第六十七話 冥王
黒灰中央庁。
最上層。
◇
そこだけ、
空気が違った。
◇
静かだ。
だが。
緊張がある。
◇
兵士達の動きも硬い。
事務官達も声を潜めている。
◇
誰も説明しない。
それでも、
分かった。
◇
この先にいる。
◇
レイン・ヴァルト
は、
重い扉の前で足を止めた。
イヴァン
が低く言う。
「……嫌な感じがするな」
◇
ノア
は、
無意識にレインの後ろへ下がっていた。
◇
案内役の監視兵が、
静かに告げる。
「冥王陛下がお待ちだ」
◇
扉が開く。
◇
広間。
だが。
豪華ではない。
◇
黒石。
長机。
巨大地図。
積み上がる報告書。
◇
王座すら無かった。
◇
そして。
一人の男が、
窓際に立っている。
◇
ヴェルガ
。
◇
黒衣。
長い銀黒髪。
年齢不詳。
静かな目。
◇
最初の印象は。
強い、
ではなかった。
◇
“重い”。
◇
その場に存在しているだけで。
空間そのものが沈む。
◇
威圧感ではない。
支配。
◇
それが自然に成立している。
◇
ヴェルガは、
ゆっくり振り向いた。
その動作だけで。
部屋全体の視線が、
自然に集まる。
◇
レインは、
思わず理解した。
◇
この男は。
王より、
統治者らしい。
◇
王国貴族のような虚飾が無い。
王都官僚のような保身も無い。
◇
ただ。
国家を動かしている人間。
◇
ヴェルガが口を開く。
声は静かだった。
◇
「初めてだな、
レイン・ヴァルト」
◇
レインは一礼する。
「……冥王」
◇
ヴェルガは、
小さく目を細めた。
「そう警戒するな」
「今日は処刑でも宣戦でもない」
◇
冗談なのか。
本気なのか。
分からない。
◇
ヴェルガは、
机上の資料へ視線を落とす。
灰燕輸送記録。
ドラクエラ物流網。
冬越え計画。
◇
全部、
調べられていた。
◇
「遠くから見ていた」
◇
レインの背筋が僅かに強張る。
◇
「王都崩壊」
「辺境維持」
「冬季輸送」
「帰還兵管理」
◇
「よく、
あそこまで立て直した」
◇
褒め言葉。
だが。
妙な寒気があった。
◇
ヴェルガは、
静かに続ける。
「お前は、
維持を理解している」
◇
その言葉に。
レインの呼吸が止まる。
◇
維持。
それは。
この国が、
何度も使ってきた言葉。
◇
飢餓を防ぐ。
物流を繋ぐ。
秩序を残す。
人を生かす。
◇
そして。
必要なら、
切り捨てる。
◇
ヴェルガは、
レインを真っ直ぐ見た。
「お前は既に知っているはずだ」
◇
「全部は救えない」
◇
胸が軋む。
◇
第十二話。
助からなかった村。
凍死した難民。
王都飢餓。
◇
全部、
今でも残っている。
◇
ヴェルガの声は静かだった。
だからこそ、
重い。
◇
「理想だけでは国家は保てない」
「善意だけでは民は生き残れない」
「だから統治が必要になる」
◇
レインは、
目を逸らせなかった。
◇
この男は。
嘘を言っていない。
◇
そして。
現実を、
理解しすぎている。
◇
ヴェルガは、
窓の外を見る。
整然と動く黒灰都市。
煙。
配給列。
巡回兵。
◇
「人類は既に壊れている」
◇
その言葉。
レインは、
否定できなかった。




