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世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


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第七話 壊れた聖女

 診療所の扉を開けた瞬間、

薬品と血の臭いがした。


 


 辺境区画第三診療所。


 


 ドラクエラ外縁にある、

半壊寸前の古い建物だった。


 


 廊下は狭い。


 壁は剥がれ、

窓には布が貼られている。


 


 だが。


 


 中には人が溢れていた。


 


「次! 次の人!」

「熱下がらないんです!」

「包帯足りねぇぞ!」


 


 怒鳴り声。


 咳。


 子供の泣き声。


 


 戦場みたいだった。


 


 

レイン・ヴァルト

は黙って中へ入る。


 


 本来、

薬品輸送だけの予定だった。


 


 だが受付台の前で、

彼は足を止める。


 


 床。


 


 薬瓶が散乱している。


 包帯未整理。


 汚染水放置。


 


(酷いな)


 


 人手不足。


 疲弊。


 


 回っていない。


 


 いや。


 


 回せる人間がいない。


 


     ◇


 


「次の人、入ってください」


 


 奥から聞こえた声に、

レインは目を向けた。


 


 カーテン越し。


 


 白衣姿の女性がいる。


 


 

セラフィナ

だった。


 


 だが。


 


 別人みたいだった。


 


 頬は痩け、

目の下には濃い隈。


 髪も乱れている。


 


 それでも彼女は、

必死に笑顔を作っていた。


 


「大丈夫ですよ。傷は浅いですから」


 


 そう言いながら、

震える手で治癒術を使う。


 


 淡い光。


 


 だが次の瞬間。


 


「……っ」


 


 セラフィナが口元を押さえる。


 


 赤。


 


 血だった。


 


 患者が気づく前に、

彼女は無理やり笑う。


 


「……失礼しました」


 


 立ち上がろうとして、

少しふらつく。


 


 レインは何も言わない。


 


 ただ、

静かに視線を落とした。


 


     ◇


 


 一時間後。


 


 診療所裏倉庫。


 


 レインは無言で棚を直していた。


 


 傾いた薬棚へ木片を噛ませ、

釘を打つ。


 


 薬品を分類。


 


 消毒液。


 止血薬。


 解熱剤。


 毒消し。


 


 使用期限順に並べ替える。


 


 水漏れしていた樽へ布を巻き、

簡易補修。


 


 手慣れていた。


 


 まるで、

ずっとここで働いていたみたいに。


 


「……何してるんですか」


 


 後ろから声。


 


 セラフィナだった。


 


 疲れ切った顔で、

壁へ寄りかかっている。


 


「薬品管理」


 


「見れば分かります」


 


「なら聞くな」


 


 昔と同じ返しだった。


 


 セラフィナは少しだけ笑う。


 


 本当に少しだけ。


 


 だがその笑みは、

すぐ消えた。


 


「……そんなの、

あなたいなくなってから誰もやってませんよ」


 


 レインは答えない。


 


 代わりに、

湿気た薬草を見つける。


 


「これ駄目だな」


 


「捨てるしかなくて……」


 


「乾燥室使え」


 


「壊れてます」


 


 レインは奥を見る。


 


 扉が歪んでいた。


 


 無言で歩く。


 


 工具を取り出す。


 


 修理開始。


 


 セラフィナは呆然と見ていた。


 


「……なんでそんなことできるんですか」


 


「前にもやってた」


 


「知らなかった」


 


「だろうな」


 


 淡々としている。


 


 責める感じはない。


 


 だから余計、

胸が痛かった。


 


     ◇


 


 夜。


 


 診療所の患者が落ち着いた頃。


 


 セラフィナはようやく椅子へ座った。


 


 疲労で指先が震えている。


 


 机には薬瓶。


 


 魔力回復剤。


 


 レインがそれを見る。


 


「飲み過ぎだ」


 


「……平気です」


 


「一日何本目だ」


 


 セラフィナは答えない。


 


 それが答えだった。


 


「寝てないな」


 


「寝れません」


 


「食事は」


 


「忘れました」


 


 レインは小さく息を吐く。


 


 台所へ行く。


 


 残っていた硬パンを湯へ入れ、

簡単なスープを作る。


 


 セラフィナはぼんやり見ていた。


 


 その光景を。


 


 昔から。


 


 いつも。


 


 気づけば、

レインがやっていた。


 


 遠征でも。


 野営でも。


 戦場でも。


 


 誰かが壊れる前に、

全部先回りしていた。


 


 温かい湯。


 薬品整理。


 休憩時間。


 火加減。


 寝床。


 


 当たり前すぎて、

誰も見ていなかった。


 


「ほら」


 


 スープが差し出される。


 


 セラフィナは受け取る。


 


 湯気が立つ。


 


 それだけで。


 


 なぜか、

涙が出そうになった。


 


「……なんで」


 


 声が震える。


 


「なんで、そんな普通みたいにできるんですか」


 


 レインは少し考える。


 


「やらないと死ぬからだ」


 


 簡単に言う。


 


 それが当然みたいに。


 


 セラフィナは俯く。


 


 肩が震え始める。


 


「私……」


 


 ぽつり。


 


「私、もう無理なんです」


 


 涙が落ちる。


 


「治癒術使えば使うほど、

誰か助けられなくて」


 


 呼吸が乱れる。


 


「毎日人が死んで、

薬足りなくて、

寝れなくて、

でも聖女だから笑わなきゃいけなくて……」


 


 嗚咽。


 


 限界だった。


 


 レインは何も言わない。


 


 ただ、

机の上に散らばった薬瓶を片付ける。


 


 静かに。


 


 いつも通り。


 


 その姿を見て。


 


 セラフィナはついに泣き崩れた。


 


「あなたがいなくなって……」


 


 声が掠れる。


 


「初めて全部崩れた……」


 


 部屋が静かになる。


 


 外では雨が降っていた。


 


 レインは少しだけ手を止める。


 


 だが。


 


 何も答えなかった。


 


 代わりに、

崩れた薬棚を静かに直し続けた。

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