第八十九話 燃える空
勝利の翌日。
世界は、
静かに壊れ始めた。
◇
最初は。
空だった。
◇
夜。
北方上空が、
赤く燃える。
◇
炎じゃない。
空間そのものが、
軋んでいる。
◇
裂け目。
歪み。
明滅する光。
◇
聖剣解放によって。
世界の魔力循環が、
崩壊し始めていた。
◇
レイン・ヴァルト
は、
観測塔から空を見ていた。
◇
赤い亀裂が、
夜空を走る。
まるで。
世界に傷が入っているみたいだった。
◇
後方では、
技師達が叫んでいる。
◇
「魔力流が安定しない!」
「結界起動率、
四割低下!」
◇
「転移路閉鎖!」
「航行魔術使用不能区域、
拡大中!」
◇
被害は、
戦場だけじゃない。
◇
世界全体へ、
広がっている。
◇
数日後。
灰雪が降り始めた。
◇
白ではない。
薄黒い雪。
◇
地面へ落ちるたび。
草が枯れる。
川が濁る。
◇
魔力汚染物質。
◇
農地被害は、
致命的だった。
◇
南部穀倉地帯。
そこでは。
麦畑が全滅していた。
◇
穂が育たない。
芽が腐る。
土壌魔力が死んでいる。
◇
一人の農夫が、
崩れ落ちる。
◇
「今年も駄目だ……」
◇
「もう、
何も育たねぇ……」
◇
レインは、
返す言葉を持たない。
◇
聖剣は、
確かに敵を止めた。
だが。
同時に。
世界そのものを、
摩耗させた。
◇
ドラクエラ中央会議室。
地図上に、
赤印が増えていく。
◇
「北部、
空間障害発生」
「西部農地、
収穫率六割減」
「灰肺症患者増加」
◇
ノア
が、
不安そうに呟く。
◇
「……これ、
戦争終わっても駄目なんじゃ」
◇
誰も否定しない。
◇
問題はもう。
敵軍じゃない。
◇
世界環境そのものだった。
◇
セラフィナ
も、
疲れ切った顔で報告書を見る。
◇
「浄化治療、
追いつかない……」
◇
「子供の発症率が増えてる」
◇
静かな絶望。
◇
その時。
遠くで雷鳴みたいな音が響いた。
◇
空間断裂。
また一つ、
世界が裂けた。
◇
レインは、
赤く燃える空を見上げる。
◇
理解してしまう。
◇
たとえ勝っても。
終わらない。
◇
敵を倒しただけでは。
人は生き残れない。
◇
畑がいる。
空がいる。
水がいる。
循環がいる。
◇
文明とは。
戦争より、
遥かに脆い。
◇
灰雪が降り積もる。
静かに。
終わりみたいに。




