第九十五話 流行病
最初は。
ただの咳だった。
◇
避難民区画で、
数人が体調を崩した。
◇
熱。
咳。
倦怠感。
◇
戦後には、
よくある病気。
誰も、
最初は深刻に見ていなかった。
◇
だが。
三日後。
患者数が、
急増する。
◇
咳は止まらず。
血を吐き。
肺が灰色に変色していく。
◇
呼吸困難。
魔力侵食。
急速な衰弱。
◇
新型汚染病。
後に、
“灰肺熱”と呼ばれる疫病だった。
◇
ドラクエラ中央診療区。
廊下に、
患者が溢れている。
◇
「次!」
「隔離区画空けて!」
「浄化布足りない!」
◇
怒号。
咳。
呻き声。
◇
セラフィナ
は、
休みなく治療を続けていた。
◇
魔力浄化。
肺部治療。
解熱。
◇
だが。
患者数が、
多すぎる。
◇
一人救っても。
次が運ばれてくる。
◇
その次も。
また次も。
◇
若い母親が、
子供を抱えて泣いていた。
◇
「お願い……!」
「この子だけでも……!」
◇
セラフィナは、
唇を噛む。
◇
子供の呼吸は浅い。
肺侵食が早すぎる。
◇
治療魔術を流し込みながら、
彼女は理解していた。
◇
もう。
医療だけでは、
止められない。
◇
深夜。
臨時会議室。
◇
机の上には、
感染地図。
◇
赤印が、
毎日増えている。
◇
レイン・ヴァルト
が、
静かに資料を見る。
◇
「共通点は」
「水源付近と、
過密避難所か」
◇
セラフィナが頷く。
◇
「衛生状態が悪すぎる」
「汚染灰が肺に入ってる」
◇
「薬だけじゃ無理」
◇
そこで。
レインは気付く。
◇
病気は、
医者だけでは止められない。
◇
必要なのは。
水。
布。
石鹸。
換気。
隔離。
清潔な寝床。
◇
つまり。
物流だった。
◇
翌日。
灰燕、
緊急衛生輸送開始。
◇
輸送内容変更。
武器より。
衛生物資優先。
◇
浄化布。
煮沸器。
消毒薬。
浄水器。
交換寝具。
◇
さらに。
避難所区画を再編。
感染区。
隔離区。
非感染区。
◇
ノア
が、
子供達へ説明している。
◇
「水は絶対沸かせ!」
「咳してる奴には近付くな!」
「布は共有するな!」
◇
知識が、
命を分け始める。
◇
数日後。
ようやく感染拡大速度が落ちた。
◇
だが。
死者は、
既に多すぎた。
◇
診療所裏。
積まれる遺体袋。
灰雪が静かに積もる。
◇
セラフィナは、
壁にもたれて座り込んだ。
◇
「……救いきれない」
◇
掠れた声。
◇
レインは、
少し黙る。
◇
そして。
静かに言った。
◇
「一人じゃ無理だ」
◇
「だから、
支える」
◇
医者だけでは足りない。
治療だけでも足りない。
◇
生き残るには。
文明そのものが必要だった。




