第六十三話 不適格者
黒灰圏の街は。
あまりにも、
整いすぎていた。
◇
配給は機能している。
労働も管理されている。
孤児も保護される。
餓死者も少ない。
◇
だからこそ。
レイン・ヴァルト
は、
気付き始めていた。
◇
――では、
“適応できない人間”はどうなる。
◇
「次は矯正労働区画だ」
シエラ
が淡々と言った。
◇
その名称を聞いた瞬間。
イヴァン
の顔が険しくなる。
「嫌な名前だな」
「機能改善施設だ」
シエラは即答した。
◇
都市外縁部へ向かう。
空気が変わっていく。
◇
中心街の整然さが薄れ。
代わりに。
重い音が増える。
◇
鉄鎚。
削岩。
荷車。
怒鳴り声。
◇
巨大な作業区域。
石切場。
資材搬送路。
防壁建設地帯。
◇
そこで働いていたのは。
疲弊した人間達だった。
◇
痩せている。
顔色も悪い。
服も粗末。
◇
だが。
全員、
識別札を付けている。
◇
ノアが小さく呟く。
ノア
。
「……あの人ら、
他と違う」
◇
レインも気付いていた。
目だ。
◇
街の人間達には、
規律があった。
ここには、
疲労しかない。
◇
シエラが説明する。
「低適性判定者だ」
◇
「労働効率が低い者」
「規律違反常習者」
「再配置失敗者」
「依存症傾向者」
◇
「通常区画維持効率を阻害する」
◇
言葉が、
あまりにも事務的だった。
◇
その時。
一人の男が、
荷車ごと倒れた。
咳き込み。
動けない。
◇
監督兵が近付く。
殴りはしない。
怒鳴りもしない。
ただ。
冷たく記録板へ何かを書き込む。
◇
「労働停止確認」
「再査定対象」
◇
まるで、
壊れた道具を見るみたいに。
◇
レインの顔が険しくなる。
「医療班は」
「最低限配置済み」
シエラが答える。
「ただし、
回復見込みが低い場合、
優先順位は下がる」
◇
「……切り捨ててるだけだろ」
レインの声が低くなる。
◇
シエラは、
即座に否定しなかった。
◇
「違う」
「維持している」
◇
「全員を同条件で保護すれば、
全体が崩壊する」
「だから資源配分を最適化する」
◇
「それが統治だ」
◇
レインの中で、
何かが軋む。
◇
王都を思い出す。
貴族達は、
人を見捨てた。
だがそれは、
私欲のためだった。
◇
こいつらは違う。
◇
合理性で、
見捨てている。
◇
それが、
余計に重かった。
◇
作業区域の奥。
さらに高い壁が見える。
鉄柵。
監視塔。
封鎖門。
◇
イヴァンが目を細める。
「……あっちは何だ」
◇
シエラは、
少しだけ沈黙した。
そして答える。
「強制作業区域」
◇
空気が凍る。
◇
「犯罪者」
「重度規律違反者」
「再教育不能判定者」
◇
「危険因子を隔離する」
◇
ノアの顔が青ざめる。
「隔離って……」
◇
遠くから。
鉄扉の閉まる音が響いた。
◇
レインは、
壁の向こうを見る。
見えない。
だが。
想像は出来た。
◇
「こんなの……」
レインが吐き出す。
「人を管理してるんじゃない」
「選別してるだけだ」
◇
シエラは、
静かにレインを見る。
感情の薄い瞳。
◇
「全員は救えない」
◇
その言葉。
レインの呼吸が止まる。
◇
第十二話。
助からなかった村。
三日遅れ。
全滅。
◇
あの日。
自分も理解した。
全部は救えないと。
◇
シエラは続ける。
「だから選ぶ」
「限られた資源で、
最も多くを維持する」
「感情ではなく、
結果で」
◇
レインは、
反論できない。
◇
何故なら。
灰燕もまた。
優先順位を決め続けてきたからだ。
◇
運ぶ荷。
切る荷。
救う命。
諦める命。
◇
違うのは。
黒灰圏は、
それを制度化していることだった。
◇
風が吹く。
灰が舞う。
◇
壁の向こうから。
鈍い鉄音だけが、
響いていた。




