第七十話 停戦条件
交渉開始から、
十三日目。
◇
ようやく。
会議卓の上に、
一枚の文書が置かれた。
◇
停戦協定草案。
◇
人類側。
黒灰側。
双方の印章欄が、
まだ空白のまま並んでいる。
◇
レイン・ヴァルト
は、
その紙を静かに見つめていた。
◇
ここまで来た。
本当に。
◇
何度も決裂しかけた。
感情論。
報復要求。
責任転嫁。
◇
それでも。
積み上げ続けた。
数字を。
条件を。
現実を。
◇
ギルゼアが、
資料を読み上げる。
ギルゼア
。
◇
「第一項」
「主要街道の中立化」
「民間輸送への軍事介入禁止」
◇
「第二項」
「配給施設への攻撃禁止」
「食料輸送妨害行為の全面制限」
◇
「第三項」
「捕虜・難民輸送の安全保障」
「中立監査機関による管理」
◇
淡々と読み上げられる。
だが。
一つ一つが、
重い。
◇
もし成立すれば。
街道は守られる。
輸送隊は狙われない。
難民も動ける。
◇
飢餓が減る。
死者が減る。
◇
戦争そのものは終わらなくても。
人が生き残れる。
◇
シエラ
が、
レインへ視線を向ける。
「中立物流管理について」
「灰燕運送ギルドを、
共同監査対象へ指定する」
◇
人類側使節がざわめく。
◇
灰燕。
ただの地方輸送組織だった。
それが今。
国家間物流を支える存在になろうとしている。
◇
レインは、
静かに息を吐いた。
◇
昔なら考えられない。
ただ荷を運ぶだけだった兵士が。
今は。
戦争そのものを支える線を引いている。
◇
イヴァンが、
小さく笑った。
イヴァン
。
「……でけぇ話になったな」
◇
ノア
も、
資料を見つめている。
「これ、
本当に戦争止まるのか?」
◇
レインは、
すぐ答えられなかった。
◇
止まらないかもしれない。
また壊れるかもしれない。
政治が裏切るかもしれない。
◇
それでも。
今だけは。
少しだけ、
信じたかった。
◇
街道が繋がれば。
人は生きられる。
◇
それを。
自分は、
何度も見てきた。
◇
会議室の窓から、
外を見る。
黒灰圏の輸送列。
整然と進む荷車。
補給倉庫。
◇
その向こうには。
人類圏。
崩れた都市。
飢えた民。
◇
もし、
この線が繋がれば。
変えられるかもしれない。
◇
ヴェルガの言葉が、
脳裏を過る。
ヴェルガ
。
「維持しろ」
◇
レインは、
ようやく少しだけ理解する。
維持とは。
ただ生き延びることじゃない。
◇
壊れない道を、
残し続けることだ。
◇
会議室へ、
静かな光が差し込む。
雪雲が切れていた。
◇
長かった冬が。
ほんの少しだけ、
終わりかけているように見えた。




