到着 ④」
それは私が卵の中に居た頃の記憶だと思われる。
真っ暗な空間。……おそらく卵の中? そこで私はただ穏やかに過ごしていた。
前世の記憶も思い出していない状態で、ただ優しく穏やかな魔力に包まれていた。
お父さんとお母さんが何度も声をかけてくれていた。
卵の中に居た私は言葉を理解するまで時間はかかっていた。だけど、ずっとお父さんとお母さんの声が聞こえてきて、その結果、私は少しずつ言葉を覚えて行った。
「ペルラティナ、おはよう」
「今日は良い天気よ、あなたが産まれたら一緒に散歩をしましょう」
優しい声が、ずっと聞こえてきていた。微睡の中に居た私は、眠っていることも多かった。
だけど起きている時、私が卵の中で動くとお父さんもお母さんも嬉しそうにしていた。
その声を聞くと産まれるのを望まれているんだなと、早く外に出たいなってずっと思っていた。
卵に声をかけてくるのは、お父さんやお母さんだけじゃなかった。
おそらく他の同族たちの声だったのだろうと今なら分かる。
いつまで卵の中に居るのか分からなかった。すぐに外に出て、両親と話したいってそんな気持ちはあった。
沢山話しかけてもらって、慈しんでもらえていたから私はそれなりに考える力が卵の内からついていたと思われる。
――ただ中々外に出れなくても、両親の声を聞くことが好きだった。周りの人達が、外から「産まれてくるのを楽しみにしているよ」「人間として産まれて、何として覚醒するかしら。楽しみだわ」「どんな子だろう?」とただただ私が産まれてくることに肯定的な声だけが聞こえてきていた。
穏やかで優しい世界。
卵の中に居た私は、人の悪意などを全く知らずに外の世界の希望だけを抱いていた。
だけど、ある日、その世界は崩れた。
不穏な気配が私の卵に近づいてきた。基本的に私の元へやってくる存在は限られていた。
私に対して優しい声をかけてくる者達以外居なかった。
だけど、その人は――様子がおかしかった。優しい言葉しかかけられてこず、暖かな世界で生き続けていた私は自分に何かしようとする人がいるなんて思わなかった。
だから誰かが近づいてきて、少し変な気配がしても無邪気に卵の中から挨拶をした。左右に揺れて、起きているよって分かるように。
私がそうやって動くと、周りの皆は「おはよう」と挨拶してくれたり、「今日も元気だね」とそう言って笑ってくれた。だからそうやって、笑ってくれることを期待していた。
だけど、その人は笑ってくれなかった。
よく傍に居てくれたお父さんやお母さんと同じ気配じゃなかった。この場に居る人が、父さんたちとは違う種族だっていうのはなんとなく分かっていた。
それでも私に何かするなんて思っていなかった。
――それなのに、その人は卵を持ちだそうとしていた。
なんで、どうして? お父さんとお母さんは知っているの? どこに連れて行こうとしているの? って、私は卵の中から反抗した。
まだ産まれてもない状態でも沢山話しかけてもらえたからこそここから連れ出されるのは駄目だってそれは本能的に理解していたのだ。
卵の中。未熟で、人間として産まれる予定でもあり、当然魔力の扱いなんかも分からない。それでも……必死になんとか、この場に留まろうとしていた。
私の異常に気づいたら、きっとお父さんやお母さんたちが駆けつけてくれるだろうと思って。
けれど私は無力な卵の中の赤ん坊でしかなかった。
大人――それも所謂長命種であろうその人の魔法にねじ伏せられて、気づいたら意識を失っていた。
そして気づいたら、全く知らない場所に移動していた。全く馴染みのない魔力の充満した場所。
お父さんとお母さんと一緒に居た場所は、優しい魔力で満ちていた。話しかけてくる人たちが皆、柔らかい笑みを浮かべていて。卵を魔力で包んでくれたり、私が健やかに産まれるように接してくれていた。
それなのに、その場所はとても冷たかった。
何が、と言われると空気や魔力が。私を受け入れているわけではなくて、ただ時折聞こえてくる声が、この場にはお父さんやお母さんがいないことだけは分かって悲しかった。
「竜を地上に留められれば、それだけで地上は豊かになるだろう」
「竜は恵まれた存在なのだから、一体ぐらい下界のために使ってもらってもいいだろう」
――時折聞こえてくる声。
卵の中にいた私は、赤ん坊だったからその言葉の意味を完全に理解することは出来ていなかった。
私の卵の傍に居たのは、たった数人だけ。
その中には、私という存在を恐れている人もいた。卵の中にいるのに。
「ああ、本当にこんなことをしていいのだろうか。ムエレーザ様は竜を一体ぐらい地上に堕としても問題がないと、そうおっしゃっていたけれど。いや、大丈夫なはずだ。幾ら、竜神様とはいえ、まだ産まれてもない卵だからそこまで仲間意識は持たないはず……」
それでも私が竜の子だからと、本当に大丈夫なのかと気にしている人は当然いた。
その時に私は初めて、“竜神”という単語を聞いた。竜のことも、お父さんやお母さんが話してくれること以外は知らなかった。
ただここから逃げられたら、“竜”という存在を探せばいいのだとそう思った。
卵の中の私は不安だった。お父さんやお母さんや、これまで聞こえてきた優しい声が聞こえてこないことが。此処が、優しい場所じゃないって分かったことが。
ただここで騒いだところで、状況がまた悪くなるだろうとは分かっていたのだ。
――元の所へ、帰れるように頑張ろう。
そう私は決意して、息を殺していた。だけど……それは叶わなかった。




