03.Diversity in 色取西高校
『色取西高校は、多様性を尊重します。
IESの審査を満たした教師陣によるリッチな高等教育のみならず、グループワークでの多様な価値観の共有や、職業体験による多様な世界への接触...
研究室へのアクセス、豊富な図書。交通料金の補助、大学提携活動...
どれも、これも、学生の多様な未来を照らすためにあるのです。
...我が校はその理念のため、一年中条件付きながら、転入生の募集をかけております。
希少な魔法。
珍しい身体的・精神的特徴。
稀な出自、生い立ち。
斬新な思想。
そのような、色取西高校の多様性を広げる学生を、常に求めています──』
ちり
ちり
ちり
──ちりちりちり、ちりちりちりと。5月の生暖かい陽光が、葉っ多な木々をかき分けて地を照らす。
光は行く場所を選ばない。体育館からグラウンド。庭園、プール、どこまでも。
光が校舎を見下ろした。長志青町、色取西高校。
校舎のニ階のある教室。四枚の窓とアクリル戸が一枚。ベランダを隔てるものである。
教室が、なんだか賑やかしな様子。
光は好奇心に駆られ、窓を抜けて中を覗いてみた。
生徒一同が席に座し、1名の男子が教壇に立つ。教師は傍らでそれを見守るのみである。
少年は硬い表情で口を動かした。
「ヒールです」
「好きな食べ物はミカンです」
「得意な事は狩りです」
「趣味は読書です」
「よろしくお願いします」
彼は台本を流し読むかのように、抑揚のない言葉を並べた。
「では、質問のある方」
中年の教師がヒールの表情を伺った後、座る多数の生徒に呼びかける。
真っ先に真っ直ぐに手を挙げたのは、教室の中央のある少女。
「ミカンは冷凍ミカンと焼きミカン、どっちが好きですかっ」
「...常温だよ」
「ありゃ」
彼の淡白な応答に、教室に温かな笑いがにじむ。
続く挙手には、穏和な表情をした男子。
「出身地は、どこですか?」
「...お答えできません」
(おや、そっち系の人かあ)
男子は穏和な口を更に緩ませた。
多様性を謳う色取西高校には、複雑な事情をもった人が多い。ヒールのような者も唯一ではない。
「...」
ヒールの予感とは裏腹に、ここまでの教室の雰囲気は常温程度には暖かかった。
だが、彼の経験論。嫌な予感は大抵当たる。
「──はい、ヒール、魔法は何ですか?」
曲がった挙手をすると同時に、ヒールの視認を待たずその女は喋る。
「...お答えできません」
「なんでえ!?」
教室の中央二列の左席。リントの隣にその女はいた。
「いいじゃんねえ、見せてよ」
彼女はヒールに魔法の披露を促した。
その目は半分の好奇と、半分の私欲に色づいていた。
「...それはできない」
「逮捕者が出てしまう」
「どゆこと?」
「狩りが得意だから、戦闘系のやつ?」
「お答えできません」
「じゃあ見せてよー!いいじゃん!」
彼女は駄々をこねるように催促する。
(何が『じゃあ』なんだ...)
ヒールは彼女の唇の揺れ動きから、その内の欲を感じ取っていた。
声色と表情の一致しない、不吉に歪み上がった口角。彼より自分の魔法の方が優れているのだと、周りに誇示しようという魂胆が見えていた。
「ミドリちゃん、ミドリちゃん」
「...見せられないなら、しょうがなくない?」
隣から、リントが彼女を諭そうとする──
「──うっせ!」
「うるさくないっ!!」
同等の声量で反応するリントを差し置いて、彼女がヒールに向かって立ち上がる。
周囲から どよめきが立ち上がる。
「転入生がどんなもんか、ウチが試すから」
「俺を...試すだと」
「狩りが得意なんっしょ?」
「じゃ、ウチを狩ってみろよ」
「...ああ?」
ヒールの怒気の籠った疑文に合わせて、教室の足がそわつきだす。
「言っとくけどウチもヤレっから、ほれ!」
そう言って、彼女が不得手な構えをとる。
周囲のどよめきが更に強まる。穏和な男の表情ですら固くなる。
「ちょっと...ミドリちゃん、やめときなよ!」
リントが必死に彼女を止めようとする。
(まずいよ、完全に調子乗ってる!)
(このままじゃミドリちゃんが脱がされる!!)
そう思い焦るリントの様子を、また別の男が眺めていた。厳つい背高の男である。
その男は後方窓際でくつろぎ、事の成り行きをまだ見守っていた。
(...先生?)
ヒールは教師の方をチラリと見た。教師が彼女を止めるだろうと思ったのだ。
彼の期待は裏切られた。
(...マジか、クソ無視してやがる)
教師は人体模型の如く、無表情で何もせず立っていた。
彼はひとまず教師に失望し、それからミドリという名の女に向き直る。
「...やめておけ」
ヒールはミドリと違い、構えをとらない。
「恥を晒されるだけだぞ」
「はあああああ??」
彼の挑発めいた忠告が、彼女の怒りをはるかにたぎらせた──
ガッ
タンッ...!
「「!?」」
──痛烈な衝突の音に、クラス一同が後ろを振り向いた。そして教室のざわめきは止まった。
ヒールも音の正体に目を向けた。
「ヒール...つったよな?」
椅子を後ろに蹴り飛ばして立ったのは、後方窓際の席の男。
「...そうだけど」
ヒールも困惑しつつ答えた。
「え...」
「ダイキ...?」
リントは疑問を呟くように、その男の方を向いて呼んだ。
「なあ、ヒール」
男は厳つい目をギラつかせて言った。
「こんなかまちょは放っときゃいいぜ」
「あ!?」
男の台詞によって、ミドリの怒りの矛先が変わろうとする。
だが男はヒールだけを見ていた──
「──代わりにオレが相手してやるから さあ!!」
息を切るように啖呵を吐くと、男はヒールに向けて左手をかざす。
「ハアッ!!」
すると、男の手の平から炎が放たれた!
「なにっ!?」
炎はメラメラと音を立て、窓際からヒールの立つ教壇へとみるみる伸びる!
ヒュ ゴッ...!
「いイっ!?」
ミドリは頓狂な声を上げて頭を抱え、腰をへの字にして屈み 火の手から逃れる。
「「うわっ!!」」「「ばか!!」」
席にいたその他の一同は、慌てて頭を下げ机に擦れる。
「...ちっ」
瞳が燃えるように照らされて、ヒールは口を歪ませる。
そして、魔法を行使した...
パッ
...ヒールの姿は消え、主を失った服がフワリと宙に揺れる。
「あれ?」「消えた...?」
クラスメイトがまず確認できたのは、ぱたりと教壇に落ちるヒールの服。
それから、ヒールが元いた場所から逸れて...的外れな黒板端に当たった炎。
炎は間も無くして消えた。
そうした後、皆は消えたヒールを探して見回した...
そして、窓際のモノを目にした。
「...んあ?」
厳つい背高の、裸の男が立っていた。
「「──きゃああああ!!」」「「うわあははは!!!」」
教室が混沌の声に満ちる。
「...」
皆の視線が窓際の裸体に吸われている内に、ヒールは教壇に現れ瞬時に服を着直した。
「あはは...」
リントはしかし着替えるヒールを見つめ、如何ともしがたく苦笑する。
彼もまたリントの目線に気づき、くすりと肩をすくめてみせた。
そんな騒動の最中、脱がされた男はイヤに落ち着いた様子で、自身が蹴飛ばした椅子を引き戻す。
「...やるじゃねえか」
そう言って男は席に着いた。
「──ハダカで座るな!!」「ケツつけんなや!」
口々にツッコミを受けた。
「...」
ヒールは再び教師の方を見た。
教師も困惑しているように見えたが、しかし沈黙を貫いていた。
このまま落ち着くまで待つつもりだろうか?
(...くだらない)
熱っぽい教室の中で、ヒールは小さくため息をついた。
それから目を鋭く開かして、どよめくクラスに締めくくる。
「俺にかかると こうなる」
「分かったな」
──程なくして平熱を取り戻し、音の割れたチャイムが鳴り響く。
その教師は軽い挨拶を済ませ、そそくさと教室を離れた。
ヒールは自身に割り当てられた席に座していた。それは部屋の扉からごく近く。
「よろしく...」
そのように緩い笑顔を向ける、穏和な男の隣であった。
「...」
ヒールは無愛想にもそれを聞き入れず。口を噛みいたたまれない顔して足を組む。
教師が廊下へ出るのを見てすぐに、自身も黙って教室を離れた。
「あ、あれえ...?」
男の口は、へにゃりと項垂れた...
カツン、カツンと、冷たい床を踏み歩く。ヒールの影が廊下の奥に消えていく。
それを追って、消えていく影がまた1つ、2つ。。。3つ?
カッカッカツン、カッカツンと。彼を追う拍子の拍は速い。
...そうした廊下の区切りにて彼は独り、誰に向けるでもなく愚痴を溢す。
「...きつい」
きつい、きつい、きつい、きつい。
人への不信を募らせたヒールにとって、学校とは鬼の巣窟。朝礼は地獄の審判に等しい。
冥府の門からの隙間風が、彼の首筋を凍えさせる。
(...帰りたい)
...彼は車酔いを醒まそうとするかのように、遠く窓の外の景色を見やる。
「...」
ぼんやりとして眺める雲が、彼の思考と共に逆行する。
そして話は1ヶ月前に遡る───
───
──
─
「僕の高校はね、多様性枠って言ってー」「珍しい能力とか生まれの人限定で、一年中ヒト集めてるの」
ヒールの新居となるアパートの敷地にて、リントが口細かに語る。
「住民票も必要ないのか」
道路を走る車に気を取られつつも、ヒールは彼女に向いて聞く。
「大丈夫」
「むしろ歓迎されると思うよっ」
「ええ...?」
そう言って笑みを溢すリントに、いまいち納得できない彼であったが...
...その疑念は、次週の面接で明らかとなった。
「ヒールさんですね」
「はい」
学校のとある一部屋にて。机ひとつを介して彼の前に 三名の面接官が座りはだかる。
「ええっと...先日提出して頂いたシートを見ると」「魔法がこれ...すごいですね!転移魔法は滅多にいませんよ...少なくともウチには初めてです」「魔力量も平均より高い!もう採用ですね(笑)」
「...」
「それと健康診断の結果が...視力10って本当ですか?」
「診断所で測れる限界が10だ...った」
「実際はそれ以上ですと!いいですね」「今度ウチの施設でやってみませんか?」「もう採用でいいでしょう(笑)」
「それに...戸籍なし親族なし保護責任者なし...」「...これ大丈夫なんですか?」「逸材だね君い!...もちろん、良い意味でね」
「あと、思想の欄に...“人間が嫌い”とありますが」「...大丈夫ですか?」「本気で受かりに来てるねー(笑)...え、嘘じゃないって?」
「...」
「──ではこちらで受け入れる事は決定で、5月の1日から可能でしょうか?」「...何か相談があれば、学校で受け付けますので」「よろしくねヒール君!」
「...はい」
かくしてヒールの面接は、余裕を持って終了した。多様性評価四項目全てが満評価だったのは、史上にも稀なる事である。
「...これで 俺も、学生か」
しかし、彼にとって最大の問題はやはり──
─
──
───
「...きつい」
(...帰りたい)
──人間関係の問題であった。
「──ヒール!?」
ヒールの影を追った影の1つが、そんな彼の肩に手を掛ける。
「...リント」
彼はその手の主に顔を向ける。
「大丈夫?」
「...どうかな」
「俺は、大丈夫だったか?」
「...うん!応対はバッチシだったと思うよ」
そう言って彼女はグッドサインを出す。
「面倒な質問への対処も、練習通りできてたし」
「最初以外通用してなかったけどな」
「ふふっ」
彼女は笑顔で流す。
「...クソ、自分から行くと言い出したのに このザマだ」
「いきなり人間の塊に飛び込むなんて無茶だった」
彼はふらつく額を抑えて言った。
ヒールの入学目的は、人嫌いの克服であるとリントには述べている。
「これから、少しずつ慣れていけばいいよ」
げっそりとして落ち込むヒールに、リントは優しい声をかける。
「いきなりあんな人間らしいヤツをぶつけられてはな」
「何なんだあいつらは」
「ええと、アレは──」
リントが目を泳がせて説明しようとすると
「──思うよなあ、何なんだって?」
「!」「...!?」
リントに割り込んで話すのは、今し方追いついたばかりの男。
「入学して初日から しつっこく迫られて喧嘩まで売られたら」
「そりゃ教室抜けたくもなるわな」
「ああ...」
ヒールは男...と、男が引きずっているモノに目を配る。
「──だがコイツはただのかまちょだ!」
男は厳つい腕を振り回し言い放つ。
「わぎゃあ!!」
そして振り回されたモノから悲鳴が上がる。
「ちょっと、ダイキ...?」
リントがそれを見て心配で駆け寄った。
「平気...?」「きゃう...」
彼女は力無くうなだれるそれを揺り起こす。
そしてその様子を伺っているヒールにダイキが話しかける。
「コイツ...んまあ、ミドリってんだけど。お前を嫌ってるんじゃなくてな」
「...単にガチでかまちょなんだよ」
「...何、かまちょって」
ヒールは渋い目をして男を見る。
「自分に構ってほしいとか、注目してほしい...って気持ちが強い子のことだよっ」
答えたのはミドリを介抱するリント。
「へえ」
「──かまちょとか言うな!」「あ、起きた」
ガバッとその本人が跳ね起きる。
「じゃあ何でヒールに突っかかったんだよ」
男がミドリに詰め寄ると、彼女はしきりに目を泳がせる。
「ええと、それは...ね?」
それから指をもにょつかせて答える。
「ヒールの魔法を見てさあ、そっから ウチの魔法を自慢する流れに持っていきたくてさああ......」
「ヒールの自己紹介なのにっ?!」
「...」
なるほど かまちょだ、とヒールは心に頷いた。
「んん、ごめんね?!」
ミドリが立ち直ってヒールへと謝る。
「んなんかこう...自慢できるチャンスーって思っちゃって、もう...」
「いいよ 別に」
彼はさっぱりそれを認めたが、それより男の方に気を取られていた。
「お前...さっき俺が脱がしたやつだよな?」
「おう」
「オレはダイキ。『ダイキ・バルンダ』だ、ヨロシク!」
男はニッと口角を上げる。
「...復讐に来たのか」
「でえー、そういうテンションに見えるか?」
「恨みなんざねえって」
ダイキは両手を挙げ敵意の無しを示す。
「ヒールっ」
「ダイキはね、ミドリちゃんを庇おうとしたんだよ」
危うい距離のある2人の会話に、リントがすかさず割って入る。
「え、そうなん?」
当の彼女は知らぬ様子。
「ミドリちゃんの代わりに脱がされに行ったんだよ」
「いや...リントがやけに必死んなってミドリを止めてたから、何かヤベェのかなとは思ったが」
「脱がされんのは予想外だわ」
ダイキは小笑いしつつも軽く顔を背ける。
「...」
あの時ヒールは、転移した直後に気がついた。
ダイキの放った炎は、誰にも決して当たらない位置に飛んでいた事を。
「...悪い」
それが意図的だったと今、理解した。
「いいよ そもそもミドリが吹っかけたんだしな」
「ミドリちゃん...大分かまちょだから、偶にさっきみたいな問題事しちゃうんだ」
「んな...かまちょちゃうて」
「たまに?3日に1回ぐらいやってるだろw」
男がぬるい茶々を入れる。
「...」
「──でも、根は悪い人じゃないんだよっ」「も〜リンちゃん♡」
リントがフンスカと言を放つ。
「そうか」
「......ところで、あの教師はなんだ」
「生徒同士の争いを黙って見るのが プロの仕事なのか」
ヒールは話を教師に移す。
彼がこれまで読んできた本の中には、学校に関するモノもあったが。その作品における教師はたいてい、良くも悪くも生徒とよく関わっていた。指導であれ、体罰であれ...
...しかし、目の前にいながら、口も挟まず静観とは。人をそういうものと思っているヒールですら、これには思うところがあった。
「ええと...この学校の先生って、もちろん生徒思いな先生もいるけど、殆どはあんなカンジなんだよね〜」
リントは少々落胆の声で言った。
「...」
ヒールは面接の際に唯一 彼の身を案じていた教師を思い出したが、それは胸の内に仕舞った。
「真面だぜ。ここのは放任主義だからな」
ダイキが真面目に補足する。
「そーそー、それで放ったらかし!」
「ウチら生徒だけで全部なんとかさせようとすんだよ」
「なるほど──」
「──だからオレを頼れ!」「僕もっ!」
ダイキはビシッと親指を立て、リントはぽすりと胸を叩く。
「はあ...?!」
口をポカンとしたヒールの横で更に、ミドリが指で自分の顔を指しアピールする。
「ひひひ、だってさあ先生がダメなんだから」
「ウチらで仲良しするっきゃないじゃんね」
「とりあえず戻って、他のヤツらとも話してみろよ?」
ぽすっ...とダイキは、ヒールの背を軽く叩いた。
「!」
「意外と良いヤツらかもしれないぜっ」
「...どうだか」
ヒールの口の片側が綻んだ。
そして彼らは教室へと足を揃えた。
「もうすぐ、一時間目始まっちゃうからねっ──」
カツン
カツンッ
──ところで、ミドリの魔法は何なんだ
──え〜やだ、ヒールのが凄かったもん!今出してもショボく見えちゃう(._.)
──ミドリちゃんの魔法はね、危険を察知できるんだよっ!
──なんで言うん??!
──便利じゃないか
──ほら、微妙な反応!
──でもアレ、可愛いよな──
カツン...
カラカラカラ、と戸が擦れて開く。
ヒールはひょいっと荷を下ろし、入ってすぐの席に腰掛ける。
「──あ、戻ってきた」
その隣、穏和な笑顔を湛えた男が出迎えた。
「トイレ...じゃないよね」
「なんでも」
「ははっ」
──ぼく、ホシっていうんだ。隣の橋間路市から──
──ヒールだ──正直...地理のことはあまり──
───
──
─
──事業の終わりの鐘が鳴る。じゃかましい音で校内を揺らす。日の傾きだした空に響く。
「では、さようなら」
教師は無機質に連絡を済ませ、挨拶と共に去っていく。去ると共に、教室は騒がしく。
集まり話す者、ゆったり帰る者、急いで部活へ向かう者...
...彼はというと──
「ヒール〜」
「なんだ」
ヒールの机に体をくっつけて、リントが彼に語りかける。彼女はリュックを背負っている。
「どうだった?今日1日っ」
「んんー...」
「ああでも今日はずっと座学だったから、退屈だったかも...?」
「...いや、結構良かったよ」
「ほんと!」
彼女の手が叩くようにして机に乗る。
「授業を受けるのは初めてだが...本だけで学ぶのとは感覚が違うな」
「悪くない」
「楽しんでるみたいで良かったよ」
「これからね、グループワークとかもあるからもっと楽しくなるよ!」
「それは要らない。今日のような授業だけでいい」
「好きだね〜」
「...あ、僕もう帰らないと」
彼女はハッと思い出したように、机にかけていた体重を引き戻す。
「ヒールも帰る?」
「ああ...俺は」
ヒールはそう言って、椅子に掛けたまま長い廊下を見渡す。
「...少し学校を見て回るつもりだ」
「これから過ごしていくからには 中身を把握しておく必要がある」
「──学校探検!いいね、いいねえ」
「...ああ...じゃあ僕、門限あるから。じゃあねっ」
「じゃあな」
リントは時計を見ると 笑顔にて別れを告げて、そそくさと廊下を急いで行った。
ヒールも彼女の足に急き立てられて、荷物を置いてすぐ廊下に出た。
「──あれ、ダイキ」
廊下を突き当たり、階段を降りようとしたところで。
「...おっ!!」
下から登って来たダイキと目が合った。
「帰ったんじゃないのか」
「ああ、部活に行くはずだったんだが...!」
彼はドドンと段を駆け上がる。
「オレが勘違いしてた!」
「今日は部活なかったらしい!」
ズドンとヒールの隣にやって来る。
「...」
少年は暑苦しさに顔を引き攣らせる。
「いやあ、部室に誰もいなくてオカシイと思ったよ」
「...そうか」
「──つうわけで、ヒマだ!!」
「ヒールは帰りか?」
「俺は 学校の機能を確認している途中だ」
「ああ、まだ学校あんま見てねえのか」
ヒールが僅かに頭を下げて肯定すると、ダイキは徐々に口角を上げる。
「ッヘエ!」
「だったらオレが案内してやろうか!」
「必要ない」
「校内を巡るぐらい、俺だけで十分だ」
誰かに頼ることでもないようなと思って、ヒールは他意なく断りを入れた...
...筈だった。
「──なら、オレがいれば十二分ってワケだ!!!」
男はそう言って少年の肩を組む。
「...んだと!?」
「言ったろ 頼れって」
そして更に強く肩を寄せて言う。
「...実は今日部活あるの前提でさ、6時からこの辺でメシ食う予定組んじまったんだよ」
「だからマジでヒマなんだ!頼む付き合ってくれ!!」
「わかった...分かったから!」
ヒールは組まれた腕を引き剥がす。
「うしっ、決まりだなー」
彼は剥がされた腕をヒラヒラさせる。
ト
ト
トッ...
そしてすぐさま身軽に階段を降りる。
...ット。
ダイキは最後まで降ると、にやけ顔だけを彼に向ける。着いてこいという挑発である。
「...!」
ヒールが怪訝な顔を向けていると、そのまま男は先へ進んだ。
「...行くから、待ってよ」
少年は前傾し足を前に出し、いざ階段を降りようとする。
「おう、追いついてみな!」
しかしダイキは歩調を強めて距離をとる──
「──なんでだよ!?」
慌てて駆け降り 後を追った...
かくして、なぜか駆け足で散策が始まった──
タッ
タッタッ
キキイッ...
「──こん中は保健室」
「ガッコで怪我とかしたら来るとこだぜ」
「知ってる。中で授業をサボってる奴がいるんだろう」
「よく知ってるな、誰から聞いた?!」
「本」
「本か〜」
タッ
タッタッ
キキキイッ...
「──ここが職員室」
「先生がヒマな時なら、質問とかに答えてくれるぜ」
「暇かどうかは どうすれば分かる」
「聞けば分かるだろ?」
「...確かに」
「ッハ!」
「何だよー!」
タッタッ
タッ。
ザッ...
「──知ってっか、この校舎横の花壇」
「7世代前の校長の自腹らしいぜ」
「7世代というと、何年前だ?」
「あん、30年前とかじゃね」
「へえ」
「知らない花だが、ずいぶん長生きなんだな」
「いやあ...何回も新しいのに変えてんじゃねえかな」
「つか、チューリップ知らねえの...?」
ザッ ザッ
ザッ...
「──おおダイキ」「何してん?」
「転入生に学校案内す」
「おえーい」「イイ子やんイイ子。じゃ」
スタコラサッサ...
「......誰 今の」
「陸上部の先輩」
「そう...」
「あれお前、そういや部活入ってる?」
「入っていない」
「何あるかとか調べた?」
「まだだ」
「この学校部活めっちゃあるぞ!」
「ビブリオバトル部とかあるからな」
「...何それ?!」
ザッ ザザザッ...
「──前から思っていた事だが」
「ずいぶん汚い水じゃないか」
「プールはまだ解放されてないからな」
「夏になったら、使えるように掃除されるぜ」
「...もうすぐか」
「だな」
「なあこれマジな話なんだが...オレ、この陰で男子と女子がいちゃついてるのを見かけたことがあんだよ」
「へえ」
「そーの反応は信じてねえな!マジなんだぞ!?」
「別に疑ってないけど...??」
「???」
ザザザ...
ザ...ザッ...ザザッと。
その後も彼らは走っては、止まり。新しい事を知ってまた走る。
それを繰り返す。繰り返した。
キキイッ...
そして──
「──ここが、極限教室」
ダイキは、幾つもの部屋の並びを指した。
部屋部屋のそれぞれは、厚い扉で閉じられていた。
「クソ暑い部屋とか、クソ寒い部屋とか...んまあ色々と極端な環境を体験できる」
「なぜそんなものが 学校に」
「魔法の実験だな」
「魔法か...」
極限教室が並ぶ廊下を、ダイキは歩き渡りつつ語る。
「魔法ってよお、人によって完全にランダムだろ?」
「ああ...」
──親と子で、生まれ持った魔法が違うのが当たり前。
魔法が、血に全く依存しない──
「...人間は、そうだったな」
ヒールはしみじみとして頷く。
「おう」
「んで...自分にどんな魔法が使えるかは、自然には分からない」
「...ああ、なるほど」
「そのための教室か」
「おっ、分かったか」
「強い欲求や衝動に駆られた時、『自分にはそれができる気がする』と...初めて魔法を自覚する」
「それをこの極限環境で誘発する訳だ」
少年は、その扉のひとつに触れて言う。
「そ」
「...確かに疑問に思っていた」
「皆 当然のように魔法を使っているが...人じゃない魔族はともかく、人間がそう簡単に魔法を発現させられるのかって」
「...んでも、ココで発現させようってヤツもいねえけどな」
ダイキは靴を床で擦り足を止める。
「そうなのか」
行き止まりがもう近いからだ。
「似たような施設なら、別に街中にもあるし」
「ほっとんどのやつはそういうトコで...中学卒業ぐらいには、自分がどんな魔法か大体把握する」
「人間社会なら、そういう施設はあって然るべきか」
「んそ」
(...知らねえってことは、田舎の出なのかな)
ダイキは悠然と語りつつも、不明なヒールの出自を頭の片隅で考えていた。
「...だからここのは、自分の魔法の方向性はもう理解した上で...更に可能性を広げるために使う」
「何がどれくらいできるとか、実はこーいう事もできっかも...とかを詳しく調査する」
「無料か?」
「おうともッ」
ダイキは手のひらを上に向け、小さな炎を浮かばせる。
ダイキ・バルンダの魔法。体から火を放つ魔法。
「──あっ!!」
それを見て ヒールがトーンの高い声を上げる。
「おっおう、どした?」
彼の上げた予想外の声色に、ダイキが困惑の色を示す。手のひらの火が消えた。
「そうだ、炎!」
「それ、もう一回見せてくれ」
そしてヒールからダイキに近づいて要求する。
「おう!」
男は落ち着いて、今度は先より強い炎を浮かべた。
2人の間にできた小さなキャンプファイヤが、肌をチクチクとした熱で刺す。
「すげえ...!」
ヒールはまさしく少年なのだと眼を輝かせ、瞬きせず火柱を目に焼き付ける。瞳を乾かすほど焦れていく。
「ああスゴイか、憧れちまうか」
ダイキは突然純粋になったヒールにも慣れ 気分を良くする。
「魔法の定番だよな...でも、本で見たことしかなかった」
「本当にあるんだな」
ホームルームでは焦っていて思いが寄らなかったが、火の魔法はヒールの憧れであった。
「へえ、テレポートさんがよく言うぜ」
熱気が無視できないほど高まった所で、ダイキがぐるりと火を消していう。
「ハッ...」「ヘッ」
両名の間に暖かい空気が流れた──
──ガラガラガラガラ!!!?
そうした数秒の後、彼らの横の扉が勢いよく開かれた。
「んお!ダイキ〜」「おっつ〜」
スタコラシャッシャ〜...
「おつ!」
その者たちが出てきた扉には『空腹』と書かれていた。
「...」
...彼女らが十分に歩き去るのを待って、ヒールは静かに口を開く。
「...また、お前の友達?」
「んん、2組の女子だな...名前なんだっけ」
ダイキは壁に背中をつける。
「...」
「...思い出せねえ(笑)」
男は半開きで苦笑する。
「...ダイキってさ」
「あん?」
ヒールはダイキとじっと目を合わせる。
「友達ってか...知り合い?」
「本当 多いよな」
「...?」
「まあ、そうだな」
男は自信を持ってそう答えた。
「...なあ」
一個体が、独力で生きていくのは困難であるが。
(ダイキにはもう、生きていくのに十分な友がいるはずだ)
「お前が俺と仲良くして、何の意味があるんだ」
「...??」
「...は?」
ダイキはきょとんとして彼を見つめる。
「俺なんかと関わらなくとも お前は生きていけるだろう」
「事実お前の友はまだ残っていたというのに、俺を暇潰しに誘った訳が分からない」
「...お〜」
「おめえどんな生き方してきたら、んな捻くれたコトになっちまうんだ」
彼は僅かにこちらに歩み寄る。
「...変か?」
「えっげえ変なこと言ってるぜ」
「価値観の違いというものか」
「そういう問題かあ?!」
「...俺は無意味なことが嫌いだ」
「それをしたって、何の意味も無いからだ」
「オレとお前がこうして話すのも、んじゃあ無意味だってのかよ?」
ダイキはじれったそうな顔で尋ねる。
「...必要以上に友を作るのが無意味って事」
「俺にとってお前は貴重な話し相手だが、お前にとってはそうでない」
「ダイキには十分いるはずなのに」
「...?」
彼の動きが止まる。
「なのにわざわざ、新しい奴と関わろうとして心を疲れさせる──」
「──いや疲れねえからッ!!」
「!?」
ダイキの訂正が強く遮った。
それから男は更にヒールに近づいて、距離に見合わぬ声量で話し出す──
「──価値観の違いってんなら、オレの価値観を言わせてもらうぜ!」
「まず無意味なコトが嫌い!それはオレも同じだ!!」
「そうか──」
「──でも友達はな!!」
「いればいるほど楽しい!!」
「...ええ?!」
「あと別に!疲れねえから!」
「楽しいぜ、おまえと話すの」
「いっ」
「逆におめえは疲れてんのかよ!?」
「そりゃ俺はあんま、人と話した事ねえから...!」
「ああそうか!それはしょうがねえ!!」
ダイキがまたヒールの肩を掴む。
そして右手で柔く掴んでいく。もむもむもむもむ揉んでいく。
「...何コレ」
「お前もオレの肩揉んでみろよ」
「...ええ?」
男の口と目に促されるまま、少年も右手でダイキを揉み返す。
もむもむとした時間が流れる。
「...」
「...人が苦手なら、これから少しずつ慣れていきゃいいさ」
「...リントみたいな事を言うな」
「そういや、リントとは知り合いなのか?」
「俺をこの学校に誘ったのはリントだ」
「ああ、通りで──」
「仲が良い!!」
「...そうか?」
さらに もみもむもみ込んでいく。
また もむもむとした時間を流す。
「...何なの コレ?」
「なんだろな」
揉み問答。
「...これこそ無意味だろう!」
ぐばっとダイキを掴む手を離した。
「ッハハ!そうだな」
男は第二指でトントンと肩を叩き、それから手をヒールから離す。
「んまあ、とりあえず学校全部見て回ったし」
「終わりにすっか?」
「...そうだな」
窓から見える、街の影は伸びきっていた。
「今日でお前のコトも良く分かったしな!」
ダイキはいっぱいの口で笑う。
「俺はお前のこと全然わかんないけど...」
(ひょっとするとコイツはリント以上に、意味不明な人間かもしれない)
「...ひとまず」
「ありがとう、案内」
「ヘエ!どういたしましッて!」
「...」
「へへへ...」
「...」
「...荷物、取りに戻らないと」
「──ああ!忘れてた!」
「オレどこ置いたっけ!?」
「どこかの廊下に放り投げてなかったか」
「やべえどこだそれ!!?」
彼は慌てて頭を巡らせる。
「...俺のは教室にあるけど──」
「──よし!探すぞ!!」
言い終えるや否やダイキが走り出す。
「おい待て!!!」
ヒールも早歩きで追いかける。
夕陽の差す校舎の内側を、2つの影が駆け回った...
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