第六十四話 灰色の平和
黒灰圏の夜は静かだった。
◇
静かすぎた。
◇
街灯が並ぶ。
一定間隔。
同じ高さ。
同じ明るさ。
◇
通行人はいる。
だが騒がない。
酒場もある。
だが怒鳴り声が無い。
◇
レイン・ヴァルト
は、
夜の中央街路を歩きながら周囲を見る。
整備された石畳。
清掃済み排水路。
巡回兵。
◇
治安は、
異様なほど良かった。
◇
王都なら。
夜になれば盗賊。
酔っ払い。
暴力。
闇商人。
いくらでもいた。
◇
だがここには。
それが無い。
◇
「……少なすぎる」
レインが呟く。
◇
シエラ
が隣を歩く。
「何がだ」
「犯罪だ」
◇
レインは、
通りを見回す。
「都市規模に対して、
治安が良すぎる」
「飢餓が無くても、
揉め事は起きる」
「人間が集まれば、
必ず歪みが出る」
◇
「なのに、
静かすぎる」
◇
シエラは、
淡々と答えた。
「監視しているからだ」
◇
即答だった。
◇
「巡回監視」
「登録管理」
「通報制度」
「思想監察」
「違反傾向分析」
◇
「兆候段階で排除する」
◇
ノアが顔をしかめる。
ノア
。
「思想監察って……」
◇
「反社会傾向確認だ」
「暴力思想」
「反統治活動」
「規律拒否傾向」
「過激思想」
◇
「崩壊因子は、
初期段階で処理する」
◇
言葉に、
一切の迷いが無い。
◇
その時。
通りの向こうで、
小さな口論が起きた。
二人の男。
配給順らしい。
◇
だが。
数秒後には、
監視兵が現れる。
仲裁。
記録。
確認。
終了。
◇
怒鳴り合いにもならない。
◇
イヴァン
が、
低く呟く。
「……戦場より静かだ」
◇
レインも同感だった。
◇
戦場には、
恐怖がある。
怒号がある。
叫びがある。
人間の感情がむき出しになる。
◇
だが。
この街には、
感情そのものが抑え込まれている。
◇
それが、
逆に恐ろしい。
◇
広場を通る。
巨大掲示板。
規律違反報告。
改善指導記録。
通報件数。
◇
レインの目が止まる。
◇
「住民通報制度」
◇
シエラが説明する。
「相互監視は最も効率が良い」
「統制コストが低い」
◇
「……互いを監視させてるのか」
レインの声が重くなる。
◇
「秩序維持だ」
シエラは変わらない。
◇
「人間は、
罰則だけでは従わない」
「周囲の視線を与えると、
自己矯正を始める」
◇
「だから安定する」
◇
ノアが、
小さく身体を縮める。
◇
街の人々を見る。
誰も騒がない。
誰も逆らわない。
誰もはみ出さない。
◇
確かに平和だった。
◇
だが。
息苦しい。
◇
その時。
一人の少女が転び、
荷物を落とした。
周囲の人間が即座に拾う。
整然と。
無言で。
◇
優しい。
はずだった。
◇
なのに。
レインは、
妙な寒気を覚える。
◇
誰も笑っていない。
◇
誰も怒っていない。
◇
誰も、
感情を大きく出さない。
◇
平和。
秩序。
安定。
◇
それは確かに存在している。
だが。
この街の静けさは。
人間が安心している静けさではなく。
◇
管理されている静けさだった。




