幕間 クオノール・イーブルク ①
「おかしいわね……」
私、クオノール・イーブルクは思わずといったように呟く。
視線の先には、エラとエニーナの姿がある。美しい金色の髪をなびかせている二人。
どちらかが前世の私が大好きだったアニメ、「ただの侍女だったのに」の世界のヒロイン。
原作の小説やコミカライズされた漫画もあったらしいけれど、私はアニメしか見てこなかった。
私の一番好きなアニメである。
この世界に転生したと気づいた時、興奮と同時に絶望した。だって私は、「ただの侍女だったのに」の世界における悪役だったから。悪妻と呼ばれているどうしようもない女。
アニメを見ていた時、私は“クオノール・イーブルク”という悪妻のことをそれはもう嫌いだった。
あの悪妻は酷い目に遭えばいいと思ってならなかった。アニメで悪妻が退場した時にはそれはもう大興奮していた。寧ろもっとひどい目に遭えばいいとさえ思っていたぐらいだった。
だって「ただの侍女だったのに」における“クオノール・イーブルク”はそれはもう信じられないほどに酷い性格をしていた。周りを見下し、自分が第一であり、見た目が美しくてもあれでは周りから疎まれるのも当然だった。
幼い頃に前世を思い出した私は当然のことだけど、悪妻になるつもりはなかった。
ざまぁをされるなんて御免である。
私は前世でざまぁもののアニメを見るのも好きだった。すかっとするし、性格の悪い敵が痛い目に遭うのって楽しい。でも自分の身に降りかかるなら別だ。
私は悪妻として排除されるつもりもない。
前世の記憶があるのならば、それを活用して自分が幸せになる道を選ぼうと思った。正直、「ただの侍女だったのに」はストーリーや展開が好きだった。でもヒロインである“エラ”のことは正直微妙だった。
だってよくいるタイプのヒロインで、気づいたら色んな人に愛されているタイプだった。前世から私はそういうタイプの同性とはあまり仲良く出来ていなかった。
人ならざる者の血を引くという、産まれながらのチートな一面を持っているのだもの。最初から勝ち組じゃない。
とはいえ、自分のためにも“エラ”のことは保護したかった。アニメでは神の国と呼ばれる場所から訪れた美しい人。私が視聴していた範囲だと、分かっていることは少ない。ただ“エラ”のことを大切にしている風だった。
その美しい男性――アルバストの見た目がとても好みだった。美しい銀色の髪の、冷たい雰囲気を与える男性。
アニメのEDでは神の国の様子らしきものも描かれていた。金髪が多そうだったけれど他の髪色もあった。
アニメでも神の国についてはそこまで描かれていなかった。少なくとも私が見ていた範囲では。
アルバストはEDにも描かれていて、凄く素敵だった。
分かっていることは神の国からやってきたこと。“エラ”と関わりがありそうなこと。ヒロインとアルバストの関係は分からないけれど、あのアニメのメインヒーローは私の書類上の夫なのよね。
私はヒロインが夫とくっついたらそのまま引き下がろうと思っていたのだけど、今の所エラもエニーナも私の夫には興味がないみたい。寧ろ私によくしていないからと夫のことを嫌っている。
どちらが“エラ”なのか分からないのも問題よね。
ヒロインが居たとされている孤児院から引き取った金髪の“エラ”だからこそ、どちらかがヒロインのはずだけど。
それにしてもアニメであったような人ならざる者の血が流れていると分かる兆候がまだ表れていないの。
腕に鱗が現れると聞いているけれど……。
いつ、それが起こるのかしら。少しだけそのことにいら立ちを感じる。だって竜の血を引くとわかったら、すぐに報告が出来るもの。
エラもエニーナも孤児院から引き取られたことを感謝してくれていて、私のことを慕ってくれている。だから、「ただの侍女だったのに」と違う展開に至ったとしても良い風にしてくれるだろうとは思っている。
だってヒロインを味方につけていれば、よっぽどのことをしなければ破滅するなんてありえないはず。
折角、ヒロインに鱗が出現した際に抑える薬も手に入れたのに。地上では珍しいエルフと接触して、薬を入手することが出来たのだ。その薬も鮮度があるから、早めに物語が動いてほしいものだわ。お金がもったいない。
そういえば、エラとエニーナと同じ孤児院出身の地味な“エラ”もなぜかこの家に仕えていたのよね。モブならばモブらしく大人しくしていればよかったのに。
エラとエニーナの二人が夫に興味がなかったとしても、メインヒーローよ? 仮にもヒロインのお相手にモブが近づいていいはずないじゃない。
そもそもヒロインだから許されるのであって、孤児院出身の平民が書類上とはいえ私の夫に近づくのは気に食わないわ。
「ねえ、エラ、エニーナ。最近、何か変わったことはない?」
「え、なにもありませんが」
「特に何も」
エラとエニーナは私の問いかけに不思議そうにそう言った。
ああ、どうしてなのかしら。破滅を免れるために、そしてアルバストとの縁を繋ぐためにもヒロインを引き取ったのに。
何のために良くしてきたと思っているのだろうか。私がこれだけ努力をしてきたのも全てそのためなのに。
私はいら立ちを感じながらも、二人に何を言っても仕方がないと息を吐く。
「そう、何かあったらすぐにいってね?」
――早く、物語が動き出さないかしら。
そしたら私はアルバストに会えるのに。普通の人だと神の国へはいけないと聞いているもの。でも“エラ”によくしたら、きっと私の望む未来がつかめるはず。
だって私は前世の記憶と、「ただの侍女だったのに」の記憶を持つ転生者というアドバンテージを持つのだもの。
――物語が動き出し、アルバストに出会う未来を私は夢見ている。その未来はきっとすぐに来るはず。




