第六十八話 壊れた人類
部屋には。
時計の音すら無かった。
◇
静寂。
重圧。
窓の外では、
黒灰都市が動いている。
煙。
配給列。
巡回灯。
◇
整然とした夜。
◇
レイン・ヴァルト
は、
その景色を見ながら立っていた。
向かいには。
ヴェルガ
。
◇
威圧感は無い。
だが。
逃げ場が無い。
◇
この男と話していると。
自分の中の矛盾を、
全部見透かされる気がした。
◇
ヴェルガが、
静かに口を開く。
「お前は、
我々をどう見ている」
◇
問い。
単純だった。
だが。
レインはすぐ答えられない。
◇
敵。
侵略者。
魔王軍。
◇
そう言い切れれば、
どれほど楽だったか。
◇
「……分からない」
レインは、
正直に答えた。
◇
「人類国家より、
上手く回ってる場所もある」
「飢えてない」
「秩序もある」
「でも」
◇
言葉が止まる。
◇
自由が無い。
監視。
管理。
選別。
◇
それをどう言葉にするか、
分からなかった。
◇
ヴェルガは、
小さく頷く。
「正常な反応だ」
◇
それから。
静かな声で続ける。
◇
「人類は既に壊れている」
◇
部屋の空気が重くなる。
◇
「国家は腐敗した」
「貴族は民を食い潰した」
「官僚は責任から逃げた」
「兵士は略奪し」
「民衆は奪い合った」
◇
「王都を見ただろう」
◇
直撃だった。
◇
脳裏に、
燃える王都が浮かぶ。
餓死体。
暴徒。
泣く子供。
閉ざされた倉庫。
◇
全部、
現実だった。
◇
ヴェルガは、
感情を荒げない。
淡々と。
現実だけを積み上げる。
◇
「人類は、
自らを維持できなくなった」
「だから崩壊した」
◇
「我々は違う」
◇
レインは、
思わず聞き返す。
「違う?」
◇
ヴェルガは、
窓の外を見る。
灰色の街。
秩序。
静寂。
◇
「我々は、
維持を優先した」
「感情ではなく、
継続を」
「自由ではなく、
安定を」
◇
「だから生き残っている」
◇
レインは、
反論したかった。
だが。
言葉が出ない。
◇
黒灰圏には、
確かに飢餓が少ない。
治安も安定している。
孤児も保護される。
◇
人類国家では、
出来なかったことだ。
◇
ヴェルガが、
静かにレインを見る。
「勘違いするな」
◇
「我々は、
人類を滅ぼしたいわけではない」
◇
レインの目が動く。
◇
「……何?」
◇
「滅ぼすだけなら簡単だ」
「だがそれでは、
世界が壊れる」
◇
「だから管理する」
◇
その言葉。
背筋が冷える。
◇
「管理……」
◇
「暴走するなら抑える」
「腐敗するなら制限する」
「奪い合うなら配分する」
◇
「維持のためだ」
◇
レインは、
拳を握る。
◇
間違っている。
そう思う。
だが。
完全には否定できない。
◇
王都は自由だった。
だから崩壊した。
◇
黒灰圏は管理されている。
だから維持されている。
◇
その現実が、
喉へ刺さる。
◇
ヴェルガは、
さらに追撃する。
「お前も理解しているはずだ」
◇
「維持には、
切り捨てが必要だと」
◇
助からなかった村。
荷を捨てた輸送。
優先順位。
選別。
◇
レイン自身も。
既に、
やってきた。
◇
ヴェルガは、
静かに告げる。
「お前は、
理想を捨て切れていない」
「だから苦しんでいる」
◇
その通りだった。
◇
レインは、
何も言えない。
◇
窓の外では。
灰色の都市が、
静かに動き続けていた。




