第八十六話 帰る場所
人は。
壊れた場所から逃げる。
◇
そして。
生き残った者は、
帰れる場所を探す。
◇
王都陥落後。
街道は、
難民で埋まっていた。
◇
荷車。
徒歩。
抱えられた子供。
負傷者。
◇
終わりの見えない人の列。
◇
その中で。
多くの者が、
同じ名前を口にしていた。
◇
「ドラクエラへ……」
◇
「灰燕の街へ行けば……」
◇
「あそこなら、
生きられるって……」
◇
噂は、
戦場より速く広がる。
◇
食料がある。
配給がある。
治安がある。
仕事がある。
◇
そして何より。
人を見捨てない。
◇
だから。
人は集まる。
◇
ドラクエラ外縁。
巨大化した受け入れ区画。
◇
灰燕の旗が、
風に揺れている。
◇
レイン・ヴァルト
は、
到着する避難列車を見ていた。
◇
扉が開く。
疲れ切った人々が降りる。
怯えた子供。
虚ろな兵士。
荷物を失った老人。
◇
だが。
ここではまず、
名前を聞かれる。
◇
「家族構成は?」
「怪我人はこちら」
「食事は南区画です」
◇
整理されている。
怒鳴り声より。
案内の声の方が多い。
◇
それだけで。
泣き出す難民もいた。
◇
安心したのだ。
ようやく。
◇
ドラクエラ中央区。
かつての輸送孤児院。
◇
今では。
巨大教育施設へ変わっている。
◇
読み書き。
計算。
地図。
物流。
修理技術。
◇
生き残るための学校。
◇
教室の前で。
ノア
が、
黒板へ地図を書いていた。
◇
「川沿いは避難路になる」
「でも増水時は危険だ」
◇
「だから、
高台も覚えろ」
◇
子供達が真剣に聞いている。
◇
ノアは、
少し前まで。
字も読めなかった。
盗みで生きていた孤児だった。
◇
その彼が今。
誰かへ知識を教えている。
◇
一人の小さな獣人の子供が、
不安そうに聞いた。
◇
「勉強したら……
生き残れる?」
◇
ノアは、
少し黙る。
◇
それから。
真っ直ぐ答えた。
◇
「生き残る確率は、
上がる」
◇
「だから覚えろ」
◇
その言葉には。
実感があった。
◇
レインは、
教室の外からそれを見る。
◇
かつて。
自分が帳簿を教えた少年。
◇
今はもう。
誰かを支える側に立っている。
◇
セラフィナ
が、
静かに笑った。
◇
「大きくなったわね」
◇
レインも、
小さく頷く。
◇
外では。
まだ灰が降っている。
戦争も終わらない。
世界は壊れ続けている。
◇
それでも。
ここには。
帰ってくる人がいる。
◇
食事の匂い。
市場の声。
子供達の笑い声。
◇
第二部の冬。
あの日、
目指したもの。
◇
ドラクエラは今。
完全に。
“帰れる場所”になっていた。




