第六十五話 交渉卓
停戦交渉会議場は。
驚くほど簡素だった。
◇
長机。
記録官。
地図。
配給資料。
それだけ。
◇
豪華な装飾も。
権威を誇示する旗も無い。
◇
必要な物しか置かれていない。
◇
レイン・ヴァルト
は、
席へ座りながら周囲を見渡した。
人類側使節。
王国官僚。
貴族代表。
軍務監。
◇
対する黒灰側。
ギルゼア
。
シエラ
。
記録官数名。
◇
人数が少ない。
そして。
全員が静かだった。
◇
会議開始。
まず、
議題確認。
◇
「民間街道保全」
「捕虜交換」
「難民輸送」
「中立物流路設定」
◇
淡々と進む。
◇
ギルゼアが地図を広げる。
「現在、
北部補給線は三本」
「その内一本を中立指定する」
「軍事輸送は禁止」
「監査権限は双方保有」
◇
数字。
条件。
損耗率。
輸送量。
◇
完全に、
実務会議だった。
◇
レインは少し驚く。
もっと威圧的な交渉を想像していた。
だが黒灰側は。
感情をほぼ使わない。
◇
「捕虜交換比率は?」
レインが聞く。
◇
シエラが資料を見る。
「労働可能者優先」
「重傷者は後送対象」
「医療資源比率を考慮する」
◇
合理的。
徹底的に。
◇
だがその時。
人類側貴族代表が、
机を叩いた。
◇
「ふざけるな!」
「魔族共と対等交渉など!」
◇
空気が止まる。
◇
ギルゼアは、
瞬きすらしない。
シエラも無反応。
◇
ただ記録官だけが、
淡々と筆を動かしている。
◇
「貴様らは侵略者だ!」
「王国民を何万人殺したと思っている!」
◇
感情論。
怒声。
糾弾。
◇
だが。
誰も議題へ戻さない。
◇
レインは、
内心で舌打ちした。
◇
違う。
今話すべきはそこじゃない。
◇
街道が止まれば、
また餓死者が出る。
捕虜交換が遅れれば、
死ぬ人間が増える。
◇
なのに。
人類側は、
感情へ流される。
◇
黒灰側は、
それを静かに見ていた。
◇
ギルゼアが、
淡々と言う。
「感情論は議事進行を阻害する」
「継続するなら、
本会議を中断する」
◇
「貴様……!」
◇
再び怒号。
◇
レインは、
限界だった。
「やめろ」
◇
場が静まる。
◇
レインが、
低い声で続ける。
「今必要なのは、
勝ち負けの演説じゃない」
「街道維持だ」
「難民輸送だ」
「死者を減らす話だろうが」
◇
人類側使節達が、
不満げにレインを見る。
◇
「だが奴らは敵だ!」
「信用できるか!」
◇
レインは、
冷たく返した。
「王都は信用できたか?」
◇
沈黙。
◇
誰も答えない。
◇
王都。
配給隠蔽。
物資独占。
勝利偽装。
崩壊。
◇
レインは全部見てきた。
◇
その現実を知ってしまった以上。
もう、
“人類側だから正しい”
とは思えなかった。
◇
ギルゼアが、
静かにレインを見る。
感情の無い目。
だが。
わずかに評価が混じっていた。
◇
交渉は再開される。
街道監査。
中立補給所。
輸送比率。
負傷者優先順位。
◇
実務は進む。
◇
そしてレインは。
気付き始めていた。
◇
この場で、
最も非合理なのは。
敵ではなく。
人類側かもしれないと。




