04.スーパー由美子ドライブ
ザッ
ザッ...
...この世の至るところにありふれており、あらゆる物質をすり抜けるという非実的存在『魔素』。
それを体内で半実的なエネルギー『魔力』に変換できる生物を『魔物』という。
この定義に当てはめるのならば、人も魔族も魔物のはずだけど...どうやら知能が極端に高いと、その枠からは外れるらしい。
...そんな魔物だけど、決して油断できる相手ではない。
彼らは本能的に知っている。
獲物を殺す術を──
「──そう、君のことだよ」
ザッ...!
「ツノイノシシ...!」
牙が異様に発達し、あたかも角のように見えるイノシシ。
本日の僕のお目当ての魔物だ。
「ブフゥ...」
「フゴォッ!!」
僕の膝ほどの大きさのそれは、鼻を荒らげると同時に 外敵たる僕に向かい真っ直ぐに突進する。
ザリィ...
ジャッ!!
それに合わせ、僕は斜め前に飛んで抜ける。猪はそのまま木へと激突し...
ゴ スッ!!
「──ッ!!」
ミシ...ズズウン...
いとも容易く、木を根本から地に伏せた。
ともすれば、折れてしまいそうなほど不自然に長い牙。それも魔力を纏わせることで、岩をも貫く矛となる。
「フゥ゙!フゥー!...!!」
...でも、それができるのは僕も同じさ!
「フゴォ!!」
猪は再びこちらに向き直り、またもや突進を繰り出す。
僕はそれに対し、軸をずらすように体を運び──
「──シッ!!」
バコオッ!!
こちらも魔力を拳に纏い、カウンターを側頭に叩き込む!
「...!」
猪は地を滑り倒れ込む。
「...ふうっ」
どうやら気絶したみたいだ。
「どうですか、由美子さん──」
僕は自身の狩りの結果を彼女に見せようとする。
「──うわっ」
そうして振り向いて、目に入る...酷い光景。
森の平地に山と積まれた魔物、その傍らに立つ裸の少年。
つまりヒール。
「二色蛇も一撃かいな...」
由美子さんが乾いた笑い混じりに彼に話しかける。
「やっぱし転移の奇襲が強いけど、単純にパンチがおっそろしく速えな」
由美子さんは手放しにヒールを褒めた。
「他には」
彼はぶっきらぼうに彼女へ尋ねる。
「んーにゃ、デキすぎてもう助言もなんも無いや」
「試験官気取っとったんが恥ずかしいわ」
彼女は口をつんのめらせて言う。
「...」
僕も呆然と、その魔物の山を眺めるに過ぎなかった。
自分で頑張って倒した、ちいこい猪には目もくれず。
......この情景へと至るには、今日の朝まで少し時を遡る───
─
──
───
淡い光が町を包む。4月の太陽の朝は早い!
「──よおしっ!」
僕はそう言って足を止めた。
今日は土曜日、学校は無し。
ヒールは再来週に 初登校を控えている。
「...」
ヒールは白光する海を眺めながら、かまぼこ型の倉庫に足を向けた。
それは僕の通う『フルオロギルド』。
そしてヒールもそこに通うことに決まった。
家賃、学費、生活費。やっぱりお金が必要な中で、彼の得意の狩りを活かすにはギルドが適当だ。
「──おう、リンちゃん!」
硬いシャッターを通ってすぐ挨拶を飛ばすのは、筋骨隆々のお姉さん。
「はい!おはようございますっ」
これこそが、僕の尊敬する団員の由美子さんである。
彼女は椅子を軋ませて席を立つと、体軸にブレのない歩みでやって来た。
「...」「あん?」
静かに僕の背後に潜むヒール。それを見て彼女は怪訝な顔をする。
ああ、ヒールは人を警戒しているのだ!
ここは僕が取り持つ必要がある。
「紹介するよっ」
「いっ」
僕は彼の腕を掴み揺り動かして、彼女の正面に並ばせる。
「この人が由美子さん。25歳だけど、凄腕の狩人だよ!」
「なぜ年齢を言った?」
「...ニ鐘建 由美子だ、よろしく!」
彼女は筋肉質の頬をにこやかに、彼に向かって右手を差し伸べる。
「俺は ヒールだ」
彼は普通より半歩引いた間合いから、片言のような挨拶を返す。
当然のように握手には応じない...
「ははは、ヒールね」
彼女はコミカルな面持ちで手を引くと、気にも止めた様子なく僕ら2人を同時に見る。
「──昨日言った通り」
「由美子さんに、ヒールの腕前を見てもらうよっ」
「おっと...そういう話だったな」
彼女も切り替えて彼を見定める。
既に手続きは済み、ヒールはもうフルオロの一員である。そのため入団テストというわけではないが、実際ヒールがどの程度やれるのかを由美子監督のもと確かめてくれるのだ。
「自分の実力は、ちゃんと見極めとかなきゃな」
「身の丈越えた危険に首突っ込んで、それで若いのに死なれちゃ勿体無い」
顔をしかめて泣くふりをする。
「...俺は死なない」
「自分の実力ぐらい よくわかってる」
彼が強気に返りごつと、彼女は不敵に微笑んだ。
「そっちが分かってるつもりでも、こっちが安心できないからねえ...!」
由美子さんはそう言うと距離を詰め、ヒールの両目を見下ろした。
「!...」
彼女の瞳の中に彼の瞳が映る。その瞳にまた彼女の瞳が映る。
ヒールの左頬から汗が染み出す。
由美子さんは大人で、とっても大きい。しかもムキムキなものだから、人嫌いとは関係なく怖いだろう。
「...見ただけで 力が測れるとでも」
彼が痺れを切らし口を尖らせる。
「がはは!それは無理だな」
すると彼女は豪快に笑い飛ばし、ヒールから大きく顔を離した。
「ゴメンなあ、ナマ言うもんだからちょっっと意地悪しただけさ」
「...」
ヒールは不機嫌そうに彼女を睨む。汗は頬に再び吸収されていた。
「──ま、そろそろ行っか!」
「にょわっ!?」
彼女がドンと僕の背を叩く。
叩いた手は僕の背をなぞって、先を行く彼女の腰に振り戻る。
「...」
僕はヒールに目配せしてから由美子さんを追いはじめる。彼女は建物の外へ向かう。
...彼は渋々と僕の隣についた。
「...あいつ、苦手」
ヒールはゆっくり歩きつつ僕に心をこぼす。
「いきなり圧が強かったかな?」
「僕もあの人には『うわあ』ってさせられるよ、たまに」
僕では2人の仲立ちが上手くできなかったよ。
「だけど、ヒールもちょっとツンケンしすぎっ」
「丁寧に接してほしいなら、君も丁寧な態度をとらないと」
「ぐっ」
彼の口がきゅうと縮まる。
優しくされたいなら、まず自分が他者に優しくするコト...
...それは理想ではあるけれど、難しい。
きっとヒールにとっては特に。
「ねっ...由美子さん、ホントにヒールのことを思ってるんだよ」
「じゃなきゃ、わざわざ君の実力を確かめようとしない──」
──本来ギルドは、狩りは。死んでも自己責任だから。
「そうかよ」
「ああ そうだ...敬語の練習の見せ所か」
「!」
「そうだねっ、まずデス・マスとサン付けからやって──」
(──早く来なよ!)
「!」「!?」
喋りの最中、頭の中に由美子さんの声が響いた。
ヒールの背中が猫のように逆立つ。
「なんだ...!?」
「由美子さんが、早く来てって」
僕がしれっと駆け足にすると、ヒールもあたふたとして追いかけて来る。
「はあ...今、耳じゃなく頭に──」
「それが由美子さんの魔法!」
「後で説明するから、急ごうっ」
僕は戸惑うヒールを引っ張って、彼女の待つ方へとダッシュった。
しゅたっ...と駆けつけたその駐車場には、重たいエンジンが響いていた──
「乗りな〜」
──それは、由美子さんのスーパーカー!!
その天井は開閉可能。今日は晴れなのでパックリ開かれている。
トラック程ではないが荷台もついており、大きな獲物はそこに置いておける。
「失礼しますっ」「...」
僕とヒールは後部座席に乗り込む。
くどくはないエンジンの重低音が、胸に伝わって心地いい。
「ヘイ〜行きまっか!」
運転席の彼女が車をいじくると、そのまま僕らを乗せて動き始める。
ハンドルを切って道へ出て、由美子ドライブが始まった。
「よっと」
彼女がCDをガチャリとかける。
《あなたの好きな曲が流れていると思って!》
「...♩」
景色が前から後ろへと流れていく。家屋が水平に移動する。道路脇の並木が次々と、レーン処理のように来ては行く。
僕の隣にはヒールがいる。彼は例の如く、背中を背もたれにつけない姿勢。いつでも動き出せる体勢だ。
...だから、君はテレポートで逃げられるんだから、姿勢とかどうでも良いのでは?
...心持ちの問題なのかなあ。
「──なあ」
僕がそうしてヒール観察をしていると、当の彼がおもむろに口を開いたんだ。
「さっき俺に 何を...したんですか?」
ヒールが初々しくも敬語を用いて尋ねる。
「ん?」
「...ああ、『早く来いよ〜』って言った事か?」
彼女はルームミラーで彼をチラ見しながら答える。
「そう...です」
(──それはおれの魔法だな!)
「「!」」
(自分の考えてる事を、こうやって相手の脳に伝えられんだ!)
まさに今それを実行し、鏡越しにウインクを決めた。
「...へえ、テレパシーか」
ヒールはいたく関心した様子で言う。
「おお、周りからはテレパシーとか念話とかで通ってるな」
「距離に制限はあるのか?」
「遠くとの通信ほど魔力を持ってかれるが、よっぽど気にはならんな」
「ちなみに、おれが思考を送ったときにソッチからも思考を返せば、互いに会話だってできるんだぜ」
「それもできるんだ...!」
彼は身を乗り出して相槌を打つ。眉がぴょこりと上に伸びている。
「興味津々だね」
僕は左席の彼に呼びかける。
「ああっ」
「テレパシーといえば、『超能力』シリーズの定番だからな」
「あーはっ、それでか〜!」
「なんだそら?」
赤信号でアクセルを止めて、彼女がこちらへ振り向いた。
「魔法の無い世界で、魔法みたいに特殊な能力を持った奴らが登場する小説だよ」
ヒールがそんな彼女へと解説する。
「そこに出てくる能力者に テレパスがいるんだ」
「組織でもかなり重要な役割をこなしている」
そう語る横顔は、年相応のそれだった。
「...」
短い付き合いながら分かった事として、ヒールはかなりの本好きだ。普段はむっつり真顔ながら、本の事は楽しそうに話すんだ。
「あえ〜知らんかった、有名な作品なんか」
「有名ですよ!うちのクラスじゃ皆知ってます」
「人気なのは漫画版ですけどっ」
中学の頃なんかは、学校に持ち込んでいる人もいた。そして皆で集まって読むんだ。
「他にも火を出す奴とか念力使いとかいたりな」
「ほう」
「また今度読んでみてよ」
「おお、そうするわ〜」
「あと超能力でいったら、ヒールも───」
「──はっ!」
僕は言いかけて口をつぐむ。
「んん?」
「危ない危ない、ヒールの魔法をネタバレしちゃうところでした」
「?」
彼が不思議そうに僕を見つめる。
「あ〜そうなんだよリントってば」
「新入りの魔法が何なのか教えてくれないのよ」
青になった信号を見てアクセルを踏む。
「...言ってなかったのか」
「やっぱり実戦でのお楽しみにしておかないとっ」
「...あ、実戦で思い出したんだけど」
僕は思い出して話を変える。
「由美子さんが大範だって、ヒールに言ったっけ?」
「...だいはん?」
彼はキョトンとした顔で答えた。
「由美子さんは複数のギルドを掛け持ちしててね、その中にはあの大範もあるんだっ!」
「...その大範とやらは知らないが」
「ギルドを掛け持ちする意味はあるのか」
ヒールの疑問にまず由美子さんが答える。
「んまーギルドごとに契約料金払わにゃだし、損ちゃあ損だけど」
「それでもギルドごとに色が違って、ならではの美味しい依頼があったりすんだよな〜」
「なるほど」
「ねえ〜、話戻していい?」
僕はじとりとヒールに肩を寄せる。
「...はっ」
「掛け持っているもので最も位の高いギルドが、その大範なのだろう」
「...せいかいー」
腰を折られた僕の反応は、彼を得意げにしてしまった。
......しかし、それにしても。ヒールは大範も知らないのか。国民ならほぼ知ってるってレベルなのに。
なぜなら──
「──大範はね、ノルム国で唯一の国営ギルド。国が直接関わっているんだ」
「つまり大範の団員は国の代表みたいなものでね、だから中層への降下も許可されてるんだ」
「...あ?」
得意げだった彼の鼻がぴくりと震え、読めない感情で僕を見つめる。
そして喉を震わしてから口が開く。
「...大範と中層に 何の関係がある」
「あっ」
「それはね...ええと、ヒール」
...ひょっとしてヒールは、これも知らないのかも。
「──人と魔族が戦争してるのは、知ってる?」
「...?」
「......知ってるよ」
彼は少し長い沈黙の後にそう言った。
「それならよかった」
「安全な上層と違ってさ、中層には敵である魔族がいるからさ」
「敵...?」
「──危ないから、中層にしかない素材や獲物は、依頼として大範の団員がとってくるんだ」
「それだけじゃなくてね...もちろん国からの依頼で、魔族との闘いに加わる事もある」
僕は腰を折られた仕返しに、一息に台詞を言い切った。
「...」
「...だから由美子さんはね、実戦経験がスゴイ豊富なんだよっ」
...って、言うだけのつもりだったのに。ずいぶん話が変な方向に行ってしまった。
ヒールは真剣に何かを思い詰めている。
「...それで 中層に行ったことがあるのか」
と思いきや普通に喋りだした。
「おう...つうても、おれは魔族と戦ったことなんか一度もねえ」
「念話でメッセンジャーしとるだけだがや」
「情報の速さには価値がある」
「...むしろ それほど大事な役割なのに、ここで運転なんてしてて良いのか」
「おれがいなきゃ成り立たないってこたあねえ。代わりがいるさ」
「そうか」
「次の出動で死ぬかもしれねえんだし、こ〜して好きな事やっておかないとな」
「むむっ、由美子さんドライブが好きなんですか?」
「おうとも!」
高速道路にさしかかった所で、一際強くアクセルが踏み込まれた。
「うわあ!」
回る、もっと回り出した。僕らを支える四つの車輪が。
「高速でかっ飛ばすのがーたまんねえのよ!」
ハンドルが熱く握られる。
「悩みもストレスも全部吹っ飛ばすみてえにさ!」
四輪はアスファルトに回りつつ擦れて、薄っすら真熱を帯びてくる。
「おい、この速度は違法じゃないのか!?」
ヒールが慌てて問い詰めた。
「全っ然!まだアゲれっけどーどうする?」
「──もういい!」
「ハハハ!」
彼女が豪快に口を開く。
強く風を受け抵抗のかかる今でも、彼は前のめりな体勢だ。
「うんん、爽快だねっ!」
僕は顔を歪めるヒールを見て言った。
「全っっ然!!」
「ははは...」
僕はあくびみたいにふんわりと口を開ける。
自由の風を味わった。舌がパサつく乾いた風だった。
ヒールは風に引かれる僕の前髪を、小渋い顔で見つめていた。
やがて車は高速を抜け、粗っぽい地道を進み出す。そこからまたしばらく走ったら、ようやく目的の森へ着く。それはミルク草原の奥...
危険!
魔物がワサワサだ!
ノルムの大森林!
...そして───
──
─
「ひょえー...」
──今に至る。
僕の傍らにはツノイノシシ、ヒールの側にゃ山と積まれた魔物たち。
「おっと」
由美子さんはヒールとの会話を止め、今度は僕の方へ歩み寄る。
彼女は僕が仕留めたツノイノシシを見て言う。
「リントも良かったよ」
「ホントですか!」
「位置取りは完璧だったし、攻撃のタイミングと箇所もバッチリ」
「3ヶ月前よりウンと良くなってる」
「えへへっ」
僕は嬉しくなって思わず、指で顔を掻こうとする。
...土と血で汚れた手で顔を。
「ちょっと!顔が汚れちゃうよ」
「ああ、あっぶない...」
「んもう、大事にしなよー」
そう言って微笑む彼女とは別に、僕はヒールと目が合った。
彼は服も何も纏ってはいないが、しかし土や血の汚れも無い。
生物だけを転移させる彼に、汚れの一切は振り落とされるのだ。
彼の逞しい肉体だけが見えている......
「──うし!」
「うわあっ」
耳元で彼女の声を浴びせられる。
「いっぱい狩ったし」
「一旦車まで戻っか」
「そうですねー」
「じゃあ早速切り分けて箱に...」
そして僕らは山を見る。
「...うげえ、大変そう」
そしてゲンナリした。
コンパクトに収納するために、あれを全部いい感じに切らなければならない。
「俺だけなら 気絶させて転移で運べたんだがな」
「へえ、そりゃいいや」
「ま 今回は車で来ちったから、頑張って切ろか」
「僕も猪切ったら、そっち行きますよ」
「さんきゅ」
由美子さんはそう言って彼の方へ向かった。
僕が猪の頸に刃を当てる裏で、2人も作業にあたりつつ
こんな話をする。
「...これで 俺の実力は分かりましたか」
「くはっ!思い出したように敬語使いよる」
「...まだ練習中なのです」
「で どうなんだ。随分色々と狩らせやがりましたが」
「いやあ、ヒールが余りにイケるから〜こっちもノッてきちってさ」
「にしても肉捌くの上手いなあ、料理人?」
「──だから どうなんだ!? まだ俺を試すつもりか?!」
「んー」
「んじゃ最後にちょっと、意地悪なヤツいっていい?」
「イジワル?」
...その言葉に振り向くと、由美子さんがヒールに向かってニタリと片頬を上げていた。
「...何でもいい」
「俺に狩れない獲物はない」
切り裂かれた獣の頸口から、ドロドロと血が流れては溜まる。
死臭にむせかえる森の木々の外から、一筋の新しい風が吹き込む。
だがその風もまた 死の香りを運んでいた。
まだ僕らから遠く離れた草原で、巨大な爪を誇る四足の魔物が
地に貼り付けられたように倒れ伏していた。
気に入っていただけたら幸いです。
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