第九十話 勇者の代価
勇者は。
生きていた。
◇
だが。
壊れていた。
◇
ドラクエラ中央医療区。
最深部隔離病室。
◇
重い静寂。
薬品臭。
浄化結界の低い駆動音。
◇
部屋の中央。
ザイン
が横たわっていた。
◇
包帯だらけの体。
裂傷。
焼損。
魔力侵食。
◇
皮膚の一部は、
灰のように変色している。
◇
聖剣完全解放。
その反動だった。
◇
人間が扱える力では、
なかった。
◇
セラフィナ
ですら、
治療を止められない。
◇
「細胞崩壊が止まらない……」
◇
「魔力循環そのものが、
焼き切れてる……」
◇
疲労の濃い声。
◇
だが。
彼女は手を止めない。
◇
部屋の隅。
布に包まれた聖剣が置かれている。
◇
かつて世界の象徴だった剣。
今は。
深い亀裂だらけだった。
◇
微弱な光しか放っていない。
◇
神器ですら、
限界を迎えていた。
◇
夜。
レイン・ヴァルト
が病室へ入る。
◇
ザインは、
薄く目を開けた。
◇
「……よう」
◇
かすれた声。
◇
以前の勇者の面影は、
ほとんど無い。
◇
それでも。
彼は笑おうとした。
◇
「勝ったんだろ……?」
◇
レインは、
少し黙る。
◇
黒灰軍主力は壊滅した。
人類圏も救われた。
少なくとも。
今すぐ滅亡はしない。
◇
だが。
空は裂け。
土地は死に。
灰雪は広がっている。
◇
それを。
勝利と呼べるのか。
◇
ザインは、
天井を見つめたまま呟く。
◇
「俺さ……」
◇
「世界を、
救えたのか」
◇
静かな問い。
◇
英雄の言葉じゃない。
ただ。
全部を失いながら戦った男の、
最後の確認だった。
◇
レインは、
即答できなかった。
◇
救った。
と言えば。
壊れた世界を、
無視することになる。
◇
救えなかった。
と言えば。
ザインが守った命を、
否定することになる。
◇
長い沈黙。
◇
病室の外では。
避難民の足音が聞こえる。
子供の笑い声も、
微かに混じる。
◇
生き残った人達。
◇
それは。
確かに存在していた。
◇
レインは、
ゆっくり口を開く。
◇
「……まだ、
分からない」
◇
「でも」
◇
「お前が戦わなかったら」
「もっと多くが、
終わってた」
◇
ザインは、
静かに目を閉じる。
◇
少しだけ。
安心したみたいに。
◇
「そっか……」
◇
その声は、
ひどく小さい。
◇
窓の外。
灰雪が降っている。
◇
世界はまだ、
壊れ続けていた。
それでも。
人は、
誰かを救おうとする。
◇
その代価が。
どれほど重くても。




