第六十六話 勇者の価値
交渉二日目。
議題は、
捕虜交換から戦略評価へ移っていた。
◇
会議室中央。
広げられた地図。
補給線。
遠征経路。
戦力配置。
◇
その中に。
一つだけ、
異質な記号がある。
◇
“勇者”。
◇
レイン・ヴァルト
の視線が止まる。
◇
王国では。
その存在は特別だった。
希望。
救世主。
人類最後の光。
◇
だが。
黒灰側の資料では。
まるで、
兵站資材の一つみたいに記載されていた。
◇
「……ずいぶん簡単に書くんだな」
レインが低く言う。
◇
ギルゼア
は、
資料をめくりながら答えた。
「事実だからだ」
◇
「勇者個体、
戦術能力A」
「広域制圧能力あり」
「士気向上効果極大」
「維持コスト過大」
◇
その分析は、
あまりにも冷たい。
◇
イヴァン
が顔をしかめる。
「人間の評価じゃねぇな」
◇
ギルゼアは、
淡々と返した。
「戦争において、
個人崇拝は危険だ」
◇
「能力評価を誤る」
「運用を誤る」
「維持限界を無視する」
◇
レインの脳裏に、
あの男が浮かぶ。
ザイン
。
◇
壊れた目。
震える手。
吐きながら剣を握っていた夜。
◇
王国は。
あいつを、
人間として扱っていなかった。
◇
その時。
シエラ
が静かに言う。
「勇者とは、
兵器ではない」
◇
レインが顔を上げる。
◇
「社会安定装置だ」
◇
空気が止まる。
◇
シエラは続ける。
「人類国家は崩壊寸前だった」
「飢餓」
「格差」
「腐敗」
「戦争疲弊」
◇
「そこへ勇者が現れた」
「だから民衆は縋った」
◇
「勇者がいる限り、
まだ終わっていないと」
◇
レインは、
言葉を失う。
◇
確かにそうだった。
勇者ザイン登場以降。
王国は、
全てを勇者中心へ組み替えた。
◇
予算。
兵力。
宣伝。
信仰。
◇
全部。
“勇者が勝つ物語”
のために。
◇
ギルゼアが資料を指で叩く。
「勇者遠征軍崩壊後も、
王国は敗北を公表しなかった」
「何故だと思う」
◇
レインは答えられない。
◇
シエラが静かに告げる。
「勇者が壊れたと認識した瞬間、
国家も壊れるからだ」
◇
背筋が冷える。
◇
王都暴動。
飢餓。
虚偽報道。
全部、
繋がる。
◇
王国は。
民衆へ、
現実を見せられなかった。
◇
だから。
勇者を神格化し続けた。
◇
レインは、
ようやく理解する。
あれは、
信仰じゃない。
◇
延命だった。
◇
ギルゼアが、
感情の薄い声で言う。
「象徴は便利だ」
◇
「壊れるまでは」
◇
静寂。
◇
レインの脳裏に。
最後に見たザインの姿が浮かぶ。
折れた聖剣。
血塗れの身体。
助けを求める声。
◇
あの瞬間。
勇者はもう、
壊れていた。
◇
なのに王国は。
壊れたまま、
使い続けた。
◇
レインは、
拳を握る。
◇
怒りなのか。
哀れみなのか。
もう、
自分でも分からなかった。




