第九十一話 文明の火
世界は。
終わらなかった。
◇
だが。
元にも戻らなかった。
◇
国家は崩れた。
王は消えた。
国境線も、
意味を失い始めている。
◇
それでも。
人は生きていた。
◇
ドラクエラ外縁農地。
灰雪の合間。
人々が畑を耕している。
◇
汚染を避けるため、
土を入れ替え。
浄化水を撒き。
少しずつ種を植える。
◇
収穫量は昔より少ない。
だが。
ゼロではない。
◇
一人の老人が、
若者へ言う。
◇
「根は深く張れ」
「灰風で飛ばされる」
◇
知識が継がれる。
◇
それだけで。
文明はまだ死んでいない。
◇
中央街道。
灰燕輸送隊が進んでいた。
◇
食料。
薬品。
浄化材。
種子。
◇
護衛付き長距離輸送。
今や、
国家軍より重要な存在。
◇
街道沿いでは。
避難民達が、
列車へ頭を下げる。
◇
「助かった……」
「薬が届いたぞ!」
◇
歓声は小さい。
だが。
確かな安堵がある。
◇
ドラクエラ医療区。
セラフィナ
が、
疲れた顔で患者を診ていた。
◇
灰肺症。
栄養失調。
魔力侵食。
◇
患者は減らない。
それでも。
治療は続く。
◇
「次の人!」
◇
誰かが動き続ける限り。
崩壊は、
少しだけ遅くなる。
◇
夜。
レイン・ヴァルト
は、
都市外周の見張り台にいた。
◇
遠くに灯りが見える。
難民集落。
農地。
補給駅。
修理工房。
◇
小さな火。
小さな生活。
◇
昔みたいな、
巨大国家はもう無い。
◇
だが。
人々は、
生きるために繋がっている。
◇
輸送があり。
医療があり。
農地があり。
街がある。
◇
そして。
それを維持する人間がいる。
◇
後ろから、
足音。
ノア
だった。
◇
「また帳簿見てんのか」
◇
レインは、
少し笑う。
◇
「数字は嘘つかないからな」
◇
ノアは、
遠くの灯りを見た。
◇
「……増えたな」
◇
避難民居住区。
新しい畑。
修復された街道。
◇
確かに。
少しずつ増えている。
◇
レインは、
静かに呟く。
◇
「世界を支えるのは」
◇
「英雄じゃない」
◇
「運ぶ奴だ」
◇
「治す奴だ」
◇
「育てる奴だ」
◇
「残ろうとする奴だ」
◇
勇者は、
世界を救ったのかもしれない。
だが。
世界を続けるのは、
別の仕事だった。
◇
見上げる空は、
まだ灰色。
傷も残っている。
◇
それでも。
地上には。
火が残っていた。
◇
文明の火。
人が、
生き続けようとする火だった。




