第八話 冬支度
初雪が降る前の空気だった。
冷たい風が、
辺境都市
自由都市群ドラクエラ
の通りを吹き抜ける。
人々の歩き方が変わっていた。
急いでいる。
焦っている。
冬が来るからだ。
辺境の冬は、
季節じゃない。
災害だった。
◇
「駄目だ!! 北街道、もう通れねぇ!!」
灰燕運送ギルド
の中は怒号で満ちていた。
「第三商隊が戻ってこない!」
「南側保存庫の食料腐ってるぞ!」
「馬が足りねぇ!!」
書類が飛ぶ。
机が叩かれる。
誰も余裕がない。
冬前は毎年地獄だった。
だが今年は特に酷い。
戦争の影響で、
物流路が死にかけている。
街道崩壊。
護衛不足。
魔物増加。
どこも限界だった。
「終わりだろこれ……」
ラッカ
が机へ突っ伏す。
「絶対死人出るって」
「毎年出てる」
イヴァン
が低く返す。
その声も疲れていた。
ギルド内には、
重い空気が漂っている。
だが。
部屋の隅だけ違った。
紙をめくる音。
机へ広げられた大量の地図。
レイン・ヴァルト
だった。
彼は黙々と、
街道情報を書き込んでいる。
「……何してんだ?」
イヴァンが近づく。
「物流再編」
「は?」
レインは地図を指差した。
「北街道は十日後に封鎖される」
「なんで分かる」
「山風」
「またそれかよ」
「雪雲の流れが早い」
意味が分からない。
ラッカは半目になる。
「もうちょっと分かる説明してよ……」
レインは無視して続ける。
「だから北は切る」
「切る?」
「輸送縮小。代わりに西側中継地を使う」
地図上へ印を書き込む。
「ここに臨時保存庫設置。
街道二本を一本化。
荷車は大型減らして小型分散」
次々決まっていく。
迷いがない。
「待て待て待て」
イヴァンが額を押さえる。
「そんな急にできるか?」
「やらないと死ぬ」
即答。
レインは保存庫一覧を見直す。
「あと南倉庫」
「ん?」
「腐敗始まってる」
「なんで分かる?」
「臭い」
「……臭い?」
「湿気溜まってる」
そう言って立ち上がる。
◇
南保存庫。
扉を開けた瞬間。
「うわっ」
ラッカが顔をしかめた。
湿った臭い。
保存食袋の底が黒ずんでいる。
「マジで腐ってる……」
管理人が青ざめる。
「まだ大丈夫だと思ってたのに……」
「床板腐食してる」
レインは即座に荷を移動し始めた。
「風通せ。積み方変える」
「今から!?」
「今やる」
全員が動かされる。
袋を開け、
使えるものと駄目なものを分別。
保存薬草も乾燥棚へ再配置。
レインは一切止まらない。
その動きは、
まるで戦場指揮だった。
◇
三日後。
ギルド裏整備場。
レインは馬車の車輪を外していた。
「お前ほんと何でもやるな……」
イヴァンが呆れる。
「冬前に軸歪む」
「鍛冶屋の仕事だろ」
「待ってたら間に合わない」
車輪へ油を差す。
縄を締め直す。
更に馬具調整。
「長距離用は軽量化。
坂道用は後輪補強」
「なんでそこまで分かるんだよ……」
レインは少し考える。
「壊れると人が死ぬから」
またそれだった。
イヴァンは黙る。
この男の基準は、
いつもそこにある。
効率じゃない。
利益だけでもない。
“帰ってこられるか”。
全部そこから逆算している。
◇
そして冬入り。
結果は、
すぐ出た。
「北街道、完全封鎖だ!!」
「東商会潰れたぞ!」
「第三運送ギルド、食料腐敗で赤字!!」
辺境物流は崩壊寸前だった。
各ギルド、
大損害。
輸送停止。
商隊遭難。
食料不足。
街全体が混乱していく。
だが。
「……なんで灰燕だけ動いてんだ?」
「西側中継地、もう完成してるぞ……?」
「保存庫も全部無事らしい」
「馬車整備終わってるってマジか?」
周囲ギルドがざわつく。
灰燕運送ギルド
だけが、
正常稼働していた。
死人も少ない。
輸送成功率も高い。
そして。
「黒字……?」
他ギルド長達が絶句する。
冬入り初月。
灰燕だけ利益を出していた。
◇
夜。
ギルド事務室。
ダグラス
は帳簿を見ながら、
静かに笑っていた。
「化け物かあいつ……」
その向かい。
レインは普通にスープを飲んでいる。
まるで何事もないみたいに。
「お前さ」
ダグラスが聞く。
「なんでそこまで先読める?」
レインは少し考えた。
「冬だから」
「説明になってねぇよ」
「毎年そうなる」
淡々としている。
ダグラスは頭を抱えた。
つまり今まで。
誰も、
ちゃんと見ていなかっただけなのだ。
壊れる前に備える人間を。




