第七十五話 開戦
戦争が始まった。
今度は。
世界規模で。
◇
停戦崩壊から五日。
黒灰軍は、
全戦線で同時侵攻を開始した。
◇
北方要塞陥落。
東部街道遮断。
西方国境突破。
◇
各地から、
崩壊報告が届き続ける。
◇
灰燕本部。
巨大地図の前で。
レイン・ヴァルト
は、
黙って報告書を読んでいた。
◇
「第三輸送拠点、
難民流入限界突破!」
「南部備蓄都市、
食料不足発生!」
「巡回診療隊、
薬品不足!」
◇
怒号のように、
情報が飛び交う。
◇
戦争。
だが。
ここには剣戟の音は無い。
代わりにあるのは。
帳簿。
輸送表。
被害報告。
配給計算。
◇
イヴァン
が、
乱暴に机へ地図を広げた。
「前線連中、
また輸送列優先奪取始めやがった」
◇
「軍が食料抱え込んでる」
「難民側へ回ってねぇ」
◇
レインは即座に答える。
「南部線を切り替える」
「民間倉庫経由で流せ」
「軍許可待つな」
◇
「了解」
◇
イヴァンが走る。
◇
止まる暇が無い。
◇
その時。
一人の若い兵士が、
本部へ怒鳴り込んできた。
◇
「何で後方ばっか守ってんだ!」
「前線が落ちたら全部終わりだろ!」
◇
部屋の空気が止まる。
◇
兵士は興奮していた。
疲労。
恐怖。
焦燥。
◇
「兵が死んでるんだぞ!」
「なのにあんたら、
荷物ばっか見て――」
「違う」
◇
レインが遮った。
◇
静かな声だった。
だが。
部屋全体が止まる。
◇
レインは、
地図を見る。
前線。
後方都市。
難民街。
補給線。
◇
「前線は、
まだ戦える」
◇
「本当に先に死ぬのは、
後方だ」
◇
兵士が黙る。
◇
レインは続ける。
「水が止まる」
「食料が尽きる」
「薬が切れる」
「避難先が無くなる」
◇
「そうなった瞬間、
都市は終わる」
◇
王都で見た。
ドラクエラでも見た。
◇
都市は。
敵軍より先に、
維持崩壊で死ぬ。
◇
「戦争ってのはな」
レインが低く言う。
◇
「前線だけでやってるわけじゃない」
◇
「運ぶ奴がいる」
「治す奴がいる」
「修理する奴がいる」
「逃がす奴がいる」
◇
「そいつらが止まった時、
国が死ぬ」
◇
沈黙。
◇
若い兵士は、
何も言えなくなる。
◇
その時。
新たな報告が飛び込む。
◇
「北部避難街道、
難民五千追加!」
「輸送能力超過!」
◇
レインは即座に指示する。
「第七倉庫開放」
「孤児院区画拡張」
「巡回医療班追加」
「鉄道資材、
避難車両へ転用!」
◇
全員が動く。
◇
剣ではない。
だが。
ここも戦場だった。
◇
窓の外。
灰空の下。
無数の荷車が動いている。
食料。
薬。
毛布。
人。
◇
文明そのものが、
運ばれていた。
◇
レインは、
静かに空を見る。
◇
英雄は前線に立つ。
だが。
世界を支えるのは、
後方だ。
◇
それを。
彼だけは、
知っていた。




