第七十六話 逃げる民
雪の中を。
列が続いていた。
◇
人。
人。
人。
◇
老人。
子供。
負傷兵。
荷車を押す母親。
◇
終わりが見えない。
◇
避難民。
◇
北部三都市崩壊。
その影響で、
数万人規模の民が南下していた。
◇
村は燃えた。
畑は灰に埋もれた。
井戸は凍った。
◇
逃げなければ死ぬ。
◇
だから。
全員、
歩いている。
◇
レイン・ヴァルト
は、
街道脇で避難列を見ていた。
◇
顔色が悪い。
咳。
栄養失調。
凍傷。
◇
限界だった。
◇
「第四避難列、
子供の発熱増加!」
「毛布不足!」
「食料残、
あと二日!」
◇
灰燕本部員達が、
叫びながら走る。
◇
戦争が始まってから。
灰燕は、
史上最大規模の避難輸送を開始していた。
◇
輸送対象は、
物資じゃない。
人間そのものだ。
◇
「第六車両、
速度落として合わせろ!」
「老人列を中央へ!」
「凍傷患者を先行輸送!」
◇
混乱。
怒号。
泣き声。
◇
だが。
止まれば死ぬ。
◇
その時。
一人の女が、
崩れる。
◇
抱えていた子供を、
雪へ落としそうになる。
◇
「お母さん!」
◇
周囲が慌てる。
だが。
誰も余裕が無い。
◇
セラフィナ
が、
即座に駆け寄った。
「担架!」
「温水!」
◇
治癒魔法が光る。
だが。
セラフィナの顔は険しい。
◇
治しても。
食料が無ければ、
また倒れる。
◇
レインは、
静かに周囲を見る。
◇
家族を失った子供。
荷車で死体を運ぶ老人。
道端で動かなくなった者。
◇
逃げるだけでも、
命懸けだった。
◇
その時。
後方避難車両から、
子供達の声が聞こえた。
◇
「ここ、
どこ?」
「次どこ行くの?」
◇
小さな不安の声。
◇
そこにいたのは。
ノア
。
◇
ノアは、
荷箱の上へ地図を広げていた。
◇
「いいか」
「今ここ」
指で地点を示す。
◇
「で、
この街道を南へ行く」
「ここに補給所」
「ここに診療所」
◇
子供達が、
真剣に見ている。
◇
「覚えろ」
「どこに逃げれば、
生き残れるか」
◇
「それ、
すげー大事だから」
◇
レインは、
少し目を見開く。
◇
昔。
パンを盗んでいた孤児。
字も読めなかった子供。
◇
そのノアが今。
他の子供達へ、
生き残り方を教えている。
◇
一人の少女が、
不安そうに聞く。
「逃げるのって、
悪いこと?」
◇
ノアは、
少し黙った。
◇
それから。
ゆっくり答える。
◇
「死ぬよりマシだ」
◇
「生きて逃げた奴だけ、
次を作れる」
◇
レインの胸へ、
その言葉が深く刺さる。
◇
勇者は戦う。
兵士は守る。
◇
だが。
民は、
逃げなければ生き残れない。
◇
それもまた、
戦争だった。
◇
吹雪が強くなる。
避難列は、
それでも進む。
◇
荷車の軋む音。
泣き声。
咳。
怒号。
◇
灰色の世界の中。
人だけが、
必死に前へ進んでいた。




