第八十話 眠らない診療所
診療所は、
眠らなかった。
◇
昼も。
夜も。
ずっと。
◇
負傷兵。
凍傷。
感染症。
栄養失調。
◇
担架が絶えず運び込まれる。
咳。
悲鳴。
血の臭い。
◇
戦争が広がるほど。
死は、
前線だけでは済まなくなる。
◇
北部補給都市ラグナベル。
中央診療区画。
◇
セラフィナ
は、
次々に患者を診ていた。
◇
「第三病棟へ移送!」
「感染疑い隔離!」
「次!」
◇
魔法陣が光る。
治癒。
止血。
骨接合。
◇
以前と同じなら。
彼女はもう、
壊れていた。
◇
寝ずに治し続け。
笑いながら倒れ。
自分を削り切っていた。
◇
だが。
今回は違う。
◇
一人で全部やっていない。
◇
「軽傷患者、
巡回班へ!」
「重症だけ中央残せ!」
◇
若い治癒士達が動く。
診療記録係が走る。
薬剤班が補充する。
◇
システムになっていた。
◇
その時。
一人の負傷兵が、
セラフィナの腕を掴む。
◇
「頼む……
助けてくれ……」
◇
昔なら。
セラフィナは、
全部抱え込んでいた。
◇
でも今は。
違う。
◇
彼女は、
静かに後方を呼ぶ。
◇
「後送班」
「第七回復施設へ」
◇
担架隊が即座に来る。
◇
後送システム。
前線診療所で抱え込まず。
回復可能患者を、
安全地帯へ送る。
◇
レインが作った仕組みだった。
◇
さらに。
薬物流も変わっていた。
◇
不足薬は、
鉄道経由で即補充。
感染地域へ優先輸送。
消耗量も帳簿管理。
◇
以前みたいに。
「気合い」で支えていない。
◇
維持で支えている。
◇
その夜。
診療所裏。
セラフィナは、
温かい茶を飲んでいた。
◇
疲れてはいる。
だが。
まだ立てる。
◇
レイン・ヴァルト
が、
壁にもたれる。
◇
「倒れてないな」
◇
セラフィナは、
少し笑った。
◇
「前みたいにはね」
◇
静かな夜だった。
遠くでは、
まだ搬送車の音がする。
◇
戦争は終わっていない。
患者も減らない。
◇
それでも。
彼女は壊れていなかった。
◇
「不思議ね」
セラフィナが呟く。
◇
「前より患者は多いのに」
「前より苦しいのに」
◇
「ちゃんと、
呼吸できる」
◇
レインは、
黙って聞いていた。
◇
理由は分かっている。
◇
一人で抱えていないからだ。
◇
人は。
善意だけでは、
壊れる。
◇
だから必要なのは。
根性じゃない。
支え合う構造だ。
◇
その時。
診療所から、
また声が飛ぶ。
◇
「重傷患者搬入!」
◇
セラフィナが立ち上がる。
◇
だが。
今度は無理な笑顔じゃない。
◇
ちゃんと疲れて。
ちゃんと休んで。
それでも、
また歩いていく。
◇
眠らない診療所。
だが。
そこにいる人間は、
もう壊れない。




