第九十四話 灰雪飢饉
春は。
来なかった。
◇
本来なら。
雪が解け。
土が緩み。
種を蒔く季節だった。
◇
だが。
空から降るのは、
白雪ではない。
◇
灰雪。
◇
薄黒い粒子が、
静かに大地を覆っていく。
◇
南部農業地帯。
レイン・ヴァルト
は、
畑の前で立ち止まった。
◇
麦畑。
だった場所。
◇
芽は出ていた。
だが。
全部、
途中で黒く腐っている。
◇
一人の農夫が、
崩れるように座り込む。
◇
「駄目だ……」
「また全部死んだ……」
◇
土を掴む手が震えていた。
◇
原因は一つじゃない。
◇
汚染土壌。
日照減少。
異常気候。
崩壊した魔力循環。
◇
世界そのものが、
作物を育てられなくなっていた。
◇
空を見上げても。
太陽は薄い。
◇
灰雲が、
ずっと空を覆っている。
◇
雨もおかしかった。
季節外れの寒波。
突然の熱波。
魔力嵐。
◇
農業が、
成立しない。
◇
各地で、
飢餓が始まっていた。
◇
避難所では。
炊き出しの列が、
以前より長くなっている。
◇
配給量は減少。
子供達の頬は痩せ。
老人は立てなくなる。
◇
死因が、
戦傷ではなくなる。
◇
飢えだった。
◇
ドラクエラ中央倉庫。
会議室の空気は重い。
◇
「北部、
餓死者増加」
「東部、
播種失敗率七割」
「備蓄種子、
残量不足」
◇
ノア
が、
帳簿を見ながら顔をしかめる。
◇
「……種まで足りなくなってんのか」
◇
種子不足。
それは。
今だけじゃなく、
未来が消えることを意味していた。
◇
蒔けなければ。
来年も収穫できない。
◇
つまり。
飢饉が連鎖する。
◇
沈黙の後。
レインが口を開く。
◇
「種を運ぶ」
◇
「最優先で」
◇
護衛隊が驚く。
◇
「食料じゃなくて?」
◇
レインは頷いた。
◇
「食料だけ配っても、
終わる」
◇
「次を作れなきゃ、
生き残れない」
◇
灰燕、
緊急種子輸送開始。
◇
各地の生存農家。
研究区画。
保存庫。
◇
残された種を集める。
◇
輸送列車には。
金銀財宝より厳重な護衛が付いた。
◇
積まれているのは。
未来そのものだからだ。
◇
夜。
出発前の貨車を、
レインが見上げる。
◇
木箱の中には、
小さな種袋。
◇
こんな小さな物へ。
世界の未来が、
懸かっている。
◇
空では、
灰雪が降り続ける。
◇
静かに。
冷たく。
終わりみたいに。
◇
レインは、
その灰空を見上げた。
◇
理解してしまう。
◇
次の春が来る保証なんて。
もう、
どこにも無いのだと。




